競争


 休み時間、次の移動教室の授業の準備を終え、教室を出ようとした時だった。

霧島さんが自分の席に座ったままで全く動く気配がないのに気づく。



「どうしたの霧島さん?次、移動教室だよ?」



 話しかけても霧島さんからの返答はない。

ただボーっと1点を見つめている。



「・・・面白くない」


「え?」



霧島さんが唐突に呟いた。



「朝起きて、登校して、授業を受けて、帰る・・・同じことの繰り返し」


「そ、そうだね」



何やら不穏な空気が漂ってきた。



「・・・友崎くん、次の教室まで競争です。私を楽しませてください」



 それだけ言い残した霧島さんは移動教室の荷物を持って教室を飛び出した。

ダダッ!と廊下を駆けていく音が聞こえる。


 え?

その場に残される僕。



「いやいや、急すぎだろ!」



僕は文句を言いながら荷物を持ち、同じように教室を飛び出した。



「ちょっと待ってよ霧島さん!」



 廊下を出て、霧島さんの後ろを走って追いかける。

霧島さんは教科書を片手に廊下を全力疾走している。



「あっ、霧島さんだ!走っている姿も美しい・・・」


「風になびく長い黒髪、そしてスカートから伸びた細い足。ああ美しい!」



 うっとりした顔で霧島さんを目で追う生徒たち。

その後ろを僕が追いかける。



「霧島さんの後ろを走る奴、なんだ?必死な顔して」


「もしかして霧島さんのストーカーか?」



 生徒は睨むようにして僕を見ている。

なんてひどい言いようだ!



「こら!廊下を走るな・・・あ、なんだ霧島か」



 すれ違った先生は霧島さんに注意できていない。

この学校でどれだけ霧島さんが尊敬されているかがよくわかる。



「ごめんなさい先生」


「いや、いいんだ。止めてしまってすまない霧島」



 そんな遠慮がちな先生を置いて霧島さんは走っていく。

そしてその後を、僕が同じように走って通る。



「こら!廊下を走るな!」


「ごめんなさい先生」


「廊下は走るもんじゃないだろ!」



 霧島さんと同じセリフを言ったにも関わらずこの違いだ。

仕方なく歩いて霧島さんを追いかける。


 だが、いくら早歩きしたとしても距離はどんどんと離れていく。

霧島さんは走り、僕は歩いているからだ。

遠くの方で霧島さんがわざと立ち止まって僕を挑発している。



「あらら霧島さん!」



 すると誰かが霧島さんに話しかけた。

それは校長先生だった。



「霧島さん、次の授業の移動中かな?」


「はいそうです。それでは・・・」


「ちょっと待ってくれ!」



話を切り上げようとする霧島さんを校長先生が止める。



「もうすぐ生徒会選挙だね!我が校の代表としてぜひ霧島さんに生徒会長になって欲しいんだけど・・・」



 霧島さんは明らか面倒くさそうに話を聞いている。

でも、これはチャンスだ!


 2人が話している横を僕がドヤ顔で歩き、通り過ぎる。

それに気づいた霧島さんが僕を睨んだ。



「なんだね今の生徒は、変な顔をして」


「ごめんなさい校長先生。私行かないと」


「そ、そうか。生徒会長のことは考えておいてくれたまえ!」



 そして霧島さんは走り出した。

後ろからドタドタと霧島さんが走って迫ってくる音が聞こえる。

だが今は僕も走っており、霧島さんは追いつけないはずだ。


 しかし予想外に距離はどんどん縮まっていく。

僕は忘れていたのだ、霧島さんが運動神経抜群なことを。

ひ弱な男子である僕を抜き去るなんて簡単だ。


 そして目的の教室が奥に見える。

僕と霧島さんは肩で互いを押し合って走る状態になっていた。


 どちらが先にゴールしてもおかしくない。

っていうか僕らはなんでこんな競争をしてるんだ。


 そんなことを考えつつ、教室まであと20m程まで迫った時だった。

横から柔らかい感覚といい匂いを感じた。

なんと霧島さんが僕に抱きついてきたのだ。



「き、霧島さん!?」



 驚きから思わず走るのを止め、その場で立ち止まってしまう。

呆気にとられる僕の隙を見て、霧島さんが先に教室に入った。


 よし、と小さくガッツポーズをする霧島さんだが、

僕は勝負なんかよりも霧島さんに抱きつかれたということで頭が一杯だった。



「・・・男なんて単純」



そう呟いた霧島さんだった。

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