そう思っていた時期が俺にもあった


 体育祭では、体育委員がゴールした際に何着かの放送をする。

 借り物競走であってもそれは同じだ。


『二年A組月野木彰久さん、一年A組成瀬雫さんが同着で一位です!係の方は、お題の回収をお願いします』


 屋根付きのテントの中、マイク越しにその声は伝わる。

 全く借り物を探していないのだ。当然一位になる。


「お題用紙を」

「はい!お願いします!」


 朗らかに用紙を渡すと、次に彰久の顔を窺った。


「ほら、月野木先輩。お題提出しなきゃいけませんよ?」


 ふわっふわな雫のニヤつきに、怪しさしか感じとれない。しかし、ルールはルール。手に握られた色付きのお題用紙を、係の生徒に手渡した。


「何がしたいんだ雫。絶対あれ、ヤラセだろ」

「なんのことだか、私分かんないです」

「惚けんな」

「てへっ」


 百点満点の笑顔を見せればなんとかなるわけじゃない。もう雫の笑顔凶器には慣れた。


 彰久が雫の頭をわしゃわしゃと乱している間に、体育委員へお題用紙が届けられた。放送で発表公開処刑するようだ。


『雫さんのお題は〜『一番頼りになる人』!』


 周りからの歓声……もといブーイングが飛ぶ。誰だアイツ、と。


「忘れてたがお前、学校じゃ有名だろ。俺とゴールしてよかったのか?」

「月野木先輩だからいいんじゃないですか」

「それはどういう……」

『続いて、彰久さんのお題は———』


 雫の真意を聞こうと思った直後、放送が重なった。


『『最愛♡の先輩or後輩』!相思相愛ですね!』


「そういう、ことか…………」


 彰久は全てを理解した。


「出来ちゃいましたね、既成事実」


 策が成功したことに対する満足さを惜しげもなく発した雫の顔は、少しあからみながらも幸せそうだ。


 それを直視しずに、彰久は顔を逸らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る