奥田くんちはぐちゃぐちゃ

小池 宮音

第1話

 私は部活動に入っていない。なぜかって特に理由はない。文芸部にでも入ろうかと思ったことはあるが、文学なんて部活動に入らずとも一人で充分楽しめると気づいたので入るのをやめた。だから授業が終わったら真っ直ぐ家に帰るのが私である。


 いつもと変わらない放課後だった。大抵の生徒が部活動に汗を流したりする中、私は校門を出た。電車通学なので駅に向かって真っ直ぐ歩いていた。


 後ろからタッタッタ、と軽快なリズムで誰かが走ってくる音がした。普段なら気に留めない音なのだが、なぜだか今日は背中に悪寒みたいなものが走った。嫌な予感、といえばいいのだろうか。刺されるとかそういった恐怖の予感ではなく、ただ面倒なことに巻き込まれそうという第六感。振り向いたら人生が終わるほどの嫌な予感がしたので、下を向いてやり過ごそうとしたのに。


「あっ! 森本さん!」


 嫌な奴に見つかってしまった。二年一組の奥田君だ(下の名前は知らない)。六組の私と縁がなかったはずの男子生徒。奥田君は二年生全員の顔と名前を憶えているらしい。彼について知っていることといえば、エロ本をネットで買い、ぬいぐるみを手作りする器用さを持っている変人である、といったところか。バカなのか天才なのか分からないミステリアスな奥田君に、私は少しだけ興味を持ち始めていた。いや、正直どうでもいいんだけど。


 奥田君はその場で足踏みをしながら話しかけてきた。


「森本さん、今帰り?」

「そうだけど……」

「ちょうどよかった! ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、時間ある?」


 速攻で「ない」と答えようとしたのに、なぜか口から言葉が出てこない。絶対に関わりたくないと思う反面、子ども探偵のような小さな好奇心が胸に去来する。


 ——コイツの謎、解きたくない?


 誰かが私にそう囁く。


 昔から好奇心だけは抑えきれないタイプだった。気になったことは本でもネットでもツールを使ってとことん調べ上げる。将来は研究者になりたいと思っているくらいには追求するのが好きだった。どの分野の研究者になるか、具体的には決まってないけど。


 奥田君の謎を解き明かしたところでメリットなんてひとつもないことは分かっているが、目をつけてしまったのだから仕方がない。私は首を縦に振った。


「ある、時間」

「マジ!? ありがとう、助かる! じゃあ、さっそく行こう!」


 駆け出した奥田君の後に付いて行く。なぜ私はそこで「どこに行くの?」と問わなかったのか。好奇心というアドレナリンは恐ろしい。


 10分ほど走って奥田君が立ち止まったのは、あるアパートの前だった。絶え絶えになる息で奥田君に訊ねる。


「えっと……ここ、は?」

「俺ん家。ここの二階」


 タンタン、と奥田君は外階段を上り始めた。私はアパートを仰ぎ見る。


 クリーム色の外壁は所々が黒ずみ、水色の鉄骨階段はサビが目立つ。玄関ドアが五つ並んだ二階建てアパートは、築50年はいってそうな古い印象を与える外観だった。ここが奥田君の家。そこに同級生の女子を招くとは、一体なにを考えている? ホイホイついてきた私も私だ。彼は二階の端っこの玄関ドアの鍵を回しながら私を見下ろす。


「なにしてんの? 早く来なよ」

「あ、はい」


 あまり力を入れて上ると階段が抜け落ちるかもしれないと、なるべく音を立てずに上る。


「あはは。そんな静かに上がらなくても階段が急に抜け落ちたりしないよ」


 奥田君は笑いながらキー、と音を立てて玄関を開けた。ヒョイ、と玄関先を覗き込んで、私は思わず一歩後ずさった。


「あー、ごめん。朝バタバタしちゃってさ、全然片付いてないんだよね。俺、これから妹迎えに行かなくちゃいけないから、ちょっと部屋を片付けておいてくれると助かる」

「……え?」

「揃えといてくれるだけでいいから。見た目がキレイになれば問題ない」

「ちょっ……」

「ごめんね。すぐ戻るからあとよろしく!」

「えええっ!」


 ちょっと待てと言う隙を与えられないまま、奥田君は外階段を下りていってしまった。じょ、情報量が多いのか少ないのか……突っ立っておくわけにもいかず、とりあえず「お邪魔しまーす」と上がらせてもらった。


 玄関には靴が散乱していた。小さな靴から大きな靴まで、猫の額ほどの玄関はぐちゃぐちゃだった。靴に金品でも隠していたことがバレて強盗にでも入られたのか、と思うほどの散らかりようだ。靴箱はないようなので、言われた通り揃えるだけになりそうだな。とりあえず端の方に並べておいた。


 部屋を片付けろ、とのことだったので玄関より先に進む。短い廊下にはまとめられた新聞や雑誌が乱雑に置かれていた。それも一応壁に沿って並べる。


 リビングダイニングに繋がっているであろうドアを開けると、なぜだかおばあちゃんちのにおいがした。


「…………」


 おもちゃが散乱していた。床にもテーブルにも椅子にも人形やぬいぐるみ、積み木などのおもちゃ類が落ちている。どうやら小さいお子さんがいるらしい。それらを拾い上げておもちゃ入れっぽいプラスチックの箱があったので入れ込んでいく。


 なんだか不思議な感覚だった。よく知りもしない同級生の家を片付ける光景なんて、珍百景登録してもいい気がする。


 出しっぱなしだったおもちゃを全て箱に入れた時、「ただいまー」と声が聞こえた。


「あ、奥田君。おかえりなさ——」


 い、と出迎えようとしたところで私は固まってしまった。


「お姉ちゃん誰ぇ?」

「お兄ちゃんの彼女?」

「ママじゃない!」


 奥田君の足元に、三人の女の子がいた。それも、みんな、そっくりの。みんなお揃いの髪飾りをつけ、お揃いのスモッグを着ている。


「お姉ちゃんは、お兄ちゃんの友だち。森本さんっていうんだ。ちゃんと挨拶しなさい」

「「「森本さん、こんにちはー」」」

「こ、こんにちは……」


 挨拶を返せたはいいものの、笑顔が引きつっている気がする。私は目の前の光景を再び珍百景登録したい気持ちになった。


「ごめん、驚かせたよな? こいつら俺の妹。三つ子なんだ。左から亜依あい真依まい美依みい

「亜依です」「真依です」「美依です」

「はぁ……」


 正直誰が誰だか見分けがつかない。すると三つ子ちゃんは顔を見合わせてぐるぐると回り、ピタッと止まったかと思うと同じ顔で笑いかけてきた。


「「「どれが誰だか分かる???」」」


 分かるかーっ!


「あ、森本さん。綺麗に片付けてくれてありがとう。よかったらご飯食べてってよ」

「いや、用が済んだら私は帰る……」

「えー、お姉ちゃん帰っちゃうのー?」

「せっかく来たんだからゆっくりしていきなよー!」

「そうそう。ご飯ができるまで一緒に遊ぼー!」


 両腕と足にしがみつかれ、三つ子の力強さと子どものお誘いを無下にはできないという母性本能がくすぐられ、私は奥田家で晩ご飯をご馳走になることとなった。


 まさかの展開に私の頭も奥田家のようにぐちゃぐちゃだ。ちょっと整理する時間が欲しいな……


Continue……

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