幻の焼きそばパン



 この学校には「幻の焼きそばパン」がある。

それは毎週水曜日の昼休みに、なんと1つ限定で売っている貴重なものだ。


 1つしかないということで競争は激しく、水曜日の昼休みになった瞬間に生徒が購買に押し寄せる。

手に入れるのは至難の業であり、誰も実物を見たことが無いという理由で「幻の焼きそばパン」と言われている。

そんな幻の焼きそばパンに挑戦しようとする生徒がいた。


 授業中、霧島さんは何度も黒板の上の時計を確認している。

昼休みまで残り1分。


 時計の秒針を追うように見つめる霧島さん。

その表情は固い。


 そして昼休みまで残り30秒。

霧島さんは体を机から乗り出し、いつでも走り出す準備が出来ているようだ。


 教室は2階、購買は1階。

ここからじゃ遠くて幻の焼きそばパンを購入するには不利なんじゃないか?


 そんな疑問を抱えていると、授業終了のチャイムが鳴った。

キーンコーン、という音が耳に入った瞬間、霧島さんは机から飛び出して走った。


 しかし、それは廊下側ではなかった。

なんと僕の左横の窓から外に飛び込んだのだ。



「霧島さん!?」



 ここは2階だぞ!?

すぐに窓から飛び出した霧島さんの姿が下に落ちて行って消える。


 慌てて窓から下を覗き込む。

なんと霧島さんは窓近くに生えている木に飛び移っていた。


 そして幹にしがみついてスルスルと降りて行く。

な、なんて大胆な行動なんだ。


 霧島さんは地面に足が着いた瞬間に走り出した。

どれだけあの焼きそばパン食べたいんだよ。


数分後、身体中に葉っぱをつけた霧島さんが戻って来た。



「だ、大丈夫だった?怪我はない?」



 僕の問いかけに霧島さんはグッと親指を立てた。

見ると、手には焼きそばパンが握られていた。



「あ!買えたんだね!」



席に座った霧島さんから幻の焼きそばパンを見せてもらう。



「こ、これが幻の焼きそばパン・・・」



見た目は普通の焼きそばパンに見える。



「やっと手に入れた・・・」



 そう呟いた霧島さんは、

まるで宝物を見るかのように大切に幻の焼きそばパンを手に、見つめている。

すると霧島さんが幻の焼きそばパンを半分に割って僕に差し出してきた。



「え、いいの?」


「・・・いつも迷惑かけてるから」



少し照れくさそうに言った霧島さん。



「あ、ありがとう」



そんな頬を赤くした霧島さんを見た僕も照れくさくなってしまい、差し出された半分を受け取る。



「いただきます」



 2人でそう言って幻の焼きそばパンを食べる。

大きく口を開けて1口。


 もぐもぐ。

チラッと霧島さんを横目で見る。


 霧島さんは目を瞑って嬉しそうに食べている。

その表情はなんとも幸せそうだ。


 そして2口目、3口目と食べ進めていく。

・・・ん?


 横を向くと霧島さんと目が合った。

その表情は暗い。

2人とも思ったことは同じだった。



「・・・普通」


「うん、そうだね」



2人に気まずい空気が流れる。



「私の労力返して・・・」



そう呟く霧島さんだった。

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