第17話 ケースの中身

 ほたるの目の前で開けられたケースの中は、幾つかに区分けされていた。

 

「このケースはね……」

「ああ、パーフェクトケースって言うんですよね」

「テルのやつ、どこまで話してるんだ……」


 名称を先に言われて、カイロンは苦笑いを浮かべた。中央の一番大きく区分けされた一つにまた手を当てると、その部分の仕切りが開いて中身が露わになった。

 そこはモニターになっていて、何やら得体の知れない文字が浮かんでいた。


「ここに今まで調査したデータをみんな入れてあるんだ。本当は乗ってきた探査船の中に小型の研究ラボがあるんだが、ちょっとしたトラブルで今はデータ集めだけで解析できていない状態なんだ」

「ひょっとして、あの海洋調査で行った辺りに探査船があるとか?」


 図星だった様で、カイロンは渋い顔をして見せた。


「君は一体どこまで知ってるんだ? そうだよ。あそこに探査船を隠してあるんだ」

「それで潜ろうとしていたんですか?」

「ああ、それも知ってるのか、参ったな……」


 今までの足どりをことごとく言い当てられて、カイロンはなんだかちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。


「まあ潜ろうとしたんだけど、とにかく海が荒れてて大変でさ。この星の潜水具って重いし扱いづらいし、あんなのを身に付けて楽しんでいるみたいだけど、私にはとても共感できないね」

「潜らないと船に行けないんですか?」

「いや、そう言う訳じゃないんだよ。リモートで自在に浮上させれるし潜水させられる。こっちに着いてから見つからないよう探査船を沈めて、用がある時だけ浮上させて出入りしていたんだけど、ある時浮上させようとしたら全く反応が返ってこなくなったんだ」

「故障ですか?」


 思い浮かんだトラブルになりそうな原因を、スパッと聞いてきたほたるに、カイロンはちょっと答えにくそうなそぶりを見せた。


「それがちょっと恥ずかしいんだけど、海に生息する特徴的な生物のせいなんだよ」

「特徴的な生物って?」

「貝と言ったらいいのかな。岩場とかにびっしりついているあれさ。通信をするための装置の上に、いつの間にかいっぱいくっついていたのに気付いていなくってそれでね……」


 説明を聞いて、ほたるは少し呆れた顔をした。


「やらかしちゃったってわけね」

「まあそうなんだけど……お恥ずかしい」


 この遠い星からやって来た研究者は、意外とうっかり屋なのかも知れない。妙な人間臭さをほたるは感じていた。


「それで潜って、くっついてるやつを取り除こうって思ったわけだ」

「まあそこまでは良かったんだけど、あの日は岬の裏側に出たら波が荒くって、まともに潜ることもできずに諦めて戻ろうと思ったら、流されてこの有様だよ」

「素人が簡単に海を相手にできると思ってるんですか? 私のおじいちゃんは長年漁師をやってて、岬の向こうはしょっちゅう荒れるし、潮の流れで岩場に流されるから、用がなければ近寄らないって言ってました」


 カイロンは小学生のほたるの話に、真剣に耳を傾け何度も頷いた。


「それであの漁協の人も、船を出してくれと頼んだときに、ちょっと嫌そうだったんだな」

「信さんね。まあ、あの人なら腕は確かだけど」

「あの漁協の人も知ってるのかい。ほたるちゃんって、ちょっと怖いな」


 褒め言葉と取って、ほたるはへへへと照れ笑いを浮かべる。


「カイロンさんを探している途中で色々とあったの。ねえ、今度潜るんだったら絶対に腕のいい人に乗せてってもらわないと駄目よ」

「そうだね。でも困ったな。宇宙船が沈んでいるのを知られる訳にはいかないし、プロに頼まないと、またああいう目に遭いそうだし……」

「なら私がおじいちゃんに頼んだげようか?」


 ほたるは簡単にそう言ってのけた。


「え? いやそれは……」

「海のことなら誰よりも詳しいし、おじいちゃんなら私が頼んだらきっと手伝ってくれると思うわ」

「いや、現地の人に我々の正体を簡単には……」

「大丈夫。おじいちゃんは私が唯一信用できる極めて稀な人なの。ちゃんと秘密も守ってくれるはずよ」

「そうかも知れないけど、そうゆうわけには……」


 渋るカイロンに、ほたるは身を乗り出してきつく言い放った。


「もたもたしてたら研究が進まないじゃない! 病気の人たちを助けないといけないんでしょ!」


 短気が顔を覗かせたほたるに突然切れ気味に言われて、カイロンはその迫力にたじろいだ。


「私はもう知っちゃったし、おじいちゃんだって色々今回のこと手伝ってくれたんだよ。今日だって二つ返事でここまで乗せて来てくれたし」

「二つ返事って?」

「親子そろってそれなのね。二つ返事ってのは、よくよく承知してくれたってことよ」

「ほう。なるほど。そういうことか」


 テルと同じ様に、カイロンも言葉の言い回しについては苦手なようだ。


「ねえ、テルもそうだったんだけど、なんだかしょっちゅう話の途中でどういう意味か訊かれるのよね」

「ああ、それはね、我々は君たちと学習方法が違っていてね……」

「直接脳に知識を送るってあれね」


 また先に言われてしまって、カイロンは苦笑するしかなかった。


「まあ、それを使って君たちの星の言語を、私たち研究者はここに来る前に予めコピーしておいたんだ。でも未開のこの星のデータが少なくってね」

「今、遠回しに田舎者って馬鹿にしませんでしたか?」

「いやいや、そんなことないよ。気を悪くしないでね」


 この辺りもテルと同じ反応だった。ほたるはなんだか可笑しくなってきた。


「まあ、標準的な会話は問題ないんだけども、特に日本人が使う婉曲的な言い回しが理解し辛くってね。その辺りはちょっと困ってるんだ」

「じゃあ、あの銀河コミュニケーションサービスも翻訳できてないってこと?」

「そういうこと。完璧な恒星間通話サービスを提供するあの巨大企業でも、連邦に加盟していない未開の地の言語を正確にカバーしきれていないんだ」

「どうせ仲間外れの田舎者ですよ」


 ほたるはわざと膨れて見せた。


「いやいや、お願いだからそう取らないでおくれよ。君たちの星は素晴らしい。私はここの自然の美しさに毎日のように感動しているんだ」

「そう言えばテルも羨ましいって言ってました」

「そうだろうとも。あいつにも一度、本物を見せてやりたいよ」


 そう言って遠い息子を思ったのか、カイロンは優しい父親の顔を見せた。


「話を戻そう。君の提案は本当にありがたいんだけど、これ以上お互いに干渉するのはまずいんだ。基本的に現地の人たちとの接触は最小限と決められている」


 大人らしく話をまとめたカイロンだったが相手が悪かった。

 ほたるは明らかに不機嫌になっていた。


「こんだけやらかしといて今さら何言ってんのよ。大体ここまで話をややこしくしたのはそっちじゃない。それじゃあここまでって納得できますかっての」


 勢いもそうだが、そのとおりだったのでカイロンは何も言い返せない。

 親子そろって、この少女にキレられると弱いみたいだ。


「カイロンさんは私のことテルの友達だって言いましたよね。その友情に報いないといけないとも、そういう意味ではおじいちゃんも間接的にテルとお父さんを助けた恩人だよね。私には話しておじいちゃんには黙ったままっていうのはポリシーに反するんじゃないんですか?」

「そう言われると確かに……でも話したらさらにもっと色々手間を取らせることになるし」


 何かと理由を付けようとするのを、ほたるはバッサリ一刀両断する。


「それはそれでいいの。あの歳になると刺激が少なくってどんどんボケてくのよ。それを食い止めるためにもきっつい刺激が必要なの。宇宙船を見せてあげるぐらいで丁度いいのよ」

「そうかなあ……」


 カイロンはまだ渋い顔をしていたが、ほたるはもうその気になっている様だった。


「早速おじいちゃんを呼んでくるね」

「あ、ちょっと、ちょっと待って」


 呼び止めたカイロンを振り返りもせず、ほたるは部屋を出て行ってしまった。

 こうしてテルの父はテルと同じく、この弾丸の様な少女にこれから翻弄されていくのであった。



 ロビーでテレビを見ながら缶コーヒーを飲んでいた源三は、バタバタと現れたほたるに腕を掴まれて急がされていた。


「何だ? また何かあったか?」

「いいから早くついてきて。こういうのは勢いが大事なのよ。かき氷食べる時みたいに」

「いまいちよく分からんが、おまえのいうとおりにするよ」


 そして病室に戻ってくるなり、ほたるはパイプ椅子をベッドのすぐ近くに置いて、まあ座ってと源三をカイロンに向かい合うよう座らせた。


「さあどうぞ」


 ほたるは早速カイロンにカミングアウトしろと急き立てた。

 何を言い出すのかと興味津々な祖父と、早く吐き出せと迫る孫娘。

 カイロンの額からは、蛇に睨まれた蛙のような脂汗が滲んでいた。


「いや、やっぱり考え直した方が……」

「くだらない理屈はいいからさっさとして!」

「仕方ない……」


 ほたるにまたぴしゃりと言われて、カイロンはしぶしぶ口を開いた。


「あの、源三さん……」

「何ですかな?」

「お願いし辛いんですが、私に力をお貸し願えないでしょうか」

「ああ、ええよ」


 あっさりしていた。


「まだ何に協力してとも言ってませんけど……」

「ほたるの大切な友達のお父さんが困ってるんだ。手を貸さないわけにはいかんだろ。てる美さんの為にも出来ることは手伝うよ」

「てる美?」

「おじいちゃん。テルでいいよ。テルにしときなよ」


 ほたるが早口で割って入る。


「ああ、じゃあ、わしもテルって呼ばしてもらおうかな。ほんで何をしたらええ?」

「ええ、私の脚が治ったら船を出して頂きたいんです」

「脚が治ったら? あんたまたあそこに潜ろうっていうんか?」

「はい。そうなんです」


 源三は渋い顔をして腕を組む。


「覚えたてのダイビングで潜るにはちょっと厄介なとこだぞ。それにあんたの脚、まだまだかかりそうじゃないか」

「ええ、まあそうなんですけど……」


 地元の海を知り尽くした源三が渋っているのを見る限り、一筋縄ではいかないことが窺い知れた。

 そのうえカイロンは、あからさまに自信なさげで、ほたるには全く成功映像らしきものが浮かんでこなかった。

 ちょっとした膠着状態に陥ったあと、源三が口を開いた。


「わしが潜ってやろうか?」

「え? いや、そんな訳には」

「ええよ。よっぽど大事な調査なんだろ。行って来てやるよ。こう見えて昔あのあたりでようタコを突きに潜ったんだ。任しといたらええよ」

「え? ダイビングもできるんですか?」

「あのごっついボンベなんかいらんよ。あんなもん根性とコツで何とかなる」


 源三は余裕の笑みを、何本か抜けた前歯で作って見せた。


「じゃあ決まりね。あとは本当のことを正直に話すだけね」


 さあさあどうぞと、ほたるは笑顔で急かす。

 潜っていきなり宇宙船に遭遇させる訳にもいかないだろうから、カイロンも覚悟を決めるしかなかった。


「これから話すことは我々だけの秘密ということで……」


 こうしてボケ防止どころか寿命を縮めかねない話が始まった。

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