第2話 変質者のレクイエム
「や、やめてください」
「馬鹿が、辞めるわけねえだろ。おっと、まずは口を縛らないとなぁ」
薄暗い工場の中にいたのは、如何にも暴漢というような格好をした汚いおっさんと、うちの高校の制服を着ている女の子だった。おっさんは女の子を押し倒し、懐からタオルを取り出して縛ろうとしている。
「一つ思うんだけどさ。こう言うことする奴って危機管理能力というか、そっち系の危機感の無さが目立つ気がするんだよね」
まともに抑止力に慣れていない警察も悪い気がするけど……
コツンコツンとわざと大きな足音を立てて近づきながら話し始める。
「誰だ!!どうしてここが……まさか警察がもう!?」
「安心してくれ、警察じゃない。俺はただの男子高校生で、丁度通り過ぎようとしたところでここから悲鳴が聞こえたから来てみただけだ」
「ど、どこにいるんだ。さっさと顔を出せ卑怯者!」
ええっとぉ、あなたの前にきちんと顔出してるんですけど。
俺とおっさん&女の子は、至近距離とは言えないけどそこそこ近い距離にいる。薄暗いとはいえ普通に周りを見れば俺の存在に気づける筈。それでも気づけないのは天恵のせいなのだろう。多分きっとmaybe。
しかも卑怯者って……こんなところで女の子襲ってるいい歳したおっさんに言われたくない。
「あのぉ、自分ここにいますけど」
「い、いつからそこに!」
おっさんはしばらく周りを見渡してから、ようやく俺のいる場所に気づいたようで、凄く驚いていた。
うん、まぁずっといたけどね。(半泣き)
「とりあえずその子から離れろ」
「……なるほどな。ガキが天恵を与えられて調子に乗っちゃった感じか」
おっさんは押し倒していた女の子から離れて立ち上がり、俺に心底馬鹿にしたような目を向けながら言った。
「は?」
何言ってるんだこいつは。
無駄に声が某メタルなギアな蛇の人のように渋くてカッコいいのも非常に腹立たしい。
「ガキ、警察を呼ばなかったのは失敗だったなぁ。てめぇの下らない正義感がこの女を不幸にする」
「言っている意味が分からないが……」
「天恵を与えられたことが自分が特別であると勘違いさせる。自分は選ばれた人間なんだと、他の奴らとは違うんだと」
「?」
「この島にいる奴らの殆どが天恵持ちなんだよ!」
「何が言いたいのかさっぱり伝わってこないな。そんなんだからいい歳こいてこんなしょうもない犯罪をしてるんだよ」
この島にいる人間の殆どが天恵持ちなんて当たり前だろ。だって天恵が与えられた人間が島に集められて各々の高校に通ってるんだから。
「何が言いたいのかって?決まってるだろ、俺も天恵持ちだってことさ」
急に笑ってドヤ顔をし始めたおっさんを見て、流石の俺も苦笑いを浮かべてしまった。
「理解に苦しむ。同じ天恵持ちなら条件は一緒だろ?しかもこっちはそこの子と合わせて2人なんだぞ。どう考えてもお前の方が不利じゃないか」
「本当にそう思うか?例えばこの女が戦闘向きな天恵を持っていなかったらどうだ?」
「なっ!?」
押し倒されたところからゆっくりと立ち上がっている女の子を指差しながら言う。彼女がここまで天恵を使わなかったということが、このおっさんの考察の正しさを補強しているだろう。
「ふぅ、こいつを殺されたくなきゃ手を出すな」
おっさんはその汚い体型に似合わない素早さで、逃げようとしていた女の子を羽交締めにした。
「くそっ、人質か」
人質をとるなんて卑怯な真似をしやがって。これだからいい歳こいた汚いおっさんは駄目なんだ。
「きゃー助けてー」
女の子の棒読みな叫び声が廃工場の中で響く。
なんで棒読みなんだ?急なことで驚いた?いや、流石にこの状況で棒読みは意味わからない。
「どうだ?俺が予想するに、お前の天恵は広範囲の遠距離攻撃系だ。だから俺がこいつを押し倒している時にゆっくりと近づいて挑発するだけで、攻撃をしてこなかった」
ニヤリと歪な笑みを浮かべながら得意げに話すおっさんに、鳥肌ものの寒気を感じる。
「ふっ、図星のようだな。だから天恵を与えられたばかりのガキはカスなんだよ。そして、そんな正義感だけの強いカスには残念なお知らせがありまぁす!!」
おっさんは唾を撒き散らしながらとてもとても愉しそうに嗤う。
「ざ、残念なお知らせだと!?」
「俺の天恵は風刃と言ってな。文字通り風の刃を手から飛ばせるのさ」
「な、なんだと!?クソっ、見た目でてっきり脳筋な天恵だと思ってた……」
こういうおっさんは力が強くなるとか、そういうの系統の天恵だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「残念だったなクソガキが!これに懲りたら人を見た目で判断するんじゃねえぞ!!『風刃』!!!!!」
おっさんが手を前に突き出した瞬間、風の刃がさっきまで俺のいた場所の近くにあったドラム缶を真っ二つに切り裂いた。
「なるほど、そういう感じか。なら大丈夫だな」
「なっ!?」
俺が狙っていた筈の場所にいなかったからか、おっさんは口をあんぐりと開いて驚いていた。おっさんからは瞬間移動をしているように見えたのだろう。
「なるほど。俺と同じで遠距離の天恵かと思ったが、瞬間移動系だったか。少々厄介だが、まぁやりようはあるな」
「そう思うか?」
俺の天恵がただの瞬間移動ならば、影が薄くなるなんてことは無かったんだが。
「何!?」
「残念だったなおっさん、あんたの負けだ」
おっさんから伸びている影が揺らめき、人質の女の子を引き剥がしながらおっさんを瞬時に拘束する。
「俺の天恵は『影』。薄暗い廃工場なんて庭みたいなものだ」
「く、くそっ。だがまだ手が使えれば……」
おっさんの両手を合わせさせ、風の刃を撃てないようにする。
「そ、それだけの天恵があって何故最初から使わなかったんだ!?」
「まぁあんたの天恵が分からなかったから警戒していたのと……」
その時、遠くからサイレンの音が薄らと聞こえてくる。ついさっき呼んだ警察がやっと来たようだ。
「時間稼ぎのためだな」
顔に貼り付けるのは渾身のドヤ顔。
チェックメイトと言わんばかりのドヤ顔である。
「警察は呼んでないって……」
「一度でも俺が警察を呼んでないってって言ったか?」
「なっ!?」
おっさんははっとしたような表情を浮かべる。
自分が警察ではないと言ったし、警察を呼ばなかった云々の話には一切同意をしていない。そもそも常識的に考えれば警察は呼ぶだろ。まぁその常識を持っていないからこんなことをするんだろうけど。
「それに、警察呼んだって言ったら逃げるだろ?あんたみたいな汚い野郎のことだし」
「ゆ、許してくれ。俺だってこんなことしたくなかったんだよぉ」
「は?」
「そ、そうだ。こいつが誘惑したんだ俺のことを!!」
「いくらなんでもそれは無理があると思うが……」
「そういう天恵だったんだこの女は!」
「訳が分からない。仮にこの子があんたを誘惑したとして、メリットはなんだ?」
「そんなの俺を陥れるために決まってる!!」
「……だそうだが?君はどう思う?」
女の子の方に視線を向けて聞く。おっさんの話には鵜呑みにするほどの価値は無いが、少しだけ気になったところもあるからだ。
「意味が分かりません。見てましたよね?私が襲われてるところを」
「確かに見ていた。ちなみに君の天恵は?」
「私の天恵はこうして炎を出せるというものです」
彼女の右の手のひらから火の玉がボッと出てきて、そのまま手のひらの上でゆらゆらとしだす。
「ほ、炎だと!?そんな筈はない。だって俺が襲った時は反撃してこなかったじゃねえか」
「それは、この力は人に向けるようなモノじゃないから……」
なるほど。天恵で反撃するには、炎という能力はあまりにも攻撃的過ぎるからということだろう。たとえ小さな炎でも消火できなかったら死んでしまうかもしれないし、他の場所に引火してしまったら非常にまずい。
そういう判断ができるというのは非常に素晴らしいことだと思う。だが、もし俺が気づかなければこの人はどうなっていたのか……想像するだけで肝が冷える。
「このメスガキがぁ!!」
「ちょっと黙ってろ」
影を動かして喚き続けるおっさんの口を塞ぐ。
地面に這いつくばりながらうーうーと唸り声を上げることしか出来なくなったおっさんは、ドブ水のように汚く、豚のように醜かった。
遠くに聞こえていたパトカーによるサイレンの音はいつの間にか、より近く、より大きくなっていた。
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