第3話 after

「影宮君ありがとう、助けてくれて」


 未だにオレンジ色に染まている空の下で、黒い髪の毛をミディアムヘアーにしているどこにでもいそうな黒目の少女が倒置法を使った。


 さて、確か俺は自己紹介なんてしていない筈だが……この人は何故俺の名を知っているのだろうか。自分でいうのもなんだが、俺は生徒の中で1番知名度が無い。勿論俺の身に宿ってしまった天恵によるデメリットのせいで、だ。


「なんで俺の名前を?」


 だから、面識のない目の前の人間が知っているはずがない。

 ありえないのだ。

 不服ながら。

 誠に遺憾ながら。


「えっと、一応同じクラスなんだけどなぁ」


 そして、困ったような表情を浮かべて彼女はそう答えた。


 いちおうおなじくらすなんだけどなぁ?


 いちおうおなじクラスなんだけどなぁ?


 一応同じクラスなんだけどなぁ?


 ふむ、なるほどなるほど。忘れていたのは俺の方だったという訳か。よく見ればどこかで顔を見た覚えがあるような?


「なんて、冗談だよ。さっきは大変だったね。怪我はない?」


 にっこりと笑顔を浮かべて誤魔化しに入る。同じクラスの人の顔を覚えていないなんておかしな話だろ?いくら俺が人と話さない陰気な野郎だからってさ。


 だから無かったことにする。俺がこの子のことを覚えていなかったという事実そのものを。

 

「別に覚えてないなら覚えてないで良いよ。私もさっき思い出したばっかりだから」


 なんだ、この子も最初は気づかなかったのね。ちゃんと仕事してんじゃん天恵さん。二階級特進させてあげてもいいよ。

 

「いやいや、一体君は何を言ってるのかね。憤慨です。影宮君憤慨」


 頬をぷくーっと膨らませてプンスカと怒ってみる。

 

「なら私の名前言える?」

「いや、名前はちょっと分かんないなぁ。ほら、俺は君と話したことないし、クラス替えをしたのも1ヶ月前な訳だし」

「最初の方に一回自己紹介してるでしょ」

「ところがどっこい何にも覚えてないんだよなぁそれが」


 呆れたような目に対して、俺の口からとぼけるようにして口笛になれなかった息が溢れた。

 

「なら改めて。私の名前は暁月緋彩あかつき ひいろ。好きなものはハンバーグで、嫌いなものはトマト。趣味は……まぁ映画鑑賞かな」


 普通。

 

 至って普通だ。こんなにも普通な人はいないだろうって思ってしまうくらいに。テンプレートを切り抜いたかのように平凡で凡庸。この島にいる人でここまで普通な人も逆に珍しい。


「天恵はさっき見せたとおり、炎よ」


 先ほどのように手のひらから火の玉がでてきた。

 

「ちなみに工場にいる時と若干話し方が違うのは何か意味があったりするのか?」


 今はどこかさっぱりとした感じの話し方で、廃工場の中にいた時はもっとお淑やかというか、控えめ?な話し方だったような気がする。まぁ襲われていたからというのもあるかもしれないが。

 

「……こほん。ところで影宮君の天恵って強いね」

「そうでもないぞ」

「あれだけの天恵があるのに、うちの高校にいるのも珍しいと思わない?」

「何が言いたいんだ?」


 突如として疑うような眼差しを向けられたことによって、少しばかりの困惑を覚える。

 

「言った通りよ。影宮君も知ってるでしょ?高校の振り分けは、学力や天恵の強さが周りの人間と殆ど同じになるように行われるって話」

「さっきから何が言いたいのか全くもって分からないんだが」

「なら直球で言わせてもらうけど、私達の通う八雲高校は陸華世島の中で天恵に関して最底辺の高校とも言われているわ。それなのに何故影宮君はそこまで強い天恵を持っているのかって、普通の人なら疑問に思わない?」


 普通の人なら……ねぇ。

 さて、天恵を与えられた人間は普通の内に入るのか。

 

「少なくとも俺は疑問に思わないな。そもそも暁月さんの言っているそれはただの噂で、事実じゃない」

「確か、学校の授業ではさっきやったような影から影を瞬時に移動する能力しか見せてなかったよね」

「……」

「気になるなぁ。どうして影宮君は天恵制御の授業なのに影を動かさないのかな?」


 暁月さんは無いメガネをクイっと上げるような動きをしながら問い詰めてくる。そもそもの話、俺が何をしようが関係ないはずだが……

 

「別に深い理由はないよ」

「意図的に隠してるんでしょ?さっきも警察が来る前におじさんを影で気絶させて、バレないようにしてたしさ」

「……」


 何も言わずに俯く。

 

「沈黙は肯定とみなすけど?」


 勝ち誇ったような笑みを見せながら、彼女はにこりと笑った。

 

「暁月さんは、影から影に瞬間移動できる上に他人から認識されにくくなるって天恵をどう思う?」

「別にどうも思わないけど」

「数年前、瞬間移動系の天恵を持ってる人がとある犯罪組織に攫われたってニュースがあったの覚えてる?」

「あぁ、拷問かなんかを受けて色んな犯罪に協力させられたってやつね」


 最終的には無残な姿で発見されたって話。

 

「俺の天恵はそれと近いことができる上に、さらに影を操ることができるんだ。隠すのが妥当だと思わないか?」


 ニュースの彼とは規模も性質も違うものだが、影を動かせるとなれば話は別。使い方を間違えれば殺人だってなんだってやりたい放題。

 

「……なるほど。確かに言われてみればそれもそうね。ちなみに、影を操るっていうのはどこまでできるの?」

「どこまでとは?」

「例えばどのくらいの強度があるとか、どのくらいの範囲を操れるだとか」

「待て、暁月さんはなんでそんなことを知りたがる?」

「別に単純に私が気になっただけだけど」

「人が隠そうとしている秘密を詮索するなよ。常識として」

「影宮君は自分から私にその秘密とやらを見せたじゃない」

「……ぐぅ」


 正論過ぎる主張に、思わずぐぅの音が出てしまった。自分から見せておいて、それについて質問するのを許さないというのはおかしな話だからだ。


 そう思うなら最初から面倒ごとに首を突っ込まずに警察が来るまで待っておけばいい……いや、それはないか。

 

「まぁその辺りは追々でいっか。同じクラスな訳だから、話す機会は沢山あるだろうしね」


 俺を論破したからか、上機嫌になっているのだろう。にっこりと笑顔を浮かべた。


「それじゃあ影宮君、また明日」


 そう言って寮の方向へと早歩きをする暁月さんの雰囲気はどこか歪んでいて、少しだけ不信感を覚えた。


 暁月緋彩への第一印象は可哀そうな女の子だった。それは勿論普通に生きてて汚いおっさんに襲われるなんてことは滅多に無いだろうし、廃工場の外にも聞こえるくらいの声量で叫んでいたことを考えれば相当恐怖を感じていたに違いない。


 最初に違和感を感じたのは、暁月さんが人質になった時のこと。彼女はまず間違いなく棒読みな叫び声をあげた。最初に聞こえた叫び声も、もしかしたら声が大きかったことで誤魔化されていただけで、普通に棒読みだったのかもしれない。


 だがしかし、あの場面で棒読みで叫ぶなんてありえない。天恵を持っているとはいえ、根本的には唯の女子高生だ。唐突に人質にされて感情の起伏が無いなんておかしい。まるで人質にされるということが分かっていたかのようだった。


 そして警察との話が終わって一緒に廃工場の外へと出て、まともに会話をして普通の女の子だと思ったが、天恵の話になった途端に豹変というか、化けの皮が剥がれたかのようにこちらに関心が向いたような気がする。ってことは天恵についての好奇心が強いだけの女子高生になるのか?


 ……今考えたところで何もないからこれ以上は辞めておくか。まぁでもあの感じだと俺の天恵の秘密(笑)をバラしかねないから、明日にでも誰にも言うなよ的なことは言わないといけないな。


「あっ、そういえば反省文とか諸々どうしよう」


 思考を切り替えて自身の寮へと歩き始めたところで、藤田先生から考え無しで逃げ出してしまったことを思い出し、地面に映る俺の影はゆっくりと頭を抱えながら項垂れた。

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ただの陰キャが天恵を得た結果 赤砂 @akasuna

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