第3話 精霊の森にて

 森を精霊に運ばれながら縦断する中、ひとつ気になったことがあった。


(すれ違う魔物の数が異常じゃないか?)


 右を見ても、左を見ても魔物ばかり。

 奥に進めば進むほど普通の動物の姿はなく、外界からの浸入を防ぐ門番のように立ちはだかっている。


(魔物がこんなに多い場所なんて、王国内のどこにも……)


 少し考えて、思い至る。


 そうだ。王国内に一か所だけ、魔物の巣窟と呼ばれる魔境が存在している。


(ここは、もしかして――)


『うん、ここは“だいじゅかい”だよ』

『じゅかい、じゅか~い!』

『魔物いっぱいだよ~! わんわん、にゃーにゃー!』


 精霊たちがまた賑やかになるのを感じながら、自分の知る大樹海の情報を記憶から掘り起こす。


 大樹海とは、ナイトレイ王国の南部に広がる広大な樹海だ。


(たしか、奥に進むほどに魔物の数と脅威度が跳ね上がる『未踏の地』だったはず)


 記憶にあるうちでも、何度か王国の研究者と護衛の騎士たちを集め、大樹海への大規模調査が行われてきた。

 けれど、一度も大樹海の全容を解明するに至っていない。

 どころか、そのどれもが大樹海の玄関口程度の浅瀬までしか足を踏み入れられず終わっている。


 理由はいくつかあるが、つまるところはひとつの理由に集約される。


 ――純粋に魔物の数が多すぎるのだ。


 なにも大樹海の入り口からとんでもない強さの魔物の巣窟と化しているわけではない。

 ただ、目の前の魔物を倒そうと、次から次へと湧いてくるとなれば、話は変わってくる。


 連戦が続くと人は疲労が溜まってきて、その動きを、思考を鈍らせる。


(そりゃあ、この数の魔物が控えてるってなると、無謀な挑戦だな……)


 周囲を見渡して、あまりに絶望的な戦力差を悟る。

 ただ、魔物には自分たちの姿が見えていないようで、未だに襲ってくる気配はない。


(にしても、この魔物たちの群れの先になにがあるんだ?)


 精霊たちは、こうしているうちにもどんどん奥へと進んでいく。

 俺は精霊たちに担ぎ上げられた状態のまま、目的地もわからずに連れていかれているだけ。


 人類が誰も見たことがないこの森の奥地に、いったい何があるというんだろう……?


 踊る心と不安のざわつきを覚えながら、視線を奥へと向けた。


 しばらく精霊たちの上で揺られていると、急に今度は魔物たちの数が激減してきたことに気が付いた。

 さっきまで辺りを埋め尽くすほどの数の魔物がいたのに、今は見渡しても両手で足りるほどの数しか見えない。


(……どうなっているんだ?)


 大量の魔物が巣食う魔境であるはずの大樹海で、なぜ最奥が近づくにつれて逆に魔物の数が減っていくのだろう。


 疑問をずっと頭の中で繰り返していると、ふと精霊たちが動きを止めた。


『ついたよ!』

『目的地にとうちゃく、とうちゃく~!』

『おおりくださーい』


(え、ここが目的地……?)


 精霊たちに降ろされた場所は、何もない木々の群れの中。

 やはり魔物の姿は見えないものの、それ以外の動物なんかも見当たらない。


 何の変哲もない、ただの森がそこには広がっていた。


(いや、場所を間違えているんじゃ……)


 すると、精霊たちが一か所に固まっているのが目に入る。


『こっちこっち~!』


 何やら手招きされている。

 でも、彼らが固まっている周りにも何もない。


 いったい何を見せたいんだろうか……?


 訝しみながら近づいて彼らの隣に立つと、目の前の光景に違和感を得た。


(……あれ、ここの景色少し?)


 そう、普通に見ている分にはわからない。

 だけど、今自分の視界には、精霊から教わった魔法によって二重の世界が映っている。

 さっきまでは薄っすらともうひとつの世界が重なっているように見えていたはずが、ここだけは二つの世界がピッタリと重なっていないように思える。


 なんというか、目に映る景色すべての輪郭がブレていて、見ていると気持ちが悪くなってくる。


『さあ、この先だよ~!』

『一名さま、ごあんなーい』


 しかし、そんな俺の気分とは裏腹に、精霊たちは「早く行け」と言わんばかりに背中をぐいぐい押してくる。

 抵抗むなしく、俺はまるで蜃気楼のように歪む景色の向こう側へと足を踏み入れる。


 一瞬、何かすり抜ける感覚を得た後、景色が一変した。


(なっ……!?)


 あまりの変わりように言葉を失う。


 緑が生い茂り、そこら中で光を纏った精霊が跳ねまわり、色鮮やかな花々が咲き誇っている。

 その背後には、天を衝くほど高く大樹がそびえ立ち、この森全体を見守る。


 今まで進んできた大樹海を“魔の森”と表現するならば、ここはさながら“神話の楽園”だ。


 自分の周りで飛び跳ねる精霊たちが少なく感じるほど精霊に溢れたこの場所を前に、俺はつい動きを止めてしまう。

 しかし、そんなのはお構いなしに、精霊たちは勝手に背中を押して案内を始めた。


『さあ、右にみえますは精霊の泉、精霊の泉~』

『泉の精霊がすんでいます! いずみさんです!』

『いずみさんはやさしいおねえさんですっ!』


 目を向けると、透き通った泉の上に立つ人間と変わらないサイズの女性が映り込む。

 たしかに少しおっとりした見た目だし、笑顔でこっちに手を振っている姿はまさに『やさしいおねえさん』だ。

 ただ一点の強烈な違和感を除いては……。


(ど、どうして片手で逆立ちをしながら手を振っているんだ!?)


 わからない。あまりにもわからない。

 なんとなく気まずくなって目を逸らすと、ちょうど次の場所に移動を始めるようで、また背中を押される感覚があった。


(た、助かったぁ……)


 あのまま見続けていると、行動と外見のギャップで頭が爆発してしまうところだった。

 危ない危ない……。


『おつぎは左にみえます、黄金の果実、黄金の果実~』

『栄養たっぷり! 元気ばっちり!』

『ぜんちぜんのーになれちゃうかもっ!』


 左手に視線を移す。

 そこには黄金色の様々な果実をぶら下げた木々が所狭しと並んでおり、精霊たちが思い思いの果実を手に取っているのが見える。


『おいしいよ~、食べてみる~?』

『魂だからたべられないや!』

『じゃあ、ボクがかわりにたべるね~』


 そう言って精霊のひとりが黄金のリンゴを手に取って、口へと運ぶ。

 思い切りかぶりついた後、何度か咀嚼して一言。


『この世は諸行無常……弱肉強食……焼肉定食……たべたい、じゅるり……』


 うん、頭が良くなったのかそのままなのかわからないが、食べるのはやめておこう。

 今は肉体がないから食べたくても無理そうだけど。


 その後も楽園のようなこの森の案内をされて、様々なものを見た。


 小さな精霊たちが飛ぶ速さを競い合い遊ぶ姿や、木の上で昼寝をする姿、川で水をかけ合う姿……。

 どれもが穏やかな光景ばかりだった。


 そして、最後に案内されたのがこの森のどこからでも見えるほどの大樹だった。


『目の前に見えます、この木は世界樹さんですっ!』

『せかいじゅ、せかいじゅ~!』

『かいじゅー! ぎゃおー!』


 この森に入ってきた頃よりはずいぶん奥まで進んできたはずだが、まだまだ根本には程遠い。

 見上げて、「身体があったら首が痛くなるだろうな」なんて思う。


 だけど、同時にひとつ疑問に思うこともある。


(こんな大きな木がどうして今まで見えなかったんだろう……?)


 そう、この大樹海に入ってきたときには見えなかった。

 それに騎士団にいた頃も、こんな大樹が存在するなんて話すら聞いたことがない。


 疑問に思い、ひとり自分の世界に浸って考え込んでいると、不意に背後から足音が近づいてきた。


「――珍しいな、ここに客人とは」


 振り返ると、そこには紫の長髪を風に揺らすひとりの女性が立っていた。

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