第27話 知りたいこと

 ほたると源三の用意したサンプル、二人の毎朝恒例の生理現象の詰まった袋は無事にカイロンに届けられた。

 カイロンは貴重なサンプルに何度もお礼を言ったあと、そのままあの探査船に乗り込み、しばらく船内で解析に没頭すると海中に潜っていった。

 だいたい二日ほどかけて、あとの二人の研究者と通信を取り合いながら解析を進めるのだと話していた。


「まあ、良かったじゃないか。お前は本当に大事なことをやってのけたんだ。胸を張っていいんだぞ」


 源三の運転する帰りの軽トラの助手席で、思春期の女子の最も恥ずかしいブツを持って行かれたほたるはまだ不満顔だ。しつこく最後の最後まで手渡すのを渋っていた。


「おじいちゃんには私の気持ちは分からないわよ」

「ほうだな。お前にも恥じらいってもんがあるんだと知って、わしはびっくりしたよ」


 ハハハと笑い飛ばす源三に、なによとほたるはまた膨れる。


「まあ気にすることないさ。また電話で、てる美ちゃんにお父さんを手伝ってやったって言ってやれ」

「そんな恥ずかしいこと言える訳ないでしょ!」

「ん? 女の子同士で恥ずかしがることか?」

「そ、そうよ。デリカシー無いのはおじいちゃんだけだよ」

「ほうか、そら済まんかった」


 テルが男の子だということをまだ知らない源三は、気楽に笑い声をあげた。


 こっちは乙女の一大事なのよ。


 そう言いたかったがグッとこらえた。

 軽トラの窓越しに流れていく相変わらず綺麗な海を眺めながら、ちょっとブルーになったほたるだった。



 海岸沿いのタバコ屋。波の音を聞きながら、ほたるは昨日の一大イベントのことをテルに話していた。

 探査船を浮上させた昨日、きっとバタバタするだろうと思い、詩織にテルとの電話をお願いしていたので一日あいていたのだった。

 テルに報告するのを、昨日から心待ちにしていたほたるは、自分が興奮していることを感じていた。

 取り敢えず探査船を浮上させたことをテルに伝えると、受話器の向こうから仰天しているような声が返って来た。


「本当に成功したの? 君って言う人は、いつも僕の想像を超えてくるね」

「褒め言葉と受け取っていいのかな?」

「驚きと尊敬の半分半分。でも大丈夫かな、そこまで濃厚に君たちも父さんと関わって」


 やや心配そうなテルの声を、あまり難しく考えていないほたるは、余裕たっぷりに笑い飛ばした。


「大丈夫だって。テルのお父さんも心配してたけど、こうして探査船も引き上げれたんだから、私たちを頼って正解だったってことなのよ」

「うん。ほたるの言うとおりだ」


 実績を見せつけたほたるの言葉には説得力があった。

 安心したのか、少年は明るい声で、今日も二人の約束を口にした。


「じゃあ今日も一つ、お互いのことを言い合おうよ」

「うん。今日はなんにする?」

「そうだね、今日は夢について話そうよ」

「夢か……いきなり大きく出たわね」


 ほたるは少年の言い出した壮大なテーマにやや戸惑った。この前は食べ物の好みの話だったので、いきなりの飛躍だった。


「じゃあ僕から言うね。僕にも夢があるんだ。元気になって病院を出て、広い世界を自分の足で歩いてみたいんだ」

「うん。きっと叶うよ。でもそれだけなの?」

「うん。今はそれだけ。でも叶いそうな気がするんだ。友達が欲しいって願ってたらほたるとこうして仲良くなれたし」

「えっ? 友達を作るのも夢だったってこと?」

「そうだよ。ほたるに続いて詩織ちゃんも、こんな短い間に二人も友達ができた。噓みたいだ」

「大袈裟ね。友達なんてこれからいっぱいできるよ」

「そうなればいいな。じゃあ、ほたるの夢を聞かせてよ」

「夢か……」


 そう言われて、あらためて考えてみると、展望とか野望とか、そんなたいそうなものはまるで無いことに気が付いた。

 ほたるは何と応えていいのか真剣に悩み始める。


「うーん」

「ほたる? どうしたんだい?」

「ああ、ちょっと考えてただけ。正直に言うけど夢ってほどのもんがないのよね」

「そうなの? みんな何かしら持ってるものだと思ってた」

「そうなのよね。なんで思いつかないのか自分でも不思議なくらいだわ」


 頑張ってひねり出そうとしたが、やはりほたるの頭の中からは夢の欠片すら出てこなかった。


「やっぱりダメだ。とりあえず進級テストで合格するってことにしとくわ。本気の夢に関しては保留にしとく」

「目の前の困難に挑戦してその先へ行くのは素晴らしい夢だよ。きっと現実になるって信じてるよ」

「ありがと。まあ、いい知らせ待っててよ」

「うん。頑張って」


 夢を語った少年は、最後に少女の夢が叶うように背中を押した。

 その温かさがほたるには嬉しかった。


「進級テストは勿論頑張るけど、テルのお父さんのお手伝いも頑張るね」

「うん。ありがとう。きっとほたるがいてくれたら、僕の夢が叶ったみたいに父さんの夢も叶うんじゃないかって思うんだ」

「なによ、私にそんな奇跡のパワーなんてないっての」

「そうかな、僕はほたるに無限の可能性を感じてるよ。君がいてくれたら何とかなるって、そう思えるんだ」


 真剣そうな少年の言葉に、なんだか可笑しさがこみ上げて来た。


「どうしたの?」

「いや、科学が発達した星の人にしては、非科学的なことを言ってるなって思ってさ」

「言われてみたらそうだね。ほたるに影響されちゃったのかな」

「そうかもね。でもいい感じだよ」

「へへへ。誉め言葉って受け止めとくね」


 今日もお互いのことを一つ言い終えてから、ほたるは思い出したように、まだ話していなかったことを少年に伝えておいた。


「あのさ、私テルのお父さんの探査船に乗せてもらったんだよ」

「ホント!? それは絶対ダメなはずだけど」

「でも簡単に乗せてくれたよ」

「父さん、規則を破りまくってるな……」


 流石に呆れた声を上げた。やらかしまくっている父親の行動に、少年もきっと顔をしかめていることだろう。


「そんでね、テルのお父さん以外の研究者に、私が宇宙船に乗ってるのを知られちゃったのよ」

「ええっ!」


 いったいどんな顔をしているのか電話ではわかりようもないが、少年は跳び上がっているような反応だった。


「大丈夫だって。みんな黙っておくって言ってくれたし」

「いや、もう、それって相当マズい展開なんだけど。協定違反しまくってるじゃないか。きっとほたるの勢いに呑まれて、父さんも大胆になったんだろうな」

「なによ、私が原因ってわけ? まあ見つかっちゃったのは、私のせいなんで反省してます。やってしまったものは仕方が無いって言ってくれたけど、ホントは駄目だったみたいだね」

「まあ、その点に関しては僕も責任を感じてるんだ。君に色々と最初に話したのは僕だし」

「テルのお父さん言ってた。これ以上は自分たちがこの星で色々活動していることを知られないようにしようって。三人とも会社には私たちと接触したことは黙っておくって言ってた」

「ごめんね。なんだかややこしいことに巻き込んじゃって」

「いいのよ。テルは何の心配もしなくていいの。私に任せときなさいよ」


 それはいいとして、ほたるにはちょっとどうしようか迷ってることがあった。


「ねえ、詩織ちゃんのことなんだけど」

「うん、そうだね」


 恐らく自分だけではなく、テルもそのことが気に掛かっていたみたいだ。

 詩織にはテルのことを打ち明けておこうと、ほたるは以前から思っていた。その矢先にくぎを刺されてしまい、簡単に打ち明けられなくなってしまった。

 そして詩織がテルに、友達以上の感情を持っていそうなのも気になっていた。


「これで余計にテルのこと話すわけにはいかなくなった感じだけど、詩織ちゃんに黙っておきたくないな」

「僕もだよ。折角できた新しい友達に、隠しごとなんかしたくない」

「どうしよう……」


 電話の向こうのテルも考え込んでいるのか、少しの間沈黙していた。

 ほたるも波の音を聞きながら黙って思いを巡らせる。


「父さんの仕事が上手くいって、ほたるの星から引き揚げたらさ……」

「うん」

「僕たちはもうお互いに話をすることは出来なくなる。その電話機は君のいる星にあってはならないものだから回収される筈だ」

「え? そうなの?」

「うん。多分そうなる。そのあとに君から詩織ちゃんに話してくれないか僕のことを」

「テルが自分で話したいんじゃないの?」

「そうしたいけれど、父さんの邪魔は出来ない。その辺りの事情もほたるから話してあげてくれないかな」

「うん……」

「それとごめんって謝っておいて。隠しごとをするつもりは無かったって」

「うん……」


 ほたるは詩織のことよりも、こうしてテルと話ができるのに期限があるのだという事実にショックを受けていた。

 いつか、こんな風に話ができなくなる日が来る。当たり前のように少年と会話を楽しむ日々を過ごしていたほたるは、その重さにやっと気が付いた。

 そして淡々とそれを口にしたテルに寂しさを感じていた。


「もうそんなにこうしてテルと話を出来ないんだね」

「うん。父さんの仕事の進み具合次第だけれど」

「テルはそれでいいの?」


 どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。ほたるはどうしても会ったことも無い友達の本心が知りたかった。


「いいわけないじゃないか……」


 何かを噛みしめるような声が聴こえてきた。

 その声色で、受話器の向こうの少年が自分と同じ気持ちだということをはっきりと知った。


「でも、仕方ないんだ。電話のこともそうだけど、僕にはそれほど時間が無いんだ」

「どういうこと?」


 ほたるの質問にテルは返答しなかった。


「ごめん。それは言えないんだ。今はそれだけしか言えない」

「えっ? どういうことなの? ねえ、テル」

「ごめんよ。本当にごめん」


 テルは決してそれ以上話そうとしなかった。

 その深刻そうな声から、ほたるはとても大切な何かを感じ取っていた。

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