第12話 名探偵ほたる2

 ガチャ。


 安っぽい金属音と共にドアが開いた。

 管理人のおばさんが開いたドアの向こうを、ほたるは首を伸ばして覗き込んだ。

 未だ事情を知らされていない源三も、ほたるのあとに続いて部屋の中を見渡した。


「このとおり留守みたいだね」


 おばさんは何やらほっとしているみたいだ。変死体でも見てしまうのかと思っていたらしい。


「あんたのお父さん、帰ってないみたいだね。どこほっつき歩いてるんだろうね」

「ホントどこ行ったんだろうね。ねえおじいちゃん」

「ん? ああ、どこ行ったんだろうな」


 ほたるが下手糞なウインクをバシバシ送ってくるので、源三は仕方なく話を合わせた。


「帰ってきたら連絡したげるよ。あんたの連絡先教えといて」

「おじいちゃん。携帯番号教えてあげて」

「え? わしの?」


 またバシバシ、ウインクされて仕方なく携帯番号を教える。

 こんな感じで源三が孫娘に合わせるものだから、管理人も疑いを持たなかったのだろう。そういう意味でも名探偵ほたるの助手として、源三はいい仕事をしていた。


「おばさん、私お父さんの部屋片付けとこうと思ってるんだ。しばらくここで片付けさせてもらっていい?」

「勿論いいよ。ホントいい娘さんだね。しかしあの人、あんたを心配させてどこ行ったんだろうね」


 あとで声を掛けてと言い残し、管理人のおばさんは下の階に降りて行った。

 その背中を見送ってすぐに、源三がほたるに向かって渋い顔を見せた。


「おいほたる、いい加減何をやってるのか教えてくれないか」


 流石にここまで来ると黙ってるわけにもいかず、ほたるは源三に教えれる範囲内で話を聞かせた。


「ほう、間違い電話で知り合った友達がお父さんと連絡がつかなくなったってわけだな」

「そうなの。すごい心配してて可愛そうなの。だから協力してよ」

「そういうことならわしも応援するぞ。ところでその友達ってボーイフレンドじゃないだろうな」


 まさかのおじいちゃんの鋭い突っ込みに、ほたるは内心飛び上がった。

 怯んでいる様子を悟られまいと、ほたるはすかさず否定した。


「いやいや、ナイナイ。そんなわけ無いじゃない」

「そうか。ほんならええけど」


 何となく探りを入れる様な視線を感じ、ほたるは目を逸らしたままテルの父親の部屋を漁り始めた。

 無造作に敷かれた布団が真ん中にあって、あとはいかにも一人暮らしという感じの質素なものばかり。

 ここに住んでいるというよりも、何日か泊っただけといった生活感の無さだった。

 冷蔵庫を開けてみると、そこには殆ど食べ物は無く、水と缶ビールが並んでいた。

 調べるものが殆ど無かったので、あっという間に探索は終わった。


「何にも手掛かり無しか……」


 宇宙人の部屋があまりに普通で、想像以下だったことに加え、手掛かりがここにきて完全に途絶えてしまったこの現状に、ほたるは落胆してしまった。

 尿意を催して勝手にトイレを拝借していた源三が、手に何やら銀色に光る大物を抱えて戻って来た。取っ手があるのを見る限り、どうやらスーツケースのようだった。


「トイレの棚の上にこんなもんがあった」

「やったね。大当たりだよ。おじいちゃん」

「早速開けてみるか」


 孫も孫だが、祖父もたいがい遠慮しない人だった。

 会ったことも無い誰かのスーツケースを、二人はわくわくしながら勝手に開けようとした。

 しかしそのスーツケースは普通のものと勝手が違った。


「なあほたる、これ、どっから開けるんだ?」

「さあ、わかんない」


 どう見ても開く様な構造じゃなかった。

 つるりとした銀色の箱には取っ手だけはついているものの、何処にも接合部が無く、いったいどこからどうやって開けるものなのか想像できなかった。

 さんざんいじくりまわして、押したり引いたりしてみたあと、ほたるはとうとう音を上げた。


「これ、無理なやつだ。仕方ない。持ち帰ろう」


 置いて帰るという選択肢を考えず、得体の知れないスーツケースを持ち出そうとしている孫娘に、流石に源三も保護者として苦言を呈した。


「いや、人のものだろ。いくら何でもまずくないか?」

「ここまで来て手ぶらで帰れないわ。馬鹿なこと言わないで」

「おまえ、すごいやつだな。それ悪いことだろ」

「何言ってんの? 人助けしてるのよ。なんで悪いことなの?」

「うーん、まあええ。メモでも残して持ち帰ろう」


 押しに弱いのか、ただ単に孫に甘いだけなのか、源三はポケットにあった薬局のレシートの裏に、携帯番号とブツを預かっている旨を書き残しておいた。

 もし、この部屋の主人が戻ってきてそのメモを見たとしたら、スーツケースが誘拐されたと受け取るかもしれない。

 それから二人は部屋を出ると、再び管理人の所に戻っていった。


「ありがとうございました」

「いいのよ。お父さん心配ね」


 管理人のおばさんは好意的に、父親を心配する娘と祖父を見てくれているみたいだ。

 ほたるはあまり期待しないで、父親の行方ついて何か思い当たることはないかと尋ねてみた。


「んー、実際のところ殆ど接点がなくってね。たまーに顔を見たときに挨拶する程度だったからねえ」

「そうですか……」


 予想通り、人付き合いはあまりして無さそうだった。

 宇宙人であることを悟られないよう、出来るだけ目立たないように生活していたようだ。

 人の好さげな管理人のおばさんも、住人のプライバシーには配慮しているのだろう。こういった仮住まいにありがちな希薄な人間関係があだになった。

 親切そうな管理人のおばさんは、落胆しているほたるに、優しく声を掛けてくれた。


「ゴミとか溜めてなかったかしら。明日ゴミの日だから、私があとで出しといたげるけど」

「ゴミだ!」


 ひらめいたほたるは、大慌てでまた階上の部屋に戻りゴミ箱を漁った。

 インスタント食品の容器が幾つか入っていた屑籠からコンビニのレシートが何枚か出て来た。

 レシートを握りしめて、ほたるは天井に向けてガッツポーズをした。


「よっしゃー!」


 また管理人室に戻り礼を言ったあと、ほたるは源三に次に行くところの指示をした。


「おじいちゃん。次はコンビニよ。さあ早く」

「コンビニ? アイスでも買って欲しいのか?」

「アイスか。あとで買ってもらおうかな。その前に私いいこと思いついちゃったんだ」

「なんだ? またおかしなこと思いついたのか?」

「おかしなことって何よ。酷い言い方ね。おじいちゃんの目には私はどう見えてんのよ」

「手の付けられない可愛い孫だよ」

「褒めてんのか、けなしてんのか微妙な評価だわ。まあとにかく私の言うコンビニまで行って頂戴」

「よおし、任せとけ」


 再び軽トラに乗り込んだ二人は、次の探索ポイントへと向かったのだった。



 到着したコンビニの中は涼しくて快適だった。

 アイスが食べたかったが、先にほたるはやるべきことを優先した。

 ほたるはレジにいたバイトっぽい女性店員に堂々と話しかける。


「すみません。このレシートなんですけど」

「えっと、はい。これが何か?」

「この商品を買った人を探してるんです。店内のカメラに映ってませんか」


 レシートには購入した商品名だけではなく、購入日時が印字されてある。ほたるは店内に防犯カメラのあるコンビニなら、テルの父親の映像が映っていて、どんな顔なのか特定できるはずだと考えたのだった。


「え? えーとちょっと待って下さいね。てんちょー」


 ややこしいことを言いだした小学生に、あまり関わり合いたく無さげな女性店員は、すぐに店長を呼んでバトンを渡した。

 愛想笑いを浮かべた五十代ぐらいの店長が、レジ奥から出てきて応対する。

 店長は応対した相手が小学生だったので、浮かべていた愛想笑いの中に戸惑いの色を見せた。


「どうかされましたか?」

「あのすみません。このレシートの商品を買った人の映像って見せてもらえないでしょうか」


 レシート片手におかしなことを言い出した女の子に、店長の愛想笑いが消え、困惑の表情だけが残った。


「いや、ちょっとお客さんには見せられないんですよ。すみません」

「知り合いの子のお父さんの行方が分からなくなって探してるんです。手掛かりがこれしかないんです。お願いします」

「いや、それ警察に話した方がいいですよ」


 どうも事件の臭いがプンプンする面倒臭そうな内容に、店長もあまり関わり合いたくない様で、そそくさと話を切り上げようとした。

 しかしほたるは一歩も引かずに食い下がる。


「ここで足取りが分かれば、見つけられるかもしれないんです。お願いします」


 必死そうな孫娘に、ここで源三が口添えしてくれた。


「わしからもお願いします。子供が父親の身を案じてるんだ。店長さんにも子供がいるんじゃないのかい? なあ頼むよ」


 源三は人に何かを頼むのが昔から上手い。たいがいの人は源三に何か頼まれると仕方ないと引き受けてくれる。もしかすると、生まれながらの人たらしなのかも知れない。

 どういうわけか源三のひと言で、店長も渋い顔をしたまま了承してくれた。


「んー、じゃあ、こちらへ」


 やはりおじいちゃんは名探偵ほたるの優秀な助手に違いない。店長はレジの奥にある部屋に二人を連れて行ってくれた。

 店の裏側の部屋は意外と広くて、大小の段ボール箱が無造作に積まれている一角の傍に白い机があった。そこにはデスクトップのパソコンが二台あり、そのわきに書類がそこそこの高さに積まれていた。


「レシートを見せて」


 ほたるがレシートを渡すと、店長は日にちと時間を確認してからパソコンを操作し始めた。

 そして液晶画面に日焼けした男の映像が映し出された。


「この人だね」


 意外とあっさり買い物をしているテルの父親の映像を見つけられて、ほたるは内心飛び上がって喜んだ。

 そのあとも他のカメラに映っている映像を見せてもらって、その中で比較的大きく鮮明に顔が映っている映像の静止画を、おじいちゃんの携帯で撮らせてもらった。

 成る程、テルの言ってたとおり、無精ひげのただの日焼けしたおじさんだとほたるが納得していると、店長は別のカメラの映像をもう一つの画面に出してくれた。


「駐車場の映像だけど、こんなのがあったよ」


 ほたるは店長の見せてくれた最後の映像を食い入るように眺めたあと、おじいちゃんと顔を見合わせて大きく頷いたのだった。

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