糸電話


 現国の授業中、黒板に書いてある解説をノートに写している時だった。

隣からガサゴソと、何か工作でもしているような音が聞こえる。

もちろんその音は隣の席の霧島さんからだ。


 こんなの僕にとっては日常茶飯事であり、

向こうから何かアクションがあるまでは放っておくのが一番だ。

そんなことを考えていると予想通り、僕の机に何かが飛んできた。


 はい、来ました。

わかってますよ、という風に飛んできた物を確認すると、それは紙コップだった。


 ん?紙コップ?

手に取ってみると紙コップの底には穴が空いており、糸が付けられていた。

その糸を目で追っていくと、たどり着いたのは隣の席の霧島さんだった。


 霧島さんは僕の顔を見てうんうんと頷いている。

そして手には僕と同様の紙コップを持ち、2つの紙コップの糸は繋がっていた。

これって・・・糸電話か?


 すると霧島さんが持っている紙コップを口に当てはじめた。

そして片手で耳を指差す。


 紙コップを耳に当てろってことか。

仕方なく持っている紙コップを耳に当てる。



「テスト、テスト、えー、えー、友崎くん、聞こえていますか?どうぞー」



 糸を通して霧島さんの声が聞こえてくる。

耳元で話されているようで、なんだかくすぐったい。

そして霧島さんが紙コップを耳に当てる。



「こちら友崎、霧島さんの声、しっかり聞こえています。どうぞー」


「はい、聞こえています了解しました」



互いに紙コップを口と耳を交互に当て、会話していく。



「私、授業中なのにこんなことして、バレないかヒヤヒヤで堪らないです。どうぞー?」


「じゃあ今すぐ止めましょう。どうぞー?」



 一番後ろの席だからギリギリバレていないが、いつ生徒や先生が後ろを振り返ってもおかしくない。

そんな会話をしていると霧島さんは授業中にも関わらず、突然席から立ち上がり始めた。



「な、何をしてるんですか霧島さん!どうぞー!?」


「この状態でどこまで行けるか実験してみます」



 霧島さんは糸電話を持ち、廊下に向かってしゃがんで歩き始めた。

教室の一番後ろをしゃがんだ状態でゆっくりと進んでいく。



「リスクが高すぎます!誰かにバレたらどうするんですか!どうぞー!」


「私は影が薄いので大丈夫です。どうぞー?」


「あなたはこの学校で一番影が濃いです!どうぞ!」



 幸い先生は板書に夢中、生徒は寝ている人が多くて今の所バレていない。

だがこんな状況は奇跡とも言える。


 既に教室の真ん中辺りまで霧島さんは足音もなく進んでいる。

糸電話の糸は長く、霧島さんはまだまだ進みそうだ。



「友崎大佐、いっそのこと大胆に走ってもいいですか?どうぞー?」


「絶対に止めてください!」



 現時点で全くバレておらず、

霧島さんはとんでもないスニークスキルの持ち主だ。


 っていうか僕はいつ大佐になったんだ?

そしてなんと霧島さんは教室を出て、廊下まで到達した。



「ついに廊下まで出ました!どうぞー!!」



 霧島さんは廊下からこちらを、ニッコニコの笑顔で鼻息を荒くして見ている。

その姿は無邪気で子供みたいに可愛い。

だがその時だった、



「じゃあ読んでいきますね。春はあけぼの・・・」



なんと先生が教科書を読みながら教室を歩き始めたのだ。



「霧島さん!エマージェンシー!エマージェンシー!先生が教室を歩き始めました!」


「ほう、了解です友崎少佐、今すぐ帰還します!どうぞー」



 僕と対照的に霧島さんは冷静だ。

・・・ん?なんで少佐!?

いつの間にか僕、大佐から少佐に降格してんじゃねーか!


 すると霧島さんは糸電話を片手に、廊下から匍匐前進でこちらに進んで来た。

それも匍匐前進の中でも一番遅く、床にベタッとうつ伏せになって進む第五匍匐前進だ。

その姿はなんともかっこ悪い。



「いや、その匍匐前進では間に合いません!どうぞー!?」



 既に先生は教室の中央付近まで歩みを進めている。

すると霧島さんは四つん這い状態に移行し、

そのままペタペタと赤ちゃんのハイハイのように戻ってきた。


 そしてサッと自分の席に座った。

さっきまで廊下に出ていたなんて全く知らない先生が霧島さんの横を通り過ぎていく。



「ふぅー、最高にスリルを味わえました。楽しかったです。どうぞー?」



霧島さんは糸電話なしでそう言った。



「・・・こちらも楽しかったです」



僕は糸電話を外し、霧島さんに向かって言った。





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