ただの陰キャが天恵を得た結果

赤砂

一章 屋鳥之愛編

第1話 プロローグ

 幼い頃、人気者になりたいと思ったことがある。例えば、有名なアニメの主人公のように。例えば、全てを救うヒーローのように。例えば、いつでもクラスの中心にいるあの娘のように。

 

 光り輝いて見えたのだ。

 

 自分とは違って、誰かの為に頑張れる彼らを。


 それはきっと、『憧れ』と言うのだろう。


 

 外からの光が窓から差し込んでオレンジ色へと染まる教室の中。俺は何をするでもなく只々自分の席に座って、ぼーっと空を見ている。


 勿論、その行動に意味は無い。


 先生に待っていろと言われた訳でもないし、誰かと待ち合わせをしている訳でもない。ならどうしてここでぼーっとしているのかと聞かれれば、こう答えるしかないだろう。


『鍵をかけられて出れないのだ』と。


 普通の学校であるならば、内側から鍵を開けて普通に出れば良いのだが、この学校ではそうもいかない。窓から侵入してくることを想定しているのか、内側からは開けられない作りになってしまっている。


 当然窓も施錠されていて開かない。いや、窓に関しては普通に中から開けられてもいいでしょ。なんて思うがそれも防犯対策なら仕方ないか。


 正直なところ、出ようと思えば出れる。


 勿論、誰かに連絡をとって外側から鍵を開けてもらうなんて方法ではなく、100%自分だけの力でだ。そもそもこんな状況に陥ってしまったのは、その自分の力のせいなのだが……まぁそれはどうでもいいか。


 この教室に閉じ込められている理由は特に無い。


 別に今すぐ出ていってやることがあるかと聞かれればそうでもないし、全くの暇では無いのだが、たまにはこういうのもいいんじゃないかと思わないでもない。

 

 窓から見下ろせるグラウンドには、生徒達がサッカーやら野球やらの部活動へと汗を流している。


 馬鹿みたいだ。


 球遊びに必死になって、蟻のように餌に群がる彼らに憐れみの眼を向けてみるものの、滑稽さで言えば俺の方が酷いかと考え直し、彼らから視線を離す。


 ポケットからスマホを取り出して、昔実家で飼っていた兎の写真を背景にしているホーム画面を見てみると、時刻は17:00と表示され、幼馴染から数件のメッセージが送られていた。


 メッセージを開いてみると、そこには白髪ウルフカットで吊り目な幼馴染が真顔でピースをしていて、その後ろで十数人ほどのいかにも不良な男達を土下座させているという自撮り(?)が貼られていた。

 

 おぉ、こいつはいつにも増してキレてるなぁ。普通に考えて、どうやったらこんな状況ができあがるんだよ。

 

 その写真の次に送られてきたメッセージを見てみると、『奢るから明日どっかいかない?』とのこと。


 こいつ絶対後ろの土下座してる男から奪っただろ。


 とりあえず適当に『OK』と返してみると、爆速で『明日授業終わったら迎えに行くから』と返事がきた。


 ふと、小さな溜息が溢れる。


 あいつも昔はこんな感じじゃなかったんだけどなぁ、なんてシリーズモノのゲームの最新作が発売される辺りでよく現れる懐古厨のようなことを思いながら、鍵のかかっているドアを無視して廊下に出た。


「影宮、まだ残っていたのか」


 瞬間、後ろから話しかけてきたのは担任の藤田先生だった。

 

「藤田先生は暇なんですか?」

「暇?どうしてそう思うんだ?」

「こんな時間にここにいるからですよ」


 俺のクラスである2-4組は、三階の一番端っこにあり、一階の端っこにある職員室とは正反対の位置にある。その廊下にいるということはこの教室に用があるか、見回りか、もしくは散歩だろう。


「それは私に限った話では無いだろ。影宮もどうせ暇だったのだろ?」

「はい、暇なので教室でぼーっとしてましたよ」

「…そういえば。教室には鍵がかかっていたはずだが?」

「そうでした?なんか開きましたけどね」

「そうか。なら質問を変えるが、校則では授業外での天恵の使用は禁止されていることについて影宮はどう思う?」

「天恵は危ないものもありますからね。普通にそうあるべきなんじゃないですか?」


 言外に危なくなかったら使ってもいいでしょと言ってみる。


「だよな。ならさっき教室の中からドアを使わずに私の目の前に現れたお前は、校則に従って罰を受けるべきということになる」

「それはどんな事情があってもですか?」

「聞く気は無い」


 先生は毅然とした口調で答えた。

 

 まったく、そっちが勝手に鍵をかけたんじゃないか。まぁこっちも何も言わなかったし、電話なりなんなりと出来ることもしないで能力を使ったのだから情状酌量もクソもないんだけども。


「ひとつ話をしましょうか」


 だが、こんな下らないことで罰を受けるのは普通に嫌なので、適当に話を伸ばして誤魔化してしまおう。


「話?」

「そもそも法律や校則等のルールというのは、破られることを前提として作られているんです」

「それは違うだろ」


 藤田先生が否定の言葉を差し込んでくるが、残念ながら今は俺のターンなのだ。

 

「一旦黙っててください。この時間はディベートでもレスバでもなく、自分が話をする時間ですから」

「もしかしてお前は私のことを舐めてるのか?今すぐにでも生徒指導室に引っ張ってやっても良いんだぞ」

「静かにしてください」

「……はぁ、まぁいい。そこまで言うなら聞いてやる」


 先生は俺の真摯な訴えに心を痛めたのか、小さくため息を吐いて続きを促した。


「罰があるということは、破る人がいるからです。ルールが守られないから罰がある。つまり、ルールそのものがルールを違反することを許しているということになります。従って、校則を破ることは致し方の無いことなんですよ」

「なら罰は受けないとな」

「へ?」

「影宮、お前が今したのはルールは破られるものだから自分もルールを破っても良いという主張だ。当然、ルールを破ったら罰を受けなきゃいけないだろ?」

「い、いや……それはちょっとぉ」

「お前の中では校則というルールを破るのは致し方ないかもしれないが、ルールはルール。破れば罰があるのが人の世の常だ」


 どこか遠い目をしながら力強く言葉を紡ぐ先生。

 

「正義の味方はいつだって何かが起きてから動き始めます」

「?」

「今回の場合は先生が正義の味方ですね。校則という正義でルールに反いた人間に罰を与えようとしている」

「正義の味方は語弊があるがな」

「ちなみに俺は先生に教室に閉じ込められました。いわば俺は被害者なんです。それを教師という生徒と正義の味方が断罪しようなんて到底許せる行為ではないと思いませんか?」


 閉じ込められた俺が被害者ならば、閉じ込めた先生は加害者ということになる。これなら高速を破ったことも俺に対しての罪悪感で許してくれる筈だ。

 

「思わないな。なんにせよお前は校則を破った。その事実だけでお前が罰を受けるのは確定している」


 思えよ。

 教師として。

 

「………………ちなみに罰っていうのは?」

「そうだな。反省文と、一週間の掃除だけで許してやる」


 ふむふむ、反省文と一週間の掃除ね。

 やってられるかそんなもの。

 

「せ、先生……あれってなんですか!?」


 藤田先生の後ろを指差しながら、驚きに溢れた声を出した。


「あれってなん……」


 視界がブラックアウトしていく中で、先生の話し声がぷつりと途切れた。




――――――――――――――――――――


 人類に天恵という力が与えられたのは、ここ数十年辺りのことらしい。天恵は超常的な現象を起こすもので、例えば何もないところから火を出したり、風を出したり、水を出したり、土を出したりと多種多様だ。

 

 15歳の誕生日を迎えたその瞬間に、極々少数の人間が天恵を使えるようになる。当然日本政府は、危険な力を持つ15歳という思春期真っ只中の子供を放っておくことはせずに、天恵が降りた子供を陸華世島りくかよとうという日本海にある大きな島で、自身の天恵に慣れさせるための高校生活を送らせるというシステムを構築したらしい。


 例に漏れず、下駄箱から靴を取り出して履き替えている俺、影宮蒼介かげみや そうすけも現在進行形で陸華世島にいる天恵持ちの高校生だ。


 はぁ…と、この島に来てから何度目かも分からないため息を吐きながら下駄箱を出て、校門へと歩き始める。

 

 15歳を迎えた少年少女の極一部、日本で言えば約1%程度という少ない確率の中で与えられる天恵という力。ため息を吐いたのは、何故自分にそれが与えられたのかという疑問の末である。


 自身の天恵のデメリットには、気配が薄くなる。もしくは人から気づかれにくくなるというものがある。さっきは先生から逃げる時にこのデメリットを利用したが、元より教室に鍵をかけられてしまったのは、このデメリット故だ。


 校門から出て、夕陽を眺めながら少し遠くにある自分の寮へと足を進める。

 

 教室にいるのに欠席扱いにされたり、話しかけたら毎回驚かれるし、話しかけられないしで友達なんて一向にできる気配がない。いや、まぁ友達が欲しいわけじゃないんだけどね?


 兎も角、天恵が俺に与えられたところで良いことなんて、離れ離れになってしまっていた幼馴染と再開したくらいしかないのだ。なんだ陸華世島って、あからさまに隔離してんじゃねえかよ。

 

 別に隔離されても仕方ないけど、そんあからさまな名前だと良くない勢力が現れるんじゃないかって、俺は子供ながらに心配しています。大丈夫なのか?この国は。


「誰か助けてーーー!!!!!」

 

 この国の未来を心配しながらとある廃れた工場の横をすれ違ったところで、甲高い女子の叫び声が俺の鼓膜を震わせた。


 この国はもうダメかもしれない。


 俺は廃工場に視線をやってから、うんざりとしながら溜息を吐いた。

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