第18話 小さな嘘と本心

 源三はほたると並んで縁側に座り、おやつにと、母親に切ってもらった冷たい西瓜に齧りついていた。


 ブッ、ブッ、ブッ。


 ブッ、ブッ、ブッ。


 自然と二人は、スイカの種を庭に向かって飛ばし合う。


「しかしなんだかなあ……」


 源三は上手く遠くまで種を飛ばしながら、難しい顔で考え込む。


「まだ言ってんの? いい加減受け入れなさいよ。頭の固い年寄りだって思われちゃうよ」


 ほたるは平気な顔で、唾と種をいっぱい飛ばしながら笑い飛ばす。


「おまえはホントに大物だよ。わしの目に狂いはなかったってわけだ」

「どうゆう目で見てたの? まあいいけど」


 源三はスイカを脇に置いて、ほたるの平気そうな顔を眺める。


「しかしえらいもんに首を突っ込んでしもうた。まさか宇宙船とはな……」


 話をすべて聞き終えても、当然のことながら半信半疑ではあった。

 なんだか得体の知れないものに孫娘を一人で拘わらせるわけにはいかず、余計に自分がついて行ってやらなければと思ってしまったのがいけなかった。

 それこそがほたるの思うつぼだった。

 そしてあの開かなかったスーツケースを見てしまったのも良くなかった。


「手を触れただけで簡単に開いちまった。そんでこんなもんまで……」


 源三はポケットから金色の棒を出して首をひねる。


「ただというわけにはいかないからって、こんなもんも貰っちまったし……」


 船を出してもらうのと、潜って作業をしてもらうお礼にと渡された掌に収まる大きさの金色の棒だった。

 テルの父親の星で生産した物で、人工的に造った我が星の特産物だと言っていたが、鑑定して貰ったら純金だった。

 天然に迫る自慢の特産物と言っていたが、鑑定士の目には純金にしか見えなかったようだ。

 もし売ったとしたら幾らぐらいになるんだと訊いてみると、びっくりするぐらいの金額を提示された。

 源三は取り敢えず、あとでばあちゃんの仏壇にでも隠しておこうと思った。


「取り敢えずあの人が退院したところで決行だな」

「うん。後一週間ぐらいだね。頼んだよ。おじいちゃん」

「ああ、頼まれたことはきっちりやるさ。お前の友達の為にもな」

「そうよ。責任重大だよ。お願いね」


 ほたるはポンポンと源三の背中を掌で叩いた。まんまと孫娘に抱き込まれてしまった源三からは、ため息しか出てこない。


「なによ、ため息ばっかりじゃない。ここまで来たら覚悟を決めなよ」

「ああ、分かっとるよ。船は信に貸してもらうつもりだ。あいつ、またかって渋るだろうな」

「まあその辺りは上手くやってよ。私はそれまでにやらないといけないこと片付けるつもり」

「片付けるって、宿題か?」

「え? まあ、そっちはあとでいいかな……」


 スイカをほぼ食べ終わったほたるが最後の種を飛ばす。


 ブッ、ブッ、ブブーッ。


「どうよ!」

「やりよるな。しかし、まだわしのほうが上だな」


 源三は脇に置いたスイカをまた齧ってから手本を見せた。


 ブッ、ブッ、ブーッ。


「どうだ!」

「くやしー! 負けた!」


 口惜し気に口を尖らす孫娘に、何本か抜けた前歯を見せて源三はニッと笑った。



「ほんでね、今一歩のところで負けちゃったのよ」

「スイカの種を飛ばすことに、君の星の人たちは情熱を傾けているんだね」


 少し潮風の強いタバコ屋の店先。

 ほたるの話を聞いたあとで、テルは感心したような口調でそう返した。


「星ってゆうより我が家かな。いや、我が家ってゆうよりおじいちゃんと私ってゆうか……」

「え? そうなの? 熱く延々と語っていたからそうだと思ってたのに」

「いいじゃない。私の中では流行ってるんだから。ねえテル、ところでさ、来週になると思うけど、お父さんの脚が治ったら、おじいちゃんと船の引き上げを手伝うことになったんだ」


 取って付けたように、ほたるは今日のカイロンとのやり取りを少年に聞かせた。

 テルは当然のことながら、ほたるのおじいちゃんもこの件に巻き込まれてしまったことに、電話の向こうで驚いているみたいだった。


「いやスイカの話を熱く語っていたから、今日は特に何も無くゆったりしてたのかなーって思ってたのに、そんな爆弾を仕掛けていたとは……」

「そんなに驚かないでよ。おじいちゃんは世界一信用できるんだから安心して。お父さんが病院を出られるようになったら、パパッと宇宙船を掃除して研究の続きが出来るようにしたげるからね」


 陽気に言ってのけたほたるに、電話の向こうの少年はたいそう感心している様子だった。


「ありがとう……しかし君は本当に凄いな。地球人の女の子はみんなそういう感じなのかい?」

「それっていい意味? 悪い意味?」

「勿論いい意味。その恐れを知らぬ突破力。君と喧嘩なんかしたら酷い目に合わされそうだ」

「なによ。か弱い女子をつかまえて失礼ね。まあ私は元気がいいってみんなからはよく言われるけど、中身は繊細で傷つきやすい女の子なの」

「豪胆で繊細なんだね。よく覚えておくよ」

「繊細って方だけでいいよ。まあその話はここまでにして、私、来週の進級テスト受かってやるつもりなんだ」


 ほたるは宇宙船の引き上げと同じかそれ以上に、進級テストに心血を注いでいた。


「もういけそうってこと? ほたるはすごいね」

「明日詩織ちゃんと川で仕上げて、来週やってやろうって思ってる。応援しててね」

「勿論だよ。君がタイムを切って喜んでる姿が目に浮かぶよ。頑張って」

「うん。頑張るね。いい報告待っててよ。あ、そうだ」

「え? 何?」

「明後日ね、町内の盆踊り大会があるんだ」


 毎年夏になると必ず催されるこの港町の一大イベント。

 漁協が中心になって毎年開催される豊漁を願うお祭りは、たくさんの露店が出店し、その夜だけは遅くまで大勢の人で賑わう。

 ほたるはこの盆踊り大会を毎年心待ちにしていた。


「盆踊りって?」

「お祭りよ。露店も出るんだ。かき氷とか、イカ焼きとか。金魚すくいだってあるんだよ」

「金魚ってすくって食べるの?」

「食べる訳ないでしょ。すくうだけ。そうゆう遊びなの」

「食べないですくうだけか。生態系保全のために水に戻すわけだね」


 やはり今日も噛み合わない。お互いに文化が違いすぎるので仕方のないことなのだが、少年の受け取り方にほたるは可笑しさを隠せない。


「ちょっと変に取ってるみたいだけど、すくった金魚は家で飼うの。一応水槽あるんだ」

「何のために?」

「観賞用よ。ひらひらーって泳いでるやつを見て楽しむのよ」


 相手に見えているわけでは無いけれど、ほたるは空いている左手をひらひらさせた。


「駄目だ。その絵が浮かんでこない。凶暴な魚を鑑賞して楽しむってどうなんだろう」

「あんたの星のやつは大体凶暴なんだろうけど、こっちのは平和なもんよ。私の金魚すくいの腕前を見せてあげたいわね」

「噛みついて来ないの?」

「ピラニアじゃあるまいし噛みついてなんて来ないよ。逃げ回ってるだけ」


 また噛み合わない会話を楽しんで、そろそろ電話を切ろうかという時刻になった。


「ねえ、ほたる。さっき僕が言ったことなんだけど」

「言ったことってどの辺りのこと?」

「君の姿が目に浮かぶって。浮かんだのは勝手な想像だったなって」

「そうよね。会ったこと無いし」


 当たり前のことなのだが、二人は一度も対面していない。

 少年が少女の姿を勝手に想像しながら話していたように、ほたるも声の感じから少年の姿をなんとなく想像しつつ話していたことに、いま気が付いた。


「ねえ、前も言ったけど君ってどんな子なの?」


 ストレートに少年に訊かれて、ほたるはドキリとしてしまう。


「なによ。あんたこそどういった感じなのよ」

「僕は背はそこそこで髪が短くってそれで……」

「それでなに?」

「結構痩せてて、あんまし顔色は良くない」

「それは仕方ないんじゃない。ずっと病院なんでしょ」

「まあそうだね。じゃあ、ほたるの番だよ」

「私は……」


 言いかけた時にどうしても言葉が出なくなった。

 昨日鏡で見た私……。憧れの嵐山キララとかけ離れている自分のことを、素直に言い出せなくなってしまっていた。


 あんなに素敵だったら、躊躇わないのに……。


 途切れてしまったほたるの声に、少年の方から質問してきた。


「髪は長いの?」


 短くって前髪がピッチリ揃っていて。


「え、うん。長い方……」

 

「背格好は? どんな感じ?」


 チビで痩せっぽち。


「背は少し高い方かな……」


「きっと病院にいる僕なんかと違って、健康的な感じなんだろうね」


 色黒で夏は特に日焼けして真っ黒。


「まあ、そうかな、今は日焼けしてるけど色は白い方だよ……」


「目の感じとかは? 大きいの? 普通なの?」


 あんまし大きくないかも。


「お、大きい方かな。って何よ。質問攻めじゃない。デリカシーのないやつね」

「ごめん。つい……」


 ほたるはもうこの話を終わりにしたくて、少しきつい言い方をした。


「もういいでしょ。また明日ね」

「なんだか怒ってる?」

「色々聞かれるのが嫌なの。あんまし女の子に容姿のこと聞くもんじゃないわよ」

「ごめん。どうしても知りたくって」

「どうせ一生会うことなんて無いんだから知らなくたっていいじゃない」

「それは違うよ!」


 強い口調で返って来た言葉に、ほたるは一瞬言葉を失った。

 いつも明るく相手を気遣うような印象の少年が見せた、一瞬の激しさだった。


「な、なによ……」

「大きな声を出してごめん。でもこれだけは言わせて欲しいんだ。ほたる、僕たちは君の言うとおり会えないのかも知れない。それでも君はそこにいて僕はここにいる。大切な友達のことを一生会えないからってあきらめることなんてできない。そうだろ」

「うん。そうだね……ごめん」

「知りたいんだ。君のことをもっともっと。勿論見た感じだけじゃない。ほたるのことだったらなんだって知りたいんだ」

「テル……」

「デリカシーが無かったのはごめん。でもこれからも君のことを教えてよ」

「うん。じゃあテルのこともね」

「君ほど不思議に満ち溢れてはいないから、つまらないかもよ」

「そんなこと無いわよ。銀河の果てのお友達のことなんだから好奇心は尽きないわ」

「じゃあ明日から最低でも一つはお互いのこと、教え合おうよ」

「あ、それ、いい考えね」

「じゃあ、決まりだね」

「うふふふ」


 電話を切ったあと、ほたるは大きな深呼吸をした。

 思わず自分の容姿について嘘をついてしまった。

 一生懸命聞いてくれて、大切な友達だと言ってくれた少年に対し胸が痛んだ。


「私、何をやってるんだろう」


 ほたるはそう呟いて自転車に跨ると、ペダルに足をかけ、潮風の県道を走り出した。

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