第3話 ちょっと恥ずかしいハプニング

 タバサがきょとんとした顔で私を見ている。


「〝オトメげぇむ〟? ……とは、一体何でございましょう?」


 タバサの鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を見て、私の頭の中で、先ほど聞いた彼女の名前がとある人物像と結びつく。


「えっ……タバサって、あのタバサ? クロエ嬢の乳母でメイド長の?

 いつもしかめっ面をしてて小煩いババぁ?」


 私の言葉に、タバサが目を白黒させつつ、眉を怒らせた。


「お嬢様っ! なんてことを言うのです!

 ……確かに私は、そこそこ歳はいっておりますが、そのような言い方は、淑女として相応しくありませんっ」


「あっ、ごめんなさい。つい本音が……でも、〝クロエ嬢〟のことを誰よりも気にかけてくれる、本当は優しい婆やなのよねぇ。

 ……で、私が〝クロエ嬢〟なの?

 へぇー、よく出来てる夢…………って、夢……?」


 その瞬間、私の脳裏に、ある映像が浮かんだ。


 白いテーブルクロス。

 食卓に並んだ、ご馳走。

 シャンパングラスに注がれた気泡。

 そして、苦悶の表情で私を見つめる夫――――――。


 突然、私が固まったので、何かがおかしいと思ったのだろう。今度は、タバサが心配そうな表情で私の顔を見つめる。


「お嬢様……どこかお加減でもお悪いのですか?

 ああ、そういえば何だか、お顔の色が優れませんようですわね。

 今すぐ侍医をお呼びいたしましょう」


 そう言うが否や、タバサは、さっさと部屋を出て行ってしまう。

 一人取り残された私は、茫然と突っ立っていた。


――そうか、私は、


「そ、そんな……こんなことって、本当にあるの?

 まさか私が乙女ゲームの世界へ転生してしまうなんて……」


 混乱していた私は、タバサと入れ違いに部屋へ入ってきた人物に気が付かなかった。


「クロエお嬢様、いかがされましたか。お加減がお悪いと、今メイド長から伺いましたが……」


 背後から男性の声が聞こえたので、私は驚いて振り返った。そこに居たのは、黒い燕尾服を着て、長身でスマートな二十代くらいの男性だった。黒髪に黒い瞳、端正な顔立ちをしたその男性は、私の全身を眺めると、無表情のまま言った。


「お嬢様、そのような恰好をしていては、お風邪をひいてしまいます」


 男性に言われて下を見ると、私は自分がまだ肌着姿のままであったことを思い出した。その途端、羞恥心が私の頬を熱くする。


「きゃ~っ!! 見ないで、痴漢!!」


 私は、男性から見えないよう、両腕で胸を隠しながら叫んだ。さすがに下までは隠せないので、無意識に太ももに力が入る。


「〝チカン〟とは何のことでしょう? 私は……」


 表情を全く変えることなく、男性が近づいて来るのを見て、私は、続けて叫んだ。


「いいから、早く出て行ってーっ!!」


 男性は、戸惑いながらも、私の剣幕に押されて部屋の外へ出て行く。

 再び一人になった私は、ずるずるとその場にへたり込んでしまった。


(一体、何がどうなってるの~?!) 



  ♡  ♡  ♡



「クロエお嬢様、落ち着かれましたか。侍医が言うには、軽い貧血だろう、とのこと。大事がなくて良かったです」


 そう言って、扉をノックして入って来たのは、黒い燕尾服を着た男性だった。先ほど私の下着姿を見た男性だ。

 今の私は、タバサにドレスを着せてもらったので、もう下着姿ではない。


「暖かいお紅茶をお持ちしましたので、今お注ぎします」


 男性は、優雅な手つきで、ポットからティーカップへ紅茶を注ぐ。カップからは、白い湯気が立ち上がっている。


 初めて会う人だけれど、私は、


 【アルフォンソ=エスクロ=バーティアム】二十四歳。バーティアム伯爵の子息で、クロエ嬢付きの執事兼ボディーガードだ。


 そして、私は、〝クロエ嬢〟こと【クロエ=ロザリア=ラヴェリテ】十六歳。ラヴェリテ侯爵の娘。『乙女の見る夢』という乙女ゲームの登場キャラクターだ。

 

 どうやら私が乙女ゲームの世界へ転生してしまった、ということは事実らしい。

 信じたくはないが、先ほどから私は、もう何度も鏡を見ては、現実を再確認している。


 それにしても……


(よりにもよって、なんで悪役令嬢なの……?)


 

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