第2話 さまよう魂
魂というのは、肉体を離れている状態でもしばらくは生き永らえるらしい――。
その証拠に、肉体から投げ捨てられた自分の魂は、消耗している状態だというのに一向に消えてくれる気配がない。
実際、肉体を追い出されてからどれほど経ったのかはわからない。
これから先、この擦り切れた魂もいつ消えるかもわからない。
ただ、あの俺を追放した神から、身体を乗っ取った転生者から、少しでも離れた場所に行きたい。
今の俺にはその思いしかなかった。
(ここはどこなんだ……?)
しゃべること、触ることこそ出来ないが、ぼんやりとだが景色は見えるし、鳥のさえずり、葉の擦れる音も聞こえている。
だから、さっきから俺はふよふよと漂いながら周りを確認していたのだけど……。
(見渡す限り、木・木・木……)
……うん、森だな。
それがわかったところでここがどこの森なのかわからないから、結局意味はないのだけれど。
(意外と余裕があるんだな、俺)
まあ、今さら何をどう足掻いたとしても、あのユウヤとかいう転生者の魂が居座っている限り元の肉体に戻れるわけはないのだ。
もうどこか諦めがついてしまっているのだろう。
(ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、悔しいけど……)
俺がもっとあの『剣聖』という恩恵をうまく扱えていたなら。
俺がもっと任務の際、最後まで周りに気を配れていたなら。
そんなどうしようもないことを考えていると、いつの間にか心の奥底に少しだけやりきれない思いが残ってしまっていた。
(いや、本当はこんなに悔しかったんだ)
自覚した途端、悔しさが心の底から噴き出してくる。
(……ああ、このまま死にたくないな)
今さら、後悔と無念の思いが膨れ上がる。
でも、もうどうしようもなくて、ただただ消えていくことしかできなくて――。
『じゃあ、消えないようにすればいいんじゃないかな~』
この暗い森に似つかわしくない底抜けに明るく甲高い声に、俺は耳を疑った。
(だ、誰だ……?)
慌てて周囲を見渡しても、どこにも人影なんてありはしない。
けれど、子どものようなその声はまた届いてきた。
『ぼくたちは“精霊”だよ!』
『精霊、だいしゅうご~!』
『あはは、久しぶりの人間だ!』
『魂だけだけどね~。ひゅーどろどろぉ~』
今度はひとりじゃない。幾重にも声が重なって聞こえる。
自分を囲うようにどの方向からも声がするはずなのに、どこを見ても俺の目には精霊という存在が映ることはなかった。
(ど、どこにいるんだ……?)
ダメだ。どれだけ周りに目を凝らしても影も形も見えない。
『あれ~? みえてないの~?』
『やーい、やーい。ここだよ~!』
声すらも森中に反響して、どこからきているのかわからない。
『どうして見えないの~?』
『魔法つかえばいいじゃーん』
『まーほーう! まーほーう!』
(……魔法?)
いや、そんなものは使えない。
そもそも『剣聖』の恩恵は、あくまで剣の扱いを補助・強化するもの。
魔法の扱いに長けた『賢者』などの恩恵でなければ、魔法は扱えないというのが常識で……。
『使えるよ~!』
即答。
つい目を丸くしてしまう。目はないけど。
『ユー、魔法をつかっちゃいなよ~!』
『簡単だよ、かんたんらくちーん』
(お、俺が魔法を使える……?)
今まで積み上げてきた常識が頭の中で崩れ去っていく音を聞きながら、少し思う。
もし、魔法が使えるなら、何ができるだろうか……?
今まで剣では届かなかった空を飛ぶ魔物に対しての対抗策となるかもしれないし、魔法で身体を強化して何時間も連続で戦い続けることだってできるかもしれない。
ただ、もう身体のない俺には無意味なことで――。
と、そのとき。
沈みかけた心に、底抜けに明るい声が届いた。
『魔法、おしえてあげよっか~?』
正直、興味がないと言えばウソになる。
だけど、すでに肉体を失った俺が魔法を扱えるようになったところで、何になるというんだ。
わからない。
わからないけれど……。
(……まあ、魂が消えるまでの時間を浪費するよりかはいいかな)
一度、頷いて視線を上げる。
(――わかった。俺に魔法を教えてくれないか?)
すると、わぁっ、と歓声が上がった。
『わーい! じゃあ、僕がおしえるよ~?』
『フフフ……。いや、ここはボクの出番じゃないかなぁ?』
『ぶっぶー! 正解は……わ・た・し、でした~!』
賑やかな声が反響して、正直少し騒がしい。
(あ、あの、別に誰が教えてくれてもいいんだけど――)
『『『よくないっ!』』』
(あ、はい。すいません……)
結局、大議論の末、みんなが順番に交代で魔法を教えてくれることになった……らしい。
まあ、精霊たちの姿が見えないから、本当のところはわからないのだけど。
『じゃあ、魔法のじゅぎょー、はじまりはじまりぃ~!』
『わーい! きりつ、きをつけ、れいっ!』
『魂だけだからできないけどね! あははは!』
本当に彼らに頼んで大丈夫なんだろうか……?
今さらになって、少しだけ心配になってきたのであった。
だけど、そんな軽いセリフとは裏腹に、精霊たちは真面目に魔法のレクチャーを始めた。
『まずは……』
『“声”を聴いて~』
(……声?)
『うん、聴こえてくるでしょ~?』
『きみの周りに流れる“魔力”の声が』
(魔力の声……?)
彼らの言葉に従って、周りの音に意識を向けてみる。
何も聞こえない。
ただ草木の擦れ合う音と、風の吹き抜ける音だけが……――。
いや、風の音に混じって、何か聞こえる。
大気中をゆくゆったりとした川のせせらぎのような音だ。
『うん、うまいうま~い!』
『じゃあ、その“魔力”を手元に集めてみて~』
(この流れを手に……)
具体的なやり方なんて知らない。
けれど、不思議と身体は動いていた。
すると、微かに響く魔力の音が、こちらに流れを向けたように感じる。
『うん、そうそう。そんな感じだよ~』
『じゃあ、それを目の周りにあつめて……』
『ぼくたちが視えるように~……って念じるの~』
『むむむ~!』
……うん、なんとなくだけど分かった気がする。
今、自分のもとに手繰り寄せたこの膨大な魔力を、今度は“目”を意識しながら凝縮させる。
そして、一度視界を閉ざして。
一息に目を見開いた――。
(これは……っ!?)
そこは、まさに別世界。
今まで見ていた暗い森の姿はどこにもなく、そこら中に人魂を思わせる光の玉がふよふよと浮かんでいる。
しかも、その光の玉に目を凝らすと、その中には掌に収まるほどの羽の生えた小人が入っているのがわかる。
(これが“魔法”……)
初めての感覚だ。
実際に視界で捉えられる世界の上に、もうひとつの世界が透明な膜のようにかかっている感じがする。
これが『本当の世界』ということだろうか……?
『わ~い! だいせいこ~!』
『あつまれ、あつまれ!』
『かこめ、かこめ!』
『お縄につけ~!』
(あ、ちょっ……!)
姿が見えたからか、精霊がどんどん群がってきて圧し潰されそうになる。
そのまま胴上げの要領で担ぎ上げられると、精霊たちは森のさらに奥の奥へと一斉に動き出した。
『犯人をれんこうします!』
『しっかりつかまっていてね~!』
『つかまる、じゃなくてつかまえられているけどね~!』
『あははは!』
(いや、いったいどこに……!)
問いただそうとするが、猛スピードで動き出した精霊たちにその声は届かない。
そして、動きを封じられたまま、俺は森の最奥へと足を踏み入れることになるのであった。
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