第25話 探査船を浮上させろ

 テルの父親、カイロンの退院後、すぐに源三、ほたる、カイロンの三人は信八から借りた船で問題の海域に来ていた。

 退院したといっても、カイロンの足はしっかりと固定具で固められており、杖を突いて何とか歩けている状態だった。

 ほたると源三の助けを借りなければ、こうして海には出られなかっただろう。


「この辺りだったよな」

「はい。今見てますけど丁度この下です」


 カイロンは、あのパーフェクトケースと呼んでいた鞄を開けて、探査船の位置をモニターで確認していた。

 探査船の形状と掃除しなければいけないアンテナの位置は予めカイロンから聞いていた。

 あとは潜って、へばりついてる邪魔な貝を取ってしまうだけだった。


「ほんじゃあ行ってくる」


 それほど波の高くない晴天の日、本当は駄目なのだが、ほたるに船の操縦を任せて源三はあっさりと潜っていった。

 昔から源三に船を触らせてもらっていたほたるには、少し流される船を戻すぐらいは朝飯前だった。

 相当深い筈だったが、源三は三分近く潜るのを何度か繰り返し、やがて船の上に戻って来た。


「まあ、ガリガリ削ってやったよ。多分これでいけるんじゃないか」

「本当にすみません。しかしこんなにあっさり作業が終わるとは」


 ダイビングの機材なしであっさりと短時間で仕事を終えた源三に、ただただ感心しながら探査船との通信が回復したかどうか確認する。


「通信可能の表示が出てます。いけそうです」

「そうか。ほんなら良かった」

「一度浮上させますんで、少しこの辺りから離れてもらっていいですか?」

「ああ、ほたる、船を動かしてやれ」

「うん、分かった」


 ほたるは器用に船を操作して、ゆっくりと船を移動させる。


「源三さんもそうだけど、ほたるちゃんもすごいね」


 息ぴったりの二人に感心しながら、カイロンはモニターに目を落とす。


「この辺りでいいかな、丁度今この付近にひと気は無さそうなので浮上させます。普段は夜の遅い時間帯しか浮上させないんですけど、お二人に見てもらいたいんで特別に」


 カイロンが何やら操作し始めたので、源三とほたるは目を輝かせて今潜っていた辺りを凝視する。

 しばらくすると銀色の円形状のものが浮かんできた。


「おおお」

「すごい、すごい、本物だ!」


 源三とほたるは最高潮に盛り上がっている。

 そして直径十メートルほどの円盤状の探査船は完全に浮き上がった。

 やがて探査船は水滴を滴らせながら、海面から五メートルぐらいのところでピタリと静止した。

 円盤を前にして源三は船上で手を合わせた。


「冥途の土産にええもん見れた」

「何言ってんのよ、おじいちゃんはこれからよ」


 船の上で地球外の探査船を見て大喜びしている二人と同じくらい、カイロンも満足げだった。


「ちょっと目立つんで擬態させますね」


 カイロンが何か操作した途端、目の前にあった探査船が一瞬で消えた。


「えっ? どゆこと?」

「背景に溶け込むように擬態させたんだよ。実際はそこに在るんだけど目には見えない様にしているんだ」

「そんなこともできるんか」


 源三は擬態した探査船を目を凝らして見ようとした。


「わからん。影も形も見当たらん」

「私もさっぱり」

「ははは、私もだよ。擬態を解かない限り誰からも見えない。このモニターには位置が示されているけどね」


 楽し気に説明するカイロンは、話しながらまた何か操作をし始める。


「申し訳ないんですけど三十分程時間をもらえないだろうか、探査船から仲間に連絡しないといけないもので」

「分かった。待っとるよ」


 そう言った源三に対し、ほたるは物欲しそうな目でカイロンを見つめている。

 勿論カイロンはほたるが何を望んでいるのか分かっていた。


「君も来るかい?」

「行く行く。絶対行く」


 目を輝かせるほたるに、源三はひとこと言っておいた。


「あんましあちこち触るんじゃないぞ」



 船体の下部から開いたハッチを、ほたるは足にギプス姿のカイロン支えながら上がって、さぞ衝撃的であろう宇宙船の中へと入って行った。

 意外と狭い宇宙船の中にはシートが三つあり、その他には特に何もなかった。

 特筆すべきものは無かったが、ほたるは何かを噛みしめるように感動していた。


「やった。学校でも私ぐらいじゃないかな、宇宙船に乗り込んだのって」

「いや、きっと地球人初だろうね。このタイプの宇宙船に乗るのは」

「みんなに自慢できそうだなー」


 興奮で頬を紅潮させて、ほたるはクラスのみんなからもてはやされている自分の姿を想像した。


「あ、それやめてね。我々がここに来てるってのがそもそも秘密だから」

「へへへ、そうですよね」


 カイロンに勧められてシートの一つに腰を下ろす。

 丁度いい明るさのつるりとした船内、何もない空間過ぎて、そのことがまたほたるの好奇心を煽った。

 カイロンは中央のシートに腰を下ろしてひと息つくと、手の届く範囲にある隆起した部分に掌で触れた。

 一瞬でさっきまでいた海の景色に切り替わった。


「えっ!」


 ほたるは目を丸くして周りを見回す。

 ほたるの脚元には海が広がっており、少し離れた船上では源三が煙草を吹かしていた。


「驚いたかい? さっきの擬態と同じだよ。船内のスクリーンに外の景色を映しているんだ」

「でも、まるで外にいるみたい、潮風と波の音が無いだけ」

「足元が気持ち悪いかも知れないけど少しの間我慢してね。すぐに仲間と連絡を取って用事を終わらせるから」


 カイロンはさっき触った隆起した部分に手を置くと、再び何かを操作し始めた。


「君を船に乗せたことを仲間に知られないよう、音声だけにするね。その間静かにしておいてくれないか」

「分かりました」


 そうしてすぐに、カイロンの仲間らしき相手の声が館内に聞こえてきた。

 どういう技術なのか、まるでそこにいるような感じの声だった。


「カイロン、心配したのよ」


 女の人の声だった。普通に日本語だったので想像していたのとは違った。


「ああ、トレフ、お疲れ様。ちょっとトラブルにあっててね、連絡できなくて申し訳ない」

「トラブルって、この星の人たちと何かあったの?」

「いや、そう言うわけじゃないんだ。逆に色々お世話になった感じだけど」


 そこへもう一つ、男の声で通信が入った。


「カイロン、なんだ? 元気なのか?」

「ああ、ベルム、元気だよ。心配させたかな?」

「いいや、心配よりも俺たちばっかり働かせやがってと、トレフと愚痴っていたんだ」

「本当か? なんて奴等だ」

「冗談よ。ベルムも心配してたのよ。こんな辺境の星で音信不通になるってどう考えてもただごとじゃないじゃない」

「すまなかった。謝るよ。実は……」


 カイロンは探査船の通信障害で大変だった経緯を話して聞かせた。


「だから海はやめとけって言ったんだ。俺たちは湖だからトラブルなしだぜ」

「まあ、その辺りは反省しているよ。ところで調査の方は順調か? 俺は遅れを取ってしまったけれど、二人は何か進展あったか?」

「いや、それがちょっと難航してるんだ」

「私もそう、現状でできる範囲はやり切ったつもり、この先に踏み込みたいけど、例の物のサンプルが取れないのが痛いわね」

「そうだな、肝心のあれがまだなんだよな。ルールを守って調査している現状では厳しいんだ」

「君たちの言うとおりだな。それは仕方ないとして、現時点で集めれたサンプルデータを送るから、そちらのも転送してくれ」


 話を聞く限り、どうやら調査は難航している様子だ。

 探査船を引き揚げたから、それで解決というわけにはいかなさそうだ。

 何だか深刻になり始めた三人の会話に、ほたるは少し居心地の悪さを感じ始めていた。

 カイロンは仲間から送られてきたデータに目をとおし、あからさまにがっかりした様な顔を見せた。


「どうやら今のやり方では限界みたいだな。さてどうする……」

「もういっそ、サンプル取っちゃうか? 適当に誰か一人さらって来てさ」

「えっ!」


 多分冗談で言ったベルムと呼ばれていた男のひと言だったが、ほたるはうっかり反応してしまった。


「何だ? カイロン、そこに誰かいるのか?」

「今何か女の子の声がしなかった?」


 完全に気付かれて、カイロンはほたるの方を向いて顔をしかめた。

 やらかしてしまったほたるは、ペロリと舌を出した。

 さっきまで外の景色を映し出していた船内が、突然切り替わった。

 髪の長い女の人と、やや浅黒い肌の男の人の姿が船内の壁に浮き上がった。恐らく三次元のホログラム映像だったが、まるでそこにいるような質感だった。

 向こうからも見えているのだろう。二人の驚いたような視線がほたるに注がれる。


「カイロン、やってくれたな」

「あなたって人は……」

「すまない。トレフ、ベルム、また事情を話すよ。その前に紹介させてくれ」


 カイロンはほたるの肩に手を置いて明るい声で言った。


「俺を救ってくれた親愛なる可愛い友人だ。さあ、名前を言って」


 そしてやや緊張しながらほたるは立ちあがった。


「熊取ほたるです」


 元気のいい明るい声が船内に響いた。

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