特典の誘惑


「先輩っとデート、先輩っとデート!」

「スイーツ食べに行くだけだ」


 あの、悲しい事件の後。秋奈の計らいにより、彰久と雫のデートが決行された。雫がたまたま食べ放題のクーポンを持ってきていたからでもあるが。


 君久(弟)という犠牲を払うことで、彰久は同時に荷物持ちからも解放されたのだ。


「ここ、か。外観からして俺が入れるような場所じゃないな」

「そんなことないですよ?月野木先輩もおしゃれです」

「それは将来の伴侶にでも言ってやれ。泣いて喜ぶぞ」


 むすっとする雫にも気が付かず、彰久は店のドアを開ける。同時にカランカランとドア上部の鐘が鳴り、店員の快活な挨拶が店内に響く。


「食べ放題二名で、このクーポン使えますか?」

「えー……っと、はい。期間内ですね。六十分コース二名、かしこまりました」


 店員が会計を済ませると、にこやかな笑みでこう続けた。


「本日カップル特典でドリンクの提供をしているのですが、お客様は」

「カップルです!」

「ちょ、成」

「かしこまりました。では、お席へご案内します」


 雫の唐突な一言にツッコむ暇もなく店員が歩き出す。彰久は店員が背を向けたことを確認すると、雫を睨む。


「少しだけ、こうさせてください」


 そう言うと彰久の懐に潜り込んだ。そして、腕をギュッと抱きしめた。

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