告白




「あ、忘れ物した」



 学校から下校し始め、10分程歩いたところで教室に忘れ物をしたことに気づく。

忘れたのは親に渡す大事なプリント。

明日締め切りで、絶対に今日持って帰らないといけないもの。



「はぁ〜」



 ガクっと肩を落として落ち込む。

忘れ物をしたとわかり、今から取りに行く時間はなんとも無駄である。

ただただ、無駄すぎる時間。


 でもまだここで気づいてよかった、家に帰ってから気づいていればもっと面倒臭い。

忘れ物をした自分に少しイライラしつつ、タタタタと早歩きで来た道を戻る。


 校門をくぐり、教室を目指す。

学校は部活の時間で体操服や部活のユニフォームに身を包んだ生徒と多くすれ違う。


 何処かから吹奏楽部の演奏、体育会系部活のかけ声が聞こえる。

そして廊下に人はおらず、窓から少し夕陽が差し込んでいる。


 この放課後の雰囲気は、なんとも青春を感じさせる。

階段を上り、自分の教室の目の前まで来た時だった。



「霧島さん!好きです!」



 廊下まで響く大きな声で、そんな言葉が聞こえてきた。

告白!?それも霧島さんに!?


 教室に入るのを止め、ドアの側から中をこっそり伺う。

中を覗くと教室の真ん中に男子生徒、そしてその前には霧島さんがいる。


 告白した男子生徒は俯き、緊張した様子で霧島さんの返事を待っている。

対して霧島さんはいつもと変わらない涼しい表情だ。


 にしてもとんでもない場面に出くわしてしまった。

霧島さんは何て返事するのだろう。


 少し焦っている自分がいる気がした。

僕は別に霧島さんのことが好き、とかではないはずなのに。

すると霧島さんが口を開いた。



「お気持ちは嬉しいのですが・・・」



霧島さんがそう言うと男子生徒は結果を察したのだろうか、表情が暗くなっていく。



「今は学業に集中したいので・・・ごめんなさい」



 瞬間、気まずい空気が教室に流れる。

外にいる僕でも息が詰まる。

でも霧島さんがごめんなさいと言った瞬間、僕は何故かホッとしていた。



「うわー!」



 突然、断られた男子生徒が大声で泣いて教室を飛び出して行った。

相当取り乱していたようで、僕の存在には全く気づいていなかった。


 男子生徒の声が遠くなっていき、静寂が訪れる。

霧島さんは何事もなかったように帰り支度をしている。


 なんかこのタイミングで入ったら気まずいな・・・

でも、プリントは絶対に持って帰らないといけない。


 ・・・よし、告白の現場なんて見ていないフリをして教室に入ろう。

僕は意を決して教室に踏み込んだ。



「あ、霧島さん」



さっきの告白なんて何も見ていないように霧島さんに声をかける。



「ちょっと忘れ物しちゃってさ!取りに来たんだ!」


「あ・・・そうですか」



 ぎこちない動きで自分の机に向い、プリントを探す。

霧島さんは既に帰る準備ができているようで、僕の様子をじっと見ている。



「友崎くんもさっきの方みたいに、私に告白するのかと思いました」



ギクッ!と体が跳ね上がる。



「こ、告白?な、何のことかな?」



 あまりにも白々しい演技しか僕はできなかった。

夕日が差し込む教室、風で揺れるカーテン、微かに聞こえる、部活をしている生徒の声。

そして霧島さん。


 今、僕がここで告白したらどうなるだろう。

霧島さんはみんなの高嶺の花でお嬢様、僕とは不釣り合いだろう。

だが、そんなことはどうでもよくなるぐらい、青春を感じさせる雰囲気が僕の背中を押していた。



「どうしたの?」



僕の視線に気づいた霧島さんが言う。



「な、なんでもないよ!」



我を取り戻した僕は乱雑にプリントをカバンに入れ、教室を出ようとする。



「ちょっと待って!」



 僕を引き止める霧島さん。

ゆっくりと振り返る。


 すると軽く俯き、上目遣いで緊張した様子で僕を見つめる霧島さんがいた。

紅潮した頬、強く握られる拳、伝えたい言葉が喉まで出かかっているようにも思える。

その表情や仕草は、先程の男子生徒と同じものを感じた。


 数秒の静寂。

しかしそれは、永遠にも感じられた。



「・・・また明日」



霧島さんは顔を上げ、笑ってそう言った。



「う、うん。また明日」



霧島さんのぎこちなく、言い損ねたことがあるような表情を背中に、僕は教室を出て行った。

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