第6話 もう一人の異世界転生者?!
「あの……ルイ殿下。何か、お身体の具合でも、お悪いのですか?」
挨拶をしたものの、一言も発しないルイ王太子に戸惑いながら、私が訊ねた。
何か失礼な態度を取ってしまったのでは、と内心ひやひやだ。
「いや…………身体は問題ない。
問題なのは、中身の方なんだ」
先程の怒りはどこへやら、ルイ王太子は、毒気が抜かれたように大人しく受け答えしてくれる。
思ったより優しい口調に、私は、いくらかほっとした。
(それにしても……『中身』? え、今『中身』って言った?
気持ちとか、精神的な問題、ということかしら?)
私が何と答えようかと考えていたら、背後で、かちゃり、と扉の閉まる音がした。振り返ってみると、先ほどまで居た従者の姿がいない。気を遣ったのか、私に任せておけば安心とでも思ったのか、どうやら二人きりにされたらしい。
(え、ちょっと待って。いきなり初対面の相手と二人きりにされて、何を話せばいいっていうの? しかも、未婚の女性と殿方を密室で二人きりにするとか……この世界の貞操観念は、どうなってるのよ!)
……と、一人心の中で突っ込んでみる。が、もちろん、返ってくる声はない。
(……まぁ、所詮は、つくりもののゲームの世界。
そこにリアルを求めても仕方ないか……)
それに、一応ルイ王太子とクロエ嬢は、幼い頃から親しい仲、という設定らしいので、その辺りの感覚は、身内に近いものがあるのかもしれない。だとすると、変に意識するのは、不自然だろう。
私は、気を取り直して、先ほどから何故かじっと黙って私を見つめているルイ王太子に、改めて向き直った。
「えっと……ルイ殿下は、今夜の成人祝いの式のことで、ご緊張されているのでしょうか?」
とりあえず、先程、従者から聞いた話をそのままぶつけてみる。
しかし、ルイ王太子は、首を振った。
「いや、そういうことじゃない。
君は……クロエと言ったね。クロエは、俺と……〝ルイ王太子〟とは、どういう関係なんだ? 恋人?」
「えっ?! ……いえ、そんな滅相もありません。私とルイ殿下は、幼い頃から親しくさせていただいている……幼馴染のようなものですわ」
(まあ、婚約を約束しているようなものだけれど、正式な婚約は、確かまだだった筈……って、あれ? なんでルイ王太子が、今更こんなことを聞いてくるのかしら……?)
私は、ルイ王太子の言葉に違和感をもった。
異世界転生者である私は、こうしてルイ王太子と直接顔を合わすのは、初めてだ。
でも、ルイ王太子は、このゲームの世界の住人なのだ。クロエ嬢のことなら私よりも詳しく知っている筈。それなのに、まるで今初めて〝クロエ嬢〟を見たかのような口ぶりだ。
「そうか……実は、俺は、この世界の人間じゃないんだって言ったら、君は信じてくれるかい?」
「ぇえっ?! ……そ、それは一体、どういう意味でしょうか?」
(まさか、この人も、私と同じ異世界転生者なの……?)
「俺にもよく分かってないんだ。でも、こういうのって確か……〝異世界転生〟って言うのかな。クロエは、何か知っている?」
(やっぱり! この人も私と同じ異世界転生者なのね。
……もしかして、これって……チャンスなんじゃないかしら。
私も異世界転生者だと言って、彼の協力関係を得られれば、楽にこのゲームをクリアできるじゃない!)
「やっぱり、こんな話、信じられないよね……俺だって、信じたくないよ……」
ルイ王太子が長い金色の睫毛を伏せて、切なそうな表情をする。
それを見た私は、考えるより先に口を開いていた。
「あ、あの……私……!」
私は思わず「私も転生しました!」と口走りそうになり、はっと思いとどまった。
あることに気付いたからだ。
(……でも、ちょっと待って。本当に話しても大丈夫なのかしら?
まだ、この人が私の味方になってくれるような人かどうか、分からないんじゃない?)
そもそも、一体どういう条件で、この世界に転生してくるのか分からないのだ。
私自身、夫を殺そうとした人間だ。もしかしたら、前世で犯罪に手を染めていたような悪人が、罰としてこの世界へ転生させられている可能性だってある。
だとすると、ルイ王太子に転生したという彼も、信頼できる人間とは言い切れない。
(最悪、逆に私が利用されてしまう可能性もあるんじゃ……)
そこまで考えて私は、自分の正体を明かす前に、まず彼の中身――前世の彼が一体どのような人だったのか――について探りを入れるべきだと思い直した。
私は、ごくりと唾を飲み込む。
「……私、信じます。ルイ殿下のことを」
「……! 信じてくれるの?」
ルイのサファイアの瞳に希望の光が浮かぶ。
おそらく、これまで何度も訴えてきたが、誰にも信じてもらえなかったのだろう。
「はい。少なくとも、今の殿下は、私の知っているルイ殿下とは、少し違うような気がするからです。
ですから……もう少し詳しく、お話を伺っても宜しいでしょうか?」
私は、それらしく言葉を選びながら、慎重に話を進めた。
「詳しくと言っても……目覚めたら、ここに居たんだ。自分でも、どうしてこんなことになったのか分からなくて……」
「目覚める前のことは、何か覚えてないのですか?」
「…………覚えている。うっすらと、だけど……俺は、食事をしていた。妻と……そうしたら、急に目眩がして、苦しくなって……たぶん俺は、死んだんだと思う」
(……なんだか、私と似たような状況ね……でも、きっと私たち夫婦とは違う……)
「つまり、前世でお亡くなりになられて、この世界へ転生された……そういうことですね。それは、奥さんも、さぞ心を痛めていらっしゃるでしょうね……」
私は、彼の心中を察して、さぞかし帰りたいのだろうと思った。
「……いや、それはないよ。妻は、俺の事を愛してなんか、いなかったんだから……」
「そんな……どうして……」
ルイ王太子は、私の表情を伺うと、言おうか言うまいか、少し迷う仕草をした。
それでも、やがて口を開く。
「実は、俺は…………妻に殺されたんだ」
「こ、殺されたっ?!」
「だから、俺が居なくなって、彼女はきっと清々してる……」
私の胸の動悸が速くなる。
まさか……まさか……そんなこと、あるはずがない。
「あの……あなたの前世でのお名前をお伺いしても?」
私は、逸る心臓を抑えながら訊ねた。
同時に、自分の予想が外れていて欲しい、と強く願う。
「ウラノマコト。日本人だよ」
〝
それは、私の前世での夫の名前だ。
(そんな……嘘っ! 何かの間違いよ!)
信じたくない。
でも、同姓同名で、死んだ状況が全く同じだなんて、ふつうは有り得ない。
(ルイ王太子に転生した人物が、私の前世の夫……?
それなら、彼を殺したという妻は、私……私の殺害は、成功していたの……?)
そして、前世で私は、彼に殺された。
私たち夫婦は、前世で互いに殺し合い、この乙女ゲームの世界へ転生してしまったのだ――――。
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