第11話 名探偵ほたる1
翌日、早速ほたるはテルの父親の消息を探すべく、あのタバコ屋から聞き込みを開始していた。
蝉の声がしんしんと響く穏やかな朝。
タバコ屋の店先に自転車を止めたほたるは、おばあちゃんが店を開けるのを今か今かと待ち詫びていた。
ようやく鍵を開ける音がして、木枠の窓がキイと音を立てて開いた。
「おはよう! おばあちゃん!」
店を開けてすぐに元気よく声を掛けられ、おばあちゃんは目を丸くした。
「びっくりした。ほたるちゃんかい。どうしたのこんなに早くから」
胸に手を当てて、おばあちゃんは心臓が大丈夫か確認している。
お年寄りの寿命を縮めたことをまるで気にも留めず、ほたるは早速質問を投げかけた。
「ねえおばあちゃん。この電話使ってる人って誰かいる?」
「変なこと聞くんだねえ。そうだね、珍しく最近何度か男の人が使ってたね」
「どんな人?」
「そうだねえ、歳は四十代ぐらいかな? 背が高くって日焼けしてたね」
「ねえ、その人、今どこにいるとか分かんない?」
「どうしたんだい? そんなこと聞いて、変わった子だねえ」
「いいから、何か知ってたら教えてよ」
おばあちゃんは店の窓を全開にすると、箒を持って外に出て来た。
「時々電話かけに来てるだけだからね。どこにいるかとか分かんないよ。一回だけしか話したこと無いし」
「えっ? 話をしたの? どんなだった?」
宇宙人と話をした第一号を、いきなり見つけることが出来た。
思いもかけぬ収穫の予感に、ほたるは身を乗り出した。
おばあちゃんは店の前に少し溜まった砂を箒で掃きながら、ほたるの質問に応える。
「まあ、世間話だよ。子供に電話してるんだって。出張でなかなか会えないから、せめて電話してるって話してた」
「そう。それで?」
「それだけだよ。あんまし話が続く感じの人じゃなくってね」
「なんだ。それだけか」
「悪かったね、あんたの期待に応えられなくて。なんだか都会から来た人みたいだったね。訛りが無かったし」
「そうかー。まあ、ありがとう……」
期待していたほど手掛かりらしいものが見つからずに、ほたるはため息一つついて自転車に跨った。
ペダルに足をかけて、もと来た道を少し進みかけたとき、背中におばあちゃんの声が追いついてきた。
「ああ、そうそう、ほたるちゃん」
ほたるはまた自転車を止めると、足をついて振り返った。
「漁協の信さんに訊いてみたらいいよ」
「え?」
「このあいだ漁協の信さんの軽トラで、一緒に来てたから知り合いだと思うよ」
「ホント? マジ!」
ほたるは自転車を降りておばあちゃんに駆け寄ると、思い切り抱きついた。
何だか骨ばってる感じのおばあちゃんをギュッと抱きしめる。
「どうしたんだい。変わった子だねえ」
「ありがとう。おばあちゃん。早速行って聞いてみるね」
ほたるは意気揚々とまた自転車に乗って、風の様に走り去っていった。
おばあちゃんはその背中を見送って首を傾げる。
「にゃー」
ほたるを嫌がって顔を出さなかったトラジマの猫が、ようやくおばあちゃんのところまでやって来て餌をねだり始めた。
漁協まで自転車を飛ばして、目的の信さんを探したものの、タイミング悪く外出中だった。
連絡がつかないと言われたが、ほたるは諦めなかった。
再び自転車を飛ばして真っ直ぐ家に戻ると、縁側で西瓜を食べていたおじいちゃんに声を掛けた。
「おじいちゃん。軽トラ出して!」
「なんだほたる、帰っていきなりどこ行こうってんだ?」
「分かんないけど、おじいちゃんなら信さんのいるとこ見当つくよね」
「信の? あいつなら大体昼間からあそこで酒飲んでるだろうな……」
「連れてって!」
「おいおい、どうしたんだ? あいつに用があるのか?」
昔腕利きの漁師だった源三は、漁協に勤める
今は五十代半ばのベテラン漁師の信八は、若いころ、当時凄腕と言われていた源三と漁に出て腕を磨いた一人で、今でも世話になった源三に頭が上がらない、人のいい男だった。
しょっちゅう源三とつるんでは酒を飲みに来ていたので、ほたるも小さいころから信八のことをよく知っていた。
ほたるの勢いに呑まれた源三は、何だか良く分からないまま軽トラを走らせ、昼間から信八が入り浸っているであろう小料理屋までやって来た。
「この店にいると思うんだが……」
源三の話を最後まで聞きもせず、ほたるは車を降りるとさっさと店の中に入っていった。
店内に入ると昼間から酒を飲んでいるおじさんばかり。
やや薄暗い狭い店内に堂々と踏み込んだほたるは、赤ら顔の中にようやく信八の姿を見つけた。
「信さん!」
「え? ほたるちゃん? 何でこんなとこに?」
もうずいぶんと飲んでいそうな半開きの目で信八は首を傾げた。なぜここにほたるがいるのか理解できていない表情だ。
小学生の女の子が出入りするような店じゃない。真昼間から酒を飲むためのやや不健全な飲み屋に現れた少女を、他の客たちも興味深げに観察していた。
「信、やっぱりここか」
「源さん!」
信八は冷や酒の入ったグラスを置いて、あとから乗り込んできた源三をさらに訝しげな顔で迎えた。
そんな信八にお構いなしに、ほたるは早速質問にかかった。
「ねえ、タバコ屋で電話かけてた人知ってるよね、右腕に傷のある背の高い男の人」
ほたるは単刀直入に尋ねた。
いきなりの質問に何のことかと顔に出しつつ、信八は知ってるよと答えた。
ほたるの顔がパッと明るくなる。
「今どこにいるか分かる?」
「いきなり何なんだ? 一度会っただけだからそんなに良く知らないよ」
「一度? 知り合いじゃないの?」
「ああ、漁協でちょっと頼みごとをされてな。あの人の申し出を俺が受けたんだ」
「何を頼んできたの?」
「え、まあ、海洋調査だよ。漁船である海域まで連れて行ってくれって頼まれて一度連れってっただけなんだ」
「そう……他には?」
「それだけだよ。そのあとタバコ屋まで乗せてっただけ」
「なーんだ」
ほたるはあからさまにがっかりした態度を取った。
いかにも役立たずという扱いに、信八も不満を顔に出す。
「なあ、信よ、おまえ仕事で行ったんなら名刺ぐらいもらってんだろ」
「あ、そう言えば」
源三のひと言で、信八はポケットの財布から一枚の名刺を取り出した。
「これを置いてった。海洋調査会社ノーム。鈴木一郎だって」
「やっぱりそう名乗ってるのね……」
ほたるはテルから聞かされていた偽名で、父親が名刺を作っていたことを知った。
住所を見てみると本社は東京だった。03から始まっている電話番号は恐らく適当な番号なのだろう。
「これじゃあ手掛かりにならないわね……」
ため息交じりにそう言ったほたるに、信八は思い出したかのように付け足した。
「タバコ屋であの人を降ろしたあと、帰り送ってってやろうかって訊いたんだ。そしたらすぐそこのアパートだからいいって言ってたよ」
「それを早く言いなさいよ!」
少し切れ気味に言われて信八は口を尖らせる。
「おじいちゃん行くわよ!」
「え? 俺はもういいの?」
信八は赤ら顔で、捨てられた犬みたいな顔をしている。
「ありがと、信さん。この名刺は私が預かっとくね」
「そういうことだ。信、済まなかったな。後はゆっくり飲んでくれ」
嵐のように現れて嵐のように去っていったほたるたちを見送って、信八は何なんだよとブツブツ不満を口にしながら冷や酒をあおった。
「ここだわ」
タバコ屋の近くにあるアパートは一つしかなかった。
少し県道から外れた高台にあるそのアパートは、利便性の面からすると恵まれた環境とは言い難かった。
恐らく、この近くの会社に勤める単身赴任者が借りているのではないだろうか。車さえあれば、快適に生活はできそうだった。
ほたるに言われるがまま、源三は軽トラを運転してアパートの前まで来たのだった。
「なあ、いい加減お前が一体何をやってるのか教えてくれないか?」
「あとでね。今は先に確かめないといけないことがあるのよ」
気がはやっていたほたるは、取り敢えず事情を説明するのを後回しにして軽トラを飛び出すと、そのまま片っ端からアパートの表札を一軒一軒見て回った。
そして二階の扉に鈴木という表札を見つけると、呼び鈴をグイと押した。
チャイムは鳴ったが何の反応もない。
何度か鳴らしてみるも、まるで無反応だったので、今度はドアノブを回してみた。
当然だが鍵がかかっていた。
ドンドンドン。
ほたるは勢いよくドアをノックした。
「鈴木さーん。鈴木一郎さーん。いませんかー」
けっこうしつこくノックして呼びかけてみたが何も反応が無かった。
「こういう場合どうしたらいいのかな……」
開かない扉の前で考え込むほたるに、源三が声を掛ける。
「管理人さんに訊けばええ。鍵も持っとるだろ」
「そうか。流石おじいちゃん」
駆け出そうとしたほたるだったが、そのまま固まった。
「管理人ってどこにいるんだろう」
「さあな。それはわしにも分からん」
そこに丁度タイミングよく一番突き当りの部屋のドアが開いて、トレーナーを着た二十代くらいの男がゴミ袋を持って出て来た。
たった今起きたといった寝ぐせのついた髪に、何日か剃っていない感じの無精ひげの男は、眩しい外の陽射しに目を細めて、大あくびを一つした。
ほたるは猛ダッシュで、ゴミ袋を手に出て来た寝ぐせ男に突進する。
「そこの人!」
「え? おれ?」
いきなり勢い溢れる小学生に呼び止められ、いかにも不健康そうな男は戸惑いを浮かべつつ辟易した様子で対応した。
「そう、そこのあなた。あの部屋の人どこに行ったか知りませんか?」
「いや、全然知らない。どんな人が住んでるのかも知らない」
「じゃあ管理人ってどこにいますか?」
「ああ、それなら……」
意外とあっさり管理人は突き止めれた。
一階の端の部屋で普通に住んでたおばさんが管理人だった。
礼を言ってから、早速一階まで駆け降りて、管理人の部屋のチャイムを鳴らす。
すると眼鏡をかけた五十代くらいの小太りなおばさんが、部屋から顔を出した。
「え? 音信不通になったお父さんが気になって見に来たって? 分かったわ。すぐに鍵を開けるわね」
適当な話をでっち上げて、首尾よく部屋の鍵を開けてもらえることになった。
管理人の後ろを歩きながら、ほたるは内心しめしめとほくそ笑む。
問題の部屋の前で、管理人はポケットからジャラリと鍵の束を取り出した。
そして宇宙人の借りているアパートの扉が今開かれようとしている。
鍵穴にスッと差し込まれた鍵は、ガチャリと音を立てて回った。
ほたるはとんでもない興奮を胸に、管理人がドアノブに手をかけるのを見守るのだった。
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