ババ抜き



「この公式は使うから絶対覚えておけよ〜」



 数学の先生が黒板に公式を板書していく。

それに続いて生徒は自分のノートにそれを写していく。

そんな真剣な授業の中、こちらでも真剣な勝負が行われていた。


 互いの目を見て睨み合う僕と霧島さん。 

その手にはトランプ。


 険しい顔をした霧島さんが、僕の手に握られているトランプをじっと見つめて吟味している。

そしてバッ!と1枚取り、見るなり悔しい顔をする。

その姿を見て僕は小さくガッツポーズをする。


 そう、僕と霧島さんは授業中にも関わらずババ抜きをしているのだ。

勝負は佳境、手札は僕が3枚、霧島さんが2枚。

ジョーカーは僕が持っている。


 そして今度は僕が引く番だ。

こういう時、考えすぎはよくない。

あえて霧島さんの表情を読まずにサッと抜き取る。


 すると運良く揃い、手札が2枚減る。

霧島さん、絶望の表情。

しかし美少女なのでその表情も美しい。


 これで僕が残り2枚、霧島さんが1枚。

だが次は霧島さんが引く番、ジョーカーを持っている僕は大ピンチだ。


 確率は2分の1。

霧島さんに笑顔は一切ない。

目をギラつかせ、勝負師の顔をしている。

普段の霧島さんからは想像できない。



「この公式はな〜」



 教室には先生の解説が響く。

だが、僕ら2人にそんなものは聞こえない。


 霧島さんが僕の残り2枚に手を伸ばす。

1枚掴み、僕の表情をしっかり確認する。

そして首を傾げる。


 さらに1枚掴み、またもや表情を確認する。

みんなの高嶺の花である霧島さんとこんな至近距離で見つめ合えるなんて、

全男子に嫉妬されるだろう。


 覚悟を決めた霧島さんが俺の1枚を力強く引き抜く。

しかし、それはジョーカーだった。


 引き抜いたトランプを見た霧島さんが自分の机に突っ伏す。

どれだけ本気でやってるかが伺える。



「この問題わかる奴ー」



 そんな先生の声を聞きながら霧島さんのカードに手を伸ばす。

これで僕が2分の1であたりを引いて勝ちだ!


 そして霧島さんのカードを引こうとした瞬間、

霧島さんがカードを持っていない方の手をバッ!と高く挙げた。

なんだ!?



「お、じゃあ霧島」



 先生に指名された霧島さんは僕との勝負を中断し、黒板に向かって歩いていく。

ど、どういうことだ?

なんでこのタイミングで問題を解きに行ったんだ?


 頭に疑問が浮かぶ僕は、ただ霧島さんの姿を見つめていた。

霧島さんは黒板の前に立ち、スラスラと問題を解いている。



「おー、正解だ」



 先生に褒められる霧島さん。

同時に生徒からパチパチと拍手が聞こえる。



「さすが霧島さんだ!難しい問題をこんな簡単に解いちゃうなんて!」



そんな歓声がクラスから聞こえ、席に戻ってくる。



「ごめんなさい。じゃあババ抜きの続きを・・・」



 何事もなかったかのように霧島さんはゲームを続ける。

ま、まあいいか。


 僕は気を取り直し、霧島さんの手持ちのカードを引こうとした。

しかしここで気づく。


 霧島さんが目の前に差し出してきたカードが1枚しかないことに。

え、なんで1枚しかないんだ!?もう1枚はどこだ!?


 瞬間、はっ!と気づいた僕は黒板に目をやる。

そして黒板前の教卓を見ると、そこには1枚のカードが置いてあった。


 まさか、問題を解きに行った時に教卓にカードを置いてきたのか!?

霧島さんは手元の1枚のカードを早く引けと言う風にヒラヒラさせている。

このカードは絶対にジョーカーだ!


 なんて策士なんだ・・・

わざわざこんなことをするなんて、どれだけこの勝負に勝ちたいんだよ!


 ということは、僕が勝つには教卓まで行ってカードを取ってくるしかないのか!?

霧島さんはというと、椅子に深く腰掛けて完全に勝ち誇っている。

どうすれば・・・!



「じゃあこの問題わかる奴ー」



 瞬間、タイミングよく先生の声が聞こえた。

僕はバッ!と手を挙げた。



「えー、じゃあ友崎」



 いいだろう、その勝負乗った!

僕は霧島さんに顔で答えた。

対して霧島さんは受けて立つ!と凛々しい顔をしている。


 そして黒板に向かってズンズン歩いて行った。

授業を全く聞いていないので、問題なんてわからない。

黒板の問題を適当に解く。



「おい、全然違うぞ」



 そんな先生の言葉を無視し、教卓の1枚のトランプをサッと取って自分の席に戻っていく。

これで僕の勝ちだ。

帰る途中、そう勝ち誇って霧島さんにドヤ顔をする。


 しかし、霧島さんは不適な笑みで笑っていた。

え?なんで?僕の勝ちのはずなのに・・・


 ふと自分の教卓から取ってきたカードを見る。

なんとそれはジョーカーであった。


 なに!?

思わず教室の真ん中で大きな声を出しそうになる。

教卓まで行ったのはブラフだったのか!?

霧島さんは裏の裏を読んでいたのか!?


 そんな僕を前に、霧島さんが僕の席においてある残りの1枚を取った。

ペアが成立し、勝利の優越感に浸っている霧島さん。

瞬間、試合終了のゴングのようにチャイムが鳴った。



「今日はここまでー」



先生の声と共に休み時間に入り、生徒が一斉に騒ぎ出す。



「ずっる!」



席に戻り、霧島さんを問い詰める。



「引っかかった方が悪いです」



霧島さんは嬉しそうに笑っていた。

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