第24話 台風の去った後に

 降り続いていた雨が止み、午前中の明るい日差しが戻って来た。

 風雨で荒れた家庭菜園をおじいちゃんと片付けて、ほたるはそのまま釣りに連れて行ってもらった。

 弟の昇は連れてきていない。

 世話をさせられるのが嫌というのもあったが、今日のほたるは真剣だった。


「こないだはボウズだったけど、今日こそは絶対釣り上げる。しかも大物を」

「おお。その意気だ。んじゃあ、とっておきの釣り場に行こうかの。台風の後はまたよう釣れるぞ」


 そしてほたるは、見事に大物を釣り上げた。



 台風が過ぎた後の家庭菜園。

 ほたるの家と同様に詩織も片づけを手伝わされていた。

 けっこう色々野菜を頑張っていた詩織の家は家族総出で働いていた。


「しかしだいぶやられたな。ホントきりがないな」


 腰を伸ばしながら詩織の父が不満を口にした。

 茎の折れたものが結構あって。そうなってはもう収穫は望めそうも無かった。


「うちは農家じゃないからまだましだよ。商売だったら大変だわ」


 母も腰を伸ばしながら額の汗をぬぐった。


「あれ?」


 母が庭の入り口に目をやって声を上げた。


「なあに? ほたるちゃん。そんなとこにいないで入っておいでよ」


 ちょっと入り辛そうにしているほたるに、詩織の母はおおらかに声を掛けたのだった。



「ごめんなさい」


 詩織の部屋に入るなり、ほたるは深々と頭を下げた。


「私のせいで詩織ちゃんに嫌な思いをさせてごめんなさい」


 詩織は腕を組んで突っ立ったまま、ほたると目を合わせない。


「これ、お詫びと言っては何なんだけど、今朝釣ってきた」


 ほたるは持参した発泡スチロールのケースを開けて、見事な石鯛を詩織に見せた。


「どうかこれで機嫌を直してください」


 詩織は腕を組んだまま、やたらと立派な石鯛をちらりと見る。


「大物ね」


 詩織はぽつりとひと言。


「でしょ。ちょっと釣り上げるの大変だったんだ」

「ふーん」


 二人ともまたちょっと沈黙する。


「えっと、私の今まで釣った中で一番の大物なの」

「そうなの」

「だから詩織ちゃんにあげる」

「どうして?」

「一番の友達だから……」


 必死でそう口にしたほたるの前で、詩織は唇を結んで顔をそむけた。

 そしてそのまま部屋を出て行く。


「待って、詩織ちゃん……」


 ほたるは出て行った詩織を見送ったあと、がっくりと肩を落とした。

 しかし、しばらくして詩織は戻って来た。

 手にした大きな籠に溢れんばかりの野菜が入っている。


「ほたるちゃんにあげる」

「これを?」

「うちで採れた野菜。ほたるちゃんに食べて欲しいんだ」


 詩織は気恥ずかしそうに、ニコリと笑った。


「だって一番の友達だから」

「うん」


 安堵したほたるの顔に、ようやく笑顔が戻った。


「私もごめんね。ほたるちゃんに嘘ついて」

「テルのことね」

「テル君にはあの日のこと言わなかった。というか言えなかったんだ」

「うん。昨日話をして詩織ちゃんが何も言わなかったって知った。でもちゃんとテルには行かなかった理由を言って謝っておいた」

「そう。良かった。で、テル君は何て?」

「無事ならいいって言ってくれた」


 ほたるの話を聞きながら、詩織はちょっとそわそわした感じで少年の話題に食いついてきた。


「そう。テル君って優しいよね。ホントに同い年の男の子かって思っちゃう」

「あ、矢島とかあの辺と比べてる? あいつらは男子の中でもガキなのよ。比べたらテルの圧勝でしょ」

「うん。テル君てさ、言葉遣いも品が有るし、気配りもできるし、それに何て言うか話がはずんじゃうの。いったいどんな子なのかな」

「ちょっと待って詩織ちゃん、ひょっとしてテルのこと……」


 ほたるは夢中でテルの話をし始めた詩織に、もしやと訊いてみた。


「なに? やあね。そんなんじゃないよ。大体顔も見たことないし、ほたるちゃんの勘違いだよ」

「そう。そうよね。そりゃそうだ」


 しかし詩織がテルに関心を持っているのは間違いないようだ。

 ほたるはそんな詩織の雰囲気を気にしつつ、一方であのことを話すべきかどうか悩んでいた。

 どうやら詩織の話している感じでは、テルが遠い宇宙の少年であることは知らない雰囲気だった。

 そして探りを入れてみる。


「ねえ詩織ちゃん。テルのことって色々聞いた?」

「そんな、男の子のことなんて軽々しく訊けないよ」


 微妙な照れ笑いを口元に浮かべて視線を逸らせた詩織を、ほたるは観察していた。


 何だか照れてる?


「いや、そう言うんじゃなくって、どこに住んでるとかそんなことだよ」

「あ、そっちね。やだ、私ったら何言ってるんだろ。えっとそう言えば聞いてないな。やたらと何でも新鮮な感じで受け止めてくれるから、ひょっとすると日本人じゃないのかしら」


 てことはやっぱりその辺りのことは教えてないのね。


「ほたるちゃんは聞いてない?」

「えっ、そうね、なんだかずいぶん遠くに住んでるみたい」

「外国かー、遠いなー」


 詩織はなんだか残念そうにため息をついた。


「今度話したとき詳しく聞こうっと。ねえ、ほたるちゃん、一日おきでいいからテル君と話してもいいかな」

「うん、テルと話してその辺は決めたらいいと思うけど……」


 普段あまり積極的でない詩織が前のめりにテルに傾いている。

 あの電話のこと、遠い星に住む少年であるということ、どうしたものかと頭が痛かった。

 しかしそれ以上に詩織の気持ちが揺れているのを知って、ほたるは胸の中に言い表せないモヤモヤとしたものがあるのを感じていた。

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