転生者に肉体を奪われた騎士、魔導人形の身体で第二の生をやり直す

蒼井華音

第一部 二人のレオナルド

第一章 王女との出会い

第1話 死の淵に

 この世界には『恩恵ギフト』というものが存在する。


 五歳を迎えた際、洗礼の儀を行うことによって神から与えられる特別な力。

 そんな世界の、辺境の小さな村に生まれた少年レオナルドは、『剣聖』という恩恵を賜った。

 この世界のあらゆる剣術・剣技を一瞬で身に着け、自身の持つポテンシャルを最大限引き出すその恩恵によって、少年は人並外れた速度で成長していった。


 故郷である村を出て、王都で騎士団に入り、すべては順風満帆だった。


 そのはずだった――。


 ナイトレイ王国、王国騎士団に入団してから初の魔物討伐任務。

 自分は期待の新人として参加した討伐戦で、期待に恥じない活躍をした。

 数人がかりでも苦戦を強いられる飛竜ワイバーンを単独撃破し、崩壊しかかっていた戦線を一人で支えもした。


 だが、すべての魔物を倒し、作戦終了だと誰もがそう思った瞬間、気づけば自分の腹に黒々としたかぎ爪が突き立っていた。


「レオナルド! おい、しっかりしろ! レオナルド!」


 いつの間にか地面に横たえられた状態で、誰かの叫び声が頭に響く。


 ダメだ。視界がぼやける。

 脳が考えることを拒絶してくる。


「治療班! 早くこっちに来てくれ、重傷者がいるんだ!」


 魔物に貫かれたわき腹のあたりに、じんわりと温もりを感じる。

 でも、そんな温もりも、すぐに下がり続ける体温に負けて温度を失っていく。


「くそっ、なんとかならねえのかっ!」


 手足の感覚がない。

 少しでも気を抜けば、すぐにでもこの意識を手放してしまいそうになる。


 もうダメなんだと、嫌でも理解させられてしまう。


「……っ、傷口は癒せましたが、失った血の量が多すぎて――」


 遠ざかっていく彼らの声を聞きながら、少し今までを思い返す。


 両親を魔物に殺された十歳の頃から、立派な騎士になるために腕を磨き続けてきて、ついに王国騎士団に入ることができた。

 神から与えられた恩恵のおかげもあって、将来は隊長格の役職持ちとなることが約束されていたのだ。


 その初陣がこの結末か……。

 情けないにもほどがある。


「かはっ……!」


 自嘲の笑いを漏らすと同時、勢い余って血も一緒に吐き出してしまう。

 ああ、もうダメだ。徐々に周りの音も遠ざかって、聞き取れないほどまでにかすれていって――。


『目を開きなさい、人の子よ』


 その声が聞こえた瞬間、自分は見渡す限りの『白』に覆われた空間に立っていた。


「ここは……?」


 自分は魔物に襲われて、死にかけていて、それで……。


「こちらです」


 声のする方を見ると、見覚えのない女性が目に入って来た。

 白髪、白眼、白肌。すべてがあまりにも人間離れした純白に、一瞬、言葉を失った。


「あ、あなたは?」

「私は唯一神ファクティス。この世界に唯一残された神です」


 いきなり神様だと言われても、あまりピンとこない。

 でも、このどこまでも続く真っ白の空間も、頭に直接響くような声も、その人間離れした容姿も、何もかもが現実味のないものばかり。


 未だ混乱する自分をおいて、ファクティス神はひとり悠然と話し始める。


「このままでは、あなたの命の灯は五分とせずにその光を失うでしょう」


 それは、なんとなくわかっている。

 もう助かる見込みなんてないだろうことも。


「私はあなたのこれまでを見てきました。『剣聖』という強力な恩恵を受け、肉親の死にも折れず、研鑽を積んできたその姿を」


 よく頑張ったと励ますような優しい声で、女神が告げる。


「だからこそ私は思うのです。まだ『剣聖』の器を失うわけにはいかない、と」

「それはどういう……。もう死んでしまうのではないのですか?」

「ええ、このままではそのような未来が待っていることでしょう」


 ですが、と続ける。


「今のあなたは、肉体は魔法によって完全に回復しているのに、損傷した魂がその肉体を起こすだけの力を有していないだけ。逆に考えれば、その肉体を起こす力さえあれば、あなたの肉体は死ぬことがない、ということなのです」


 言われてみれば、すぐに治療班が駆けつけてくれていた。

 そのおかげで怪我自体はきちんと治癒されているのだろう。

 よくわからないけれど、自分の魂が回復すればまた起き上がることができるということらしい。


 でも、魂の損傷なんて、どう治療すれば……。


「ひとつだけ、方法があります」


 ファクティス神はゆったりと指を立てて、そしてこちらを指さした。


「――あなたの器に、健常な魂が入ることで死を免れることができます」


 そのまま指さしていた手を開くと、手のひらの上に青白い炎の塊のようなものがぼんやりとした光を放ちながら現れた。


「これは異世界からの転生者の魂。名はユウヤ」

「転生者……」

「ええ、見ていてください」


 彼女がそう告げると、青白い炎はゆっくりとどこかへ飛び去って行った。


「あの魂はどこへ……?」


 疑問を口にしたと同時、女神はどこからともなくナイフを取り出し、そのまま何の躊躇いもなく指に傷をつける。

 そして、傷口から一滴の鮮血が滴り落ち、真っ白な空間に赤い滲みを作り出した。

 しばらくすると、赤く滲んだ場所に映像が映し出される。


「これは……戦場?」


 そうだ。ここは、さっきまで自分が戦っていたあの戦場だ。

 映し出される力なく横たわっている自分の姿や、未だ必死に戦っている騎士たち、治療に奔走する治療班たち。


 あの後、また魔物たちが侵攻してきたのか……。


 今、ここに自分がいたら、どれだけの人が負傷せずに済んだだろう。

 見えていても何もできないこの状況が歯がゆくて、起き上がることすらできない自分が許せなくて、ぐっとこぶしを握りこむ。


 ――その時だった。


「え、どうして俺の身体が……!?」


 不意に横たわっていた自分の身体が起き上がり、動きを確かめるようにこぶしを握って開いてを繰り返しはじめる。

 どうして、自分の魂はまだこのよくわからない空間にいるのに……?


 次の瞬間、立ち上がり剣を抜き放った自分の身体が、目にも留まらぬ速さで魔物を両断した。


「なっ……!?」


 その後も止まることなく、自分の身体は次々と魔物を秒殺していく。

 倒した魔物の中には、さっきまで自分が苦戦していた魔物もいたというのに。


「今、あの肉体を操っているのは転生者ユウヤの魂です」


 呆然とする俺に、女神がうっとりとした声で言葉を投げかけてくる。


「素晴らしいでしょう? あれが本来の『剣聖』という恩恵を受けた者の姿なのです」


 的確に弱点を見抜く目と、思い描いた理想の剣筋を再現する力。それを兼ね備えた彼は、まさにどんな逆境をも剣一本で覆す最強の剣士――『剣聖』だった。


「……まさか、『剣聖』にこんな力があるなんて」


 今までの自分は、この恩恵が「世界中のあらゆる剣術の技を再現でき、剣の扱いが人並外れて上手くなる」程度にしか考えていなかった。

 でも、こんな光景を見せられると、いかに自分がこの力を使いこなせていなかったのかと、情けなさと腹立たしさが湧き上がってくる。


 打ちひしがれる俺をおいて、戦闘は終幕へと近づいていく。


 怪我をして治療を受ける者、精魂尽きて動けなくなる者。

 そんな脱落者たちが増え続けていく中、戦場に最後まで立っていたのは、レオナルド……いや、ユウヤただ一人だった。


「これが本物の『剣聖』……」

「ええ、これで理解したでしょう。あなたでは、あの力の半分すらも引き出せない、ということに」

「え――?」


 あまりに冷たい声音に、思わず弾かれたようにファクティス神へと視線を向けた。

 すると、そこには先ほどまでとはまるで別人のような、冷たく慈悲の欠片も感じさせない目をした正真正銘の『神』が佇んでいた。


「つまりはあなたは“用済み”ということです」

「で、ですが、俺が死ぬことが惜しいと……!」

「ええ、確かにそう言いましたね」


 ニヤリと口角を上げる。

 そして、彼女は残酷な言葉を口にした。


「――『剣聖』の器を失うのは惜しい、と」


 ああ、ようやく気がついた。

 そうか。彼女はただ『剣聖』という強力な恩恵を授けた肉体が滅ぶのを惜しんだだけで、別にその器の中身に興味なんてなかったんだ……。


「安心してください。あとはあの子が『レオナルド』として生きてくれます。きっとあなた以上に完璧に、その生を全うしてくれることでしょう」


 ちゃんと聞こえているはずなのに、何を言っているのか頭に入ってこない。


 もう、何も見たくない。

 もう、何も聞きたくない。


「では、さようなら。『剣聖』になれなかった憐れな人の子よ」


 そして、俺の意識は闇の中へと消えていった――。

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