第14話 足取りを辿って
翌日、ほたるは朝から祖父の運転する軽トラで、タクシー会社に来ていた。
早速あのコンビニでテルの父親を乗せた運転手を当たってみる。
意外とあっさりその運転手は教えてもらえた。
しかし昼休みにならないと戻って来ないと言われて、仕方なく二人はどこかで時間を潰すことにした。
そして少し戻った県道沿いにある涼しい喫茶店で、ほたるとおじいちゃんはかき氷を食べていた。
「なあほたる。お前の電話の友達って何て名前なんてんだ?」
「ああ、テルっていうんだ」
「テル? 男の子っぽい名前だな」
「えっ、そう? テルはあだ名。ホントはてる美ってゆうんだ……」
ほたるはとっさに機転を利かせてそう説明した。
「おお、そうか。てる美ちゃんか。で、いくつなんだ?」
「私と一緒。ちょっと病気を患ってて気の毒なの」
「そうか。じゃあ、お前みたいな元気な子が友達なら、明るくなって丁度ええな」
「そうかもね」
「なんだか遠くに住んでるみたいだが、会いたかったらじいちゃんが軽トラで乗せてってやってもええぞ」
「えっと、ありがと。まあ、そのうちね」
源三は、ほたるの話を素直に受け止め、単純に新しい友達ができたことを喜んでくれているみたいだ。
そして人情味深い源三の人柄から、ほたるを友人と会わせてやりたいと思ったようだ。
当然ながら、軽トラで行けるところではないので、その気持ちだけもらっておいた。
ほたるは話をしている間も、鮮やかなピンク色のシロップのかかったイチゴ味のかき氷をシャクシャクかき込んでいく。
源三は手を止めて、そんな孫娘のがっつく姿を感心して眺めている。
「頭痛くならんか? えらい勢いで食ってるけど」
「痛くなる前にかき込む派なの。ゆっくりしてたら溶けちゃうじゃない」
「ほうだな。わしのはだいぶ溶けて来た。時間制限のある食いもんは苦手だよ」
「鉄は熱いうちに打てってね。何にでも旬ってものがあるのよ」
自慢げにことわざをひねり出してみせた孫娘に、源三は感心したみたいだ。
「おまえ難しい言葉知ってるんだな。あんまし勉強しているの見たこと無いが」
「本は好きなの。漫画が多いけど」
「何でもええから読んどけ。漢字とか覚えられるかも知れん」
そう助言した源三の言葉をほたるは聞き流して、さっさと話題を変えた。
「あ、そうだ。ねえ、おじいちゃん、もし水泳教室で1級通ったら何か買ってよ」
「1級って、お前今まだ3級だろ。2級のテスト忘れてないか?」
「もうあと一秒まで迫ってんのよ。来週二回あるプールのどっちかでタイム切ってやる予定」
「なんだかえらい勢いだな。まあええ。何か欲しいもんあるのか?」
「それはこれから。まあ楽しみにしといてよ」
「ああ、楽しみにしとるからな」
涼しい喫茶店で過ごす、おじいちゃんと孫娘のひと時。
ほたるは頭を時々抱えながらかき氷を食べきった。
源三の抹茶かき氷はあっという間に旬を過ぎて、最後はゴクゴク飲んでいた。
タクシー会社に戻ると例の運転手は戻ってきており、二人を待っててくれていた。
人の好さそうな五十代くらいのタクシー運転手は、佐藤と名乗ったあと、エアコンの効いた事務所の一角で話を聞いてくれた。
「いやあ、わざわざ来てもらって。で、あのお客さんのこと知りたいんだったよね」
「はい。コンビニからどちらに乗せて行ったんですか?」
「その日はダイビングショップに乗せてって、それからまたアパートまで乗せてったよ」
ほたるは運転手の言った言葉に引っ掛かりを覚えて、さらに尋ねた。
「いまその日って言いましたよね。別の日もタクシーに乗ってたんですか?」
「ああ、しょっちゅう。俺があの人の担当みたいな感じでね。なかなかいいお得意さんだったよ」
「やった!」
とうとう有力な情報源に行きついたことを確信し、ほたるはおじいちゃんとハイタッチして喜びを表した。
「その日はダイビングショップでしたね。他には?」
「ああ、別の日には漁協にも行ったし、町のショッピングモールにも行った。まあそれは日用品の買い出しみたいだったけど」
「他には?」
「海を一望できる見晴らしの良い岬と、あとは県道沿いのタバコ屋だね。もうちょっとでアパートだってのにここで止めてくれって言ってさ。暗くなる頃に何度か電話をかけてたみたいだね。しかしなんであの公衆電話なんだろうな」
運転手のおじさんは思い出しながら首をひねった。
「最期にその人を乗せたのっていつですか」
「五日前だよ。ダイビングショップに乗せてって、帰りはお呼びがかからなかったんだ。呼んでくれると思って期待してたんだけどね」
「ダイビングショップか……」
「とにかく行き先を探してるんならダイビングショップに訊いてみたらいいよ。何度か行ってたし、そこに手掛かりが有るんじゃないかな」
「分かりました。ありがとうございました」
話を聞き終わったあと、おじいちゃんの携帯で連絡先を交換してもらい、早速話に出て来たダイビングショップに向かうことにした。
タクシー会社からそれほど遠くない、海の近くにあるダイビングショップには、スタッフらしき人が数人いて、機材の手入れをしていた。
ほたるはおじいちゃんの携帯で撮ったテルの父親の画像を見せると、事情を説明して協力を求めた。
「ああ、この人なら何度もここに来てるよ」
「何をしに?」
「ダイビングの練習だよ。うちはスクールもやってるからね。あの人、しょっちゅうここに来て熱心に練習してた。潜りたいところがあるんだって言ってたな」
「潜りたいところか……最期にここに来たとき何をしていました?」
「ああ、機材一式購入してくれてね。それを取りに来たんだ」
「それでそのまま帰って行ったんですか?」
「そうだと思うよ」
帰りはタクシーを使ってなかった。そうなると、ここから何処へ行ったんだろう。
「機材って重そうですよね」
「大体20キロぐらいかな。あの人担いで店を出てったよ」
「どっちに行ったか分かりませんか?」
「さあ、そこまでは……」
取り敢えず話を聞き終えて連絡先を交換したあと、ほたるは外へ出て辺りを見回した。
「ねえ、おじいちゃん、こっから重たい20キロの機材をどっかに持っていくって大変だよね」
「ああ、タクシーの運ちゃんは帰りは乗せてないって言ってたから、どうにかして移動したんだろ」
「すぐに使ったのかな?」
「え? そこの海で潜ったってことか?」
「いや、すぐそこの海から船で移動して、早速潜ったのかなって思ったんだ」
「そうかもな。ちっさい船でも用意してたのかも知れん」
「ねえ、漁協の信さんがテルのお父さんを連れてったとこってどこなんだろう」
「さあ、どこだろうな。ちょっと訊いてみんと分からんな」
「潜ったとしたらそこじゃないかな」
「まあ信の船で下調べをしといて、そこに潜りに行ったと考えたらつじつまが合うか……」
「おじいちゃん!」
「ああ。分かってるよ。またあいつのとこに行ってみよう」
冷や酒をあおりながら店のテレビでのど自慢を見ていた信八は、勢いよく戸を開けて再び現れた源三とほたるに、またかと嫌そうな顔をした。
「また、あんたらか」
「またって何よ」
「なあ、信、お前今から船出してくれないか?」
「え? 源さん、冗談だろ?」
「いや、マジだ」
「勘弁してくれよ。仕事で疲れて一杯やってるときにこれだよ」
「なあ頼むよ。人助けの為なんだ」
「分かったよ。でも明日にしてくれ。いま煮つけを頼んだばっかりなんだ」
「悪いな、信、それは明日食ってくれ。明日食った方が煮汁が染み込んできっと旨いぞ。早速この間、海洋調査に乗せてったとこに案内してくれ」
「まったく、なんなんだよ……」
それから信八は煮つけに未練を残しつつ、軽トラの荷台に乗ってくれたのだった。
「この辺りだよ」
信八が船を停めたのは普段あまり行かない岬の反対側だった。
海岸からから大体300メートルほど離れた少し波のある海域だった。
「こんなところで何を調べるって言うのかね」
無理やり船を出さされた信八は、いかにも不満顔という感じで早速帰りたそうだった。
「ねえ、この潮の流れだったらどこに流されるかな」
もしここに何か有るのだとしても、潜水機材のない自分達には出来ることは無かった。
ほたるはこの場所では何も調べるものが無いと判断し、別の所を当たることにしたようだ。
「そうだな。大体あのあたりかな」
源三が指さした方向はごつごつした岩場だった。
「なあ、信よ、あっちに船回してくれ」
「はいはい」
投げやりな感じでそう返すと、信八は船首を源三の指さした方向に向けた。
岩場の続く海岸線に沿って船をゆっくり進めてもらうと、一人乗りの船が座礁しているのに気付いた。
「おじいちゃんあれ!」
「ああ、信、もうちょい近づけてくれ」
「おいおい、あんまし行ったらこっちも乗り上げちまうよ」
「ええから寄せろ」
「はいはい」
近付いてみると波にあおられたのだろう、小型の船はごつごつとした岩の間に挟まるようにして乗り上げていた。
その船上にダイビングで使う空気ボンベが見える。
「ここで何かトラブルがあったんだよ」
「ああ。そうだな。だがわしらじゃこれ以上近づけんし警察に頼むしかないだろうな」
「ねえ、おじいちゃん、あそこに集落があるよね。もしかしたらここで座礁してから何とかしてあそこまで行ったかも知れない」
ほたるが指さした海岸線に小さな集落が見えた。船着き場もある様なので取り敢えず向かってみることにした。
「波も荒いし、ここまで泳いで来れるかな?」
「分からないけど近くの家で話を聞いてみましょうよ」
信八が船を着けると、すぐにほたるは飛び出して一番近くの家に向かって走って行った。
そんなほたるの後ろ姿を眺めて、信八は腕を組みながらやれやれといった顔をした。
「なあ、源さん。ありゃあ、あんたの若いころにそっくりだな。女の子だけど」
「そうだろ。見どころがあるやつなんだ」
もしかすると源三は、駆け回る孫娘の姿に、かつての自分を重ね合わせて懐かしさを覚えていたのかも知れない。
源三はポケットから煙草を取り出して一服すると、満足げな表情で煙を吐き出した。
とにかく勢いがあって知らない間に周囲の人を巻き込んでいく。信八は若い時の源三にそれで散々痛い目に合わされていた。
「おじいちゃーん! 信さーん!」
遠目で両手を振って、ほたるが何度も跳び上がっている。
どうやら何かデカいものを見つけたみたいだった。
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