互いの秘密



 今日は年に数回の、大掃除の日。

教室では雑巾掛けをしたり、ほうきで床を掃いたり、机や椅子に付いたほこりを取るなど、みんな大忙しだ。


 僕はほうきで床を掃く係を任された。

教室は窓が全開に開けられていて風通しがいいが、ほこりが舞っていて咳やくしゃみの音が多く聞こえる。


 霧島さんはというと、バケツの水で濡らした雑巾を持って立っている。

どうやら雑巾掛けをするみたいだ。

そして霧島さんがしゃがみこみ、教室の床の雑巾掛けをしようとした瞬間、



「あ、霧島さん大丈夫!私がやるから!」



 すぐさまクラスの女子生徒が止めに入り、霧島さんの手から雑巾を奪い取った。

霧島さんはありがとうを言う暇もなく、その場に取り残される。


 そして今度は近くに置いてあったほうきを持ち、教室の床を掃こうとする霧島さん。

すると、



「あ、僕がやるよ霧島さん!」



 またもやクラスの男子生徒が止めに入り、霧島さんからほうきを奪い取る。

クラスのみんなが霧島さんを尊敬するあまり、何をやるにしても誰かが止めに入るのだ。


やることが無くなった霧島さんはみんなが忙しく動き回る中、教室の真ん中でポツンと立っていた。



「霧島さん、大丈夫?」



僕はそんな様子を見かねて話しかけた。



「職を奪われました。私は無能・・・」



俯き、絶望の表情を浮かべる霧島さん。



「いや、無能っていうか。みんな霧島さんにやらせたくないだけだと思うけど」


「違います。これが現代社会です・・・まさに弱肉強食」



霧島さんが訳のわからないことを呟いている。



「おーい、霧島!ちょっとこれ捨ててきてくれ!」



 先生が霧島さんに声をかける。

どうやら無職の霧島さんに職が与えられたようだ。

先生は大きなゴミ袋を2つ持っており、霧島さんに渡した。



「あ、一人じゃ無理か?」



 ゴミ袋はパンパンで、1人で2つ持つのはキツそうだ。

すると霧島さんがゆっくりと振り向いて僕を見た。

そして無言の圧力。



「・・・じゃあ僕も一緒に行きます」



 霧島さんの眼力に負け、僕も一緒についていくことに。

1つずつ大きなゴミ袋を持ち、霧島さんとゴミ捨て場までの道を歩く。



「人がいなくて静かですね」



 今歩いているのは体育館の裏の道で、生徒は校内を掃除しているので誰もいない。

聞こえるのは2人の歩く音と、遠くで騒ぐ生徒の声だけ。



「そうだ、今なら周りに誰もいませんし、何かお互いの秘密を大声で叫びませんか?」


「え?」



霧島さんから突然の提案。



「秘密って・・・そんなのあるかな?」



頭の中で思い出す。



「まあ何でもいいですけど、せっかくですしインパクトがあるのがいいですね」


「うーん、そっか」



考える僕に対して、霧島さんは既に何を言うか決まっている様子だった。



「では友崎くんからお願いします」


「え、僕から?」


「はい、3・2・1」



 半ば強引にカウントダウンが始まる。

咄嗟に何を言うか決め、キョロキョロと周りに人がいないかの最終確認をする。

そして大きく息を吸い込んで大声を出す準備をし、口を開いた。



「じ、実は僕、抱き枕が無いと寝れません!」



 瞬間、時が止まったような静寂。

そして数秒後、パチパチと霧島さんの拍手が聞こえてきた。



「なるほど、可愛いですね。これは友崎くんのいい秘密を知れました」



 霧島さんは満足そうな顔をしている。

対して僕は顔が赤くなり、照れが襲ってくる。



「ほら!次は霧島さんの番だよ!」



耐えきれなくなって霧島さんにバトンを渡す。



「私ですね、ではいきます」



 なんだろう、霧島さんの秘密って。

胸をドキドキさせながら待つ。

霧島さんが大きく息を吸い込み、口を開く。



「実は昨日、プリンを2つも食べちゃいましたー!」



霧島さんの可愛い大声が誰もいない体育館裏に響く。



「え、ずる!僕と秘密のレベルが全然違うんだけど!」


「そうですか?私にとっては大暴露ですけどね」



シラを切る霧島さん。



「なんか僕だけ損してる気分なんだけど!」


「そうですか。じゃあ2周目行きましょう」


「まだやるの!?」


「もちろん。はい行きますよ、3・2・1」


「ちょ、ちょっと!」



 またもや強制カウントダウンが始まる。

頭をフル回転させ、自分の秘密を思い出す。



「じ、実は高校生になるまでサンタさんを信じてました!」



 捻り出した秘密が口から外へ出る。

霧島さんはおぉ、呟いて頷いている。



「いや、でもみんなそうだよね!うん、普通!」


 

すぐさま自分でフォローに入る。



「はい次は霧島さん!3・2・1!」



 自分がやられたように強制カウントダウンをやり返す。

しかし霧島さんは全く動じていない。

そして息を吸い込んで言った。



「実は、付き合うのを執拗に迫ってきたキモい男を、ぶん殴って入院させたことありまーす!」


「えぇ!?」



霧島さん、ここにきてとんでもない暴露をしてきやがった!



「え・・・本当?」


「本当です。私をひ弱な女性だと舐めないでください」



 シュッ!シュッ!とシャドーボクシングを披露する霧島さん。

そのキレのある姿は、確かにひ弱だとは思えない。



「す、すごいね霧島さん」


「学校のみんなには品行方正とか、お嬢様とか言われてますが、私はやるときはやる女です」


「な、なるほど・・・」



秘密というか、意外な霧島さんの過去を知ることができてよかった。



「それより、友崎くんは抱き枕が無いと寝れないのは本当ですか?」



霧島さんがさっきの僕の暴露を掘り返してくる。



「い、いやー?まあ無くても寝れるけど・・・ね?」


「そうですか、ふーん」



霧島さんはニヤニヤしている。



「どんな抱き枕なんですか?」


「あ、早くゴミを捨てに行かないと!」



僕は食い気味に話を遮って走り出した。



「ちょっと待ってください!抱き枕の形は人型ですか?それとも動物ですか?」



僕の後ろを走りながら質問してくる霧島さんであった。


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