第8話 まずは生計を
精霊の森を出て、俺はまずは大樹海をひたすらまっすぐ突き進んでいた。
『このまま、まっすぐまっすぐ~』
『きたへ、まいりま~す!』
お恥ずかしながら、精霊のガイドつきではあるが。
俺はナイトレイ王国から大樹海を通って精霊の森までやってきた。
ただ、ぼんやりとした意識でさ迷っていたため、正直、この大樹海の出方すらまったくわからない。
「本当に助かるよ、みんな」
『よいぞよいぞ~、くるしゅうなーい』
『よいではないか、よいではないか~』
『ほうしゅうは、魔力で手をうちましょう。ぽんっ』
「ははっ、後であげるからもう少し我慢してくれ」
精霊たちのこのゆるいペースにも、もうすっかり慣れてしまった。
手近な精霊のひとりを撫でてやりながら、森を進み続ける。
すると、少し精霊の森から離れたあたりで、ちょんちょんと後頭部あたりに触れる感触が来た。
『魔物のけはい、ふえてきたよ~』
言葉を受けて、微弱な風を周囲に広く伸ばしてゆく。
その風の流れで、瞬時に魔物の数を把握した。
「……20……いや、30はいるか……」
さすがは凶悪な魔物の蔓延る大樹海。
精霊の森から少し離れただけで、もう魔物にこんなにも囲まれてしまっている。
「じゃあ、みんな。ここからは頼むよ」
『『『は~い!』』』
返事の大合唱の後、薄く膜のように伸ばされた魔力が身体を包み込んでゆく。
すると、次の瞬間には身体が周囲の景色に溶け込んだ、まるで透明人間のようなものがそこに立っていた。
これで余程近づかれなければ、魔物に気配を悟られることはないはずだ。
「さあ、行こうか――」
一度手を叩いて合図とし、再び歩みを始めた。
それから大樹海を抜けて、ひとつ目の町についた頃には、すでに日も落ちようかという時間帯に差しかかっていた。
「人のいる町に来るのも、もう五年ぶりなんだな……」
周囲を高い壁に囲まれたその町の名は、ドンクル。
レオン・エッジワースとなって、初めて訪れた町の名前である。
「……師匠、見ていてください。きっと自分の望みを見つけてきますから」
振り返り、森へ向けて独り言のようにこぼす。
そして、数秒ののち、俺はドンクルの町へと足を踏み出したのであった。
衛士の守る門を抜け入った町は、どこか殺伐としているように思えた。
……活気がないわけでもないのに、ひりついた空気を感じる。
肌にピリピリとした空気を覚えながら、通りを進む。
「武装した人間が増えてきた……?」
……騎士か?
いや、違う。
騎士にしては、鎧が全身を覆うフルプレートではなく、肩や胸、腰などの重要な部分だけ守るプレートアーマーの者ばかり。
だけど、王都では騎士以外でこんなに武装した人が集まっている場所なんて心当たりがない。
「なぁ、今日はちいっとばかし、稼ぎが少なくなかったか……?」
「ああ、あの狩場は俺らだけしか知らないと思っていたんだけどなぁ」
「さすがに毎日毎日、同じ場所で狩り過ぎたんじゃないの?」
狩りという言葉から察するに、彼らは狩人なのだろう。
……たしか、師匠から渡された路銀も多くなかったよな。
「――よし、決めた」
決意に拳を固めて、狩人らしき人たちが来た方へ歩き出す。
しばらく歩いた先にあったのは、『冒険者ギルド』と書かれた看板を掲げる、ひときわ大きな建物だった。
「狩人じゃなく冒険者……?」
聞き慣れない単語に首を傾げつつ、建物の中へ入ってゆく。
すると、すぐに受付の方から女性の声がかかってきた。
「いらっしゃいませ! 依頼の受注にしますか? それとも報酬の受け取りにしますか? それとも魔物の……か・い・と・り?」
「すみません、間違えました」
慌てて頭を下げ、建物の外へ。
「……いや、冒険者ギルド……なんだよな?」
首を捻り、再び中へ戻る。
それでも、受付に立つ女性はニコリと微笑みを携えたままこちらを見ていた。
「いらっしゃいます?」
「あ、はい……」
気圧されつつも受付へ近づき、女性に尋ねかけた。
「あの、冒険者って狩人とは違うんですよね?」
「ああ、なるほど。初めてご利用の方ですねっ!」
それから、冒険者という職業の説明を簡単に受けた。
どうやら、大樹海を擁するこの王国南部では、依頼を受けて定期的に町の周囲に現れる魔物を狩って生計を立てる“冒険者”という独自の職業が生まれたらしい。
まあ、要は狩人と変わらないが、狩る対象が魔物である上に中には大樹海内部の調査依頼もあるようで、危険度は天と地ほどの差が存在する。
「なるほど……。それは俺でもなれるものなんですか?」
「ええ、それはもちろ……――」
彼女が頷いて何やら書類を出そうとした瞬間、急に背後から怒鳴り声が飛んできた。
「おい、なんだコイツぁ? こんなひょろい枯れ木みてえな奴に冒険者が務まるとでも思ってんのか、あァ!?」
粗野な声に振り向くと、そこには俺の背丈を優に超える大男が不機嫌そうな表情を貼りつけて仁王立ちしていた。
「……誰だ、アンタ?」
なかなか失礼なやつもいたものだ。
顔も知らない相手をここまでコケにできるとは……。
「おいおい、この町で冒険者になろうってのに、まさか俺様の名前を知らないとはなぁ?」
厭味ったらしい笑みを浮かべて、額がぶつかりそうなほどに顔を近づけてくる。
「あんたが冒険者?」
見上げるその人相の悪い顔や丸太のような腕には、無数の傷痕が刻まれている。
たしかに、数多の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
けれど、俺はその顔から視線を外すと、鼻で笑ってやった。
「フッ、あんた盗賊の方がお似合いじゃないか?」
「なんだとテメェ……ッ!?」
ダンッ、とカウンターに拳を叩きつける大男。
しかし、その音を聞いても、俺は眉ひとつ動かすことなく受付の女性へ視線を飛ばす。
「で、冒険者の登録ってどうやればいいんだ?」
「え、あっ、はい! 冒険者登録ですね! では、こちらの紙に必要事項を記入していただいて……」
「おい、てめ……俺様を無視して、ただで済むと……――っ!」
なんだか隣でギャンギャン喚いている気がするが、気に留めることもなく、書類に必要事項を書き込んでいく。
そして、すべてを書き終えた頃、受付の女性から申し訳なさそうな声が飛んできた。
「……あのぅ、誰か身分や実力を保証してくれる方はいらっしゃらないですよね?」
「身分や実力を保証する人?」
「はい、冒険者をやられている方の紹介だったり、貴族や騎士の方からの推薦などがありましたらすぐに登録ができるのですが、ない場合は実力を見る必要がありまして……」
ああ、なるほど。
どこの誰ともわからない者は、試験か何かを受けなければならないということか。
……まあ、危険と隣り合わせの職業だし、当然か。
そこまで考えて、ふと隣を見た。
「やっとこっちを見やがったか……!」
隣には、青筋を立ててプルプルと震えている大男。
そして、口元に笑みをつくる。
「実力が証明できれば、形式は何でも構わないんですか?」
「えっ? まあ、それはそうですけど……」
いいことを思いついた。
ちょうど鬱陶しさが限界に達してきていたのだ。
こういう邪魔なやつは、先に潰しておくに限る――。
「なあ、あんた。名前は?」
「あァ? 俺様はここの最強冒険者ゲラルド様だッ!」
「あっそ」
「なっ……!?」
あまりにあっさりとした反応に絶句する大男ゲラルドに、俺は人差し指を立てて「かかってこい」と言わんばかりに指を曲げて見せた。
「ゲラルド、あんたを模擬戦で下して冒険者として認めてもらうとするよ」
そのままウインクしてやると、ゲラルドは背負った戦鎚の柄を強く握りしめて、鋭い眼光を返してきた。
「テメェ……余程、死に急ぎたいらしいなァ……ッ!」
「死にゃしないさ。なにせ、あんたみたいな
片や、鋭い刃物のような殺意の視線。
しかし、それを受ける俺は、涼しげな表情で余裕の笑みを携えていた。
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