第4話 乙女ゲームの攻略方法
私が鏡の前で頭を抱えていると、そっと脇からティーカップが差し出された。
「どうぞ、クロエお嬢様。やはり、ベッドで少し横になられた方が宜しいのではないですか」
私が顔を上げると、そこには、無感情に私を見つめる黒い瞳があった。長い
(うわぁ~……ゲーム画面で見るよりもカッコいいわねぇ)
「クロエお嬢様、大丈夫ですか?」
アルフォンソに声を掛けられて、私は、はっと我に返った。
「……あ、大丈夫よ。ありがとう」
私は、差し出されたティーカップを受け取ると、紅茶を口にした。
暖かい紅茶のおかげか、少しだけ気分が落ち着く。
(とりあえず、これからどうするかを考えましょう)
何がどうしてこうなったのかは、さっぱり分からない。非現実的すぎる現実に頭がついていかない。
だから、私は、考えるのをやめた。考えても答えは出ないのだから、この状況をまずは受け入れて、これからのことを考える必要があるだろう。
話を良い方向に考えよう。
ここが乙女ゲーム『乙女の見る夢』の世界なのだとしたら、私は、この世界の攻略方法を知っている。発売日の半年以上も前から予約をし、発売日に入手してから毎晩徹夜で攻略キャラクターたちを攻略していったのだ。
……と言っても、それはゲームのプレイヤーである聖女目線での話だ。
私は、何故か主人公である聖女ではなく、脇役……それも悪役令嬢であるクロエ嬢に転生したのだから、通常の攻略方法を辿るだけではダメだろう。
悪役令嬢の結末は、聖女が他の攻略キャラクターとの真実エンドを迎えれば、強制的に処刑ルートか国外追放ルートに決まってしまう。それだけは絶対に避けなくてはならない。
つまり、聖女が他の攻略キャラクターたちとエンディングを迎えないよう邪魔をすれば良い、ということになる。
「アルフォンソ、紙とペン……あー……何か書ける物をもらえないかしら」
唐突な私の要求にも、アルフォンソは眉一つ動かさずに応答する。
「はい。紙と羽根ペンでしたら、こちらの書斎机に、ご用意がございます」
アルフォンソが手で示した先に、アンティーク調の書斎机と椅子が置いてある。机の上には、羽根ペンと黒いインク瓶らしきものが乗っている。
紙は一番上の引き出しに、とアルフォンソが教えてくれた。
「ありがとう。えっと……しばらくの間、一人にしてくれる?
まだ少し気分が良くないから、部屋で休んでいるわ」
少しわざとらしかったかしら、と思ったが、アルフォンソは、特に何も言及することなく、私に向かって頭を下げた。
「かしこまりました。何か御用の際は、呼び鈴でお呼びください」
アルフォンソが部屋を出て行くと、私は、書斎机に向かって、記憶にある限りの『乙女の見る夢』の攻略ルートを紙に書き込んでいった。
♡ ♡ ♡
「……やっぱり、行かなきゃだめ?」
私の問いに、タバサが目を丸くする。
「まあ、何を仰るのですか。こんな大事な舞踏会へ行きたがらない御令嬢など、この国には、おりません」
「そうよねぇ……」
私は、諦めと共に大きなため息をついた。
最悪、体調不良を理由に休めないものかと考えたのだが、これはどうしても避けられない<必須イベント>のようだ。
実は、このイベントを私は知らない。
そもそも私がプレイしていた乙女ゲームは、聖女がこの世界に召喚されてきてから始まる。その時点では、ルイ王太子とクロエ嬢は既に婚約者の関係にあったので、それ以前の出来事がどのように進んでいくのか全く分からない。
「さあ、こちらのドレスにお召し変えください。今宵の舞踏会のために、特別にあつらえたドレスです」
タバサが広げて見せてくれたドレスは、燃えるように赤い色をしていて、これでもかという程フリルとレースで飾られている。更に、金色のラメがキラキラと星のように瞬き、私は、それを見ただけで、目がちかちかしてきた。
「え……ちょっと派手じゃないかしら」
「何を仰います。ルイ王太子様の婚約者として、誰よりも目立たなくては」
僅かな抵抗も空しく、私は、タバサの手によって、舞踏会へ行く立派な貴族令嬢に仕立て上げられた。
(仕方ない……不安しかないけど、臨機応変にやるしかないわね)
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