第4話 過去を繋ぐ

 ほたるの家は昔からある瓦屋根の木造の平屋で、海側から少し坂を上がった見晴らしの良い所に建っていた。

 海沿いの県道から少し入ったもう暗くなった寂しい一本道。坂に差し掛かって独り自転車を押すほたるの周囲を、虫の声が賑やかにしてくれていた。

 家に着いたほたるは、遅くに外出していたことを家族に悟られない様に、そおっと自転車を押して庭に停めた。

 しかしその一部始終を、縁側でタバコを吸っていたおじいちゃんに見られていたのに気が付いた。

 うろたえていたのはほたるだけで、落ち着いた感じの源三はフッと蒼い煙を夜空に吐いた。


「びっくりした。おじいちゃん外にいたんだ……」

「またどっか行ってたのか?」

「あ、うん。ちょっとね」

「あんまり遅くまで遊んでたら駄目だぞ。それと一日中遊んでるみたいだけど宿題早めにやっとけよ。去年夏休みの終り頃、お母さんにどやされてただろ」

「分かってるって。今年は抜かりなしだから大丈夫」

「それならいいが……今年は助けてやらないからな」


 去年の夏、毎日のように遊び呆けていたほたるは、夏休みの宿題を溜め過ぎて母親から大目玉を食らった経緯があった。

 おじいちゃんが庇ってくれなければ、お小遣いを減らされていたところだったので、その辺りは真摯に受け止めていた。


「分かったから。あ、そうだ。おじいちゃん今日チェーンを触った手で私の肩叩いたでしょ。学校で恥かいちゃったじゃない」

「え? そうだったっけ?」

「もう、その悪気の無さ、怒り辛いじゃない。今度から気をつけてよね」

「へへへ、細かいことは気にするな」

「するわよ。女子は身だしなみに気を遣うもんなの」


 何となく憎めないおじいちゃんのペースにはまってしまい、ほたるはそのまま靴を脱ぐとおじいちゃんの横を通って縁側から家の中に入った。

 その時、見つからない様に自分の部屋に行こうとしていたほたるの背中に母の声がした。


「あら、ほたる。どっか行ってたの? こんな遅くに」


 ビクっとなったほたるに、すぐさまいつもの小言が始まった。


「あんた、夏休みに入ったからって浮かれすぎてない? 暗くなってから遊びに行くなんて駄目じゃない」

「ああ、芳江さん」


 これから小言が本格化しそうになった時に、おじいちゃんが割り込んできてくれた。


「ほたるはどこも行ってなかったよ。わしの夕涼みに付き合ってくれてただけだよ。なあ、ほたる」

「え? うん。そうなの。おじいちゃんとその辺をぶらぶらってね」

「そう? ならいいけど」


 慌てて話を合わせるほたるに、母は眉をひそめたが、そのまま台所へ戻って行った。

 ほたるはおじいちゃんと目を合わせて、フーと息を吐いた。


「おじいちゃん、ありがと」

「まあええ。これで服のこと帳消しな」

「そうだね。ありがと」


 へへへと笑って、ほたるは部屋へ入っていった。



 その日の夜、お風呂に入ったあとすぐに、ほたるは自分の部屋に戻った。

 就寝にはまだ少し早い時間帯。リビングからは弟の笑い声に混ざって残業から帰宅した父の話し声がしていた。

 いつもなら自分もその輪の中に入っているのだが、今日はそういう気分になれなかった。

 家族団らんでテレビを見るよりも、自室で今日少年と話した内容をよく考えたかったのだった。

 ほたるは部屋の照明を消して、布団に仰向けに寝転がる。

 開いた窓から思いのほか涼しい風が入り込んでくる。

 夏の夜にしては今日はまだ過ごし易い方だ。

 ほたるは目を閉じて、今日少年の話していた内容を思い出す。


 遠い空の果てから届く恒星間通話の声。

 少年の話は突飛過ぎて、とてもじゃないが簡単に、はいそうですかと受け入れられるものでは無かった。


「銀河コミュニケーションサービスか……」


 ほたるがぽつりと声に出したその会社が提供するサービスは、まるで夢の様な内容だった。

 宇宙には大きな規模の連合が出来上がっていて、生命体が存在する無数の星々がその連合に加盟し、お互いに交流をしているのだという。

 地球は生命体の知性がまだまだ未発達なので、その連合に入る資格を得ていない星であるということらしい。

 地球はさておき、他のある一定の水準に達した生命体の宿る星々は、銀河コミュニケーションサービスを使って恒星間通信を日常的に行っているのだと少年は話していた。

 そしてここからが特にほたるの理解できない所だった。

 ほたるは目を閉じてさらに難解だった説明を思い出す。


「ねえ、そんな離れた銀河の果ての星同士で、こんな簡単に話せているって変じゃない。いったいどういうことよ」

「それが銀河コミュニケーションサービスの凄いところなんだ。いいかい、今僕たちが話しているのは厳密に言うと現在では無いんだ。この会話はすべて過去のものなんだ」


 さらに理解の範疇を超えたことを言い出した少年に、ほたるの頭は当然ついて行けない。


「全く意味が分からない」

「そうだろうね。熊取さんはタイムトラベルって言葉知ってる?」


 いつも読んでいる漫画の中に出てくる聞き慣れた用語に、ようやくほたるは反応した。


「それなら知ってるわ。SFの中の話だけど」

「SFって何?」

「サイエンスフィクションの訳よ。つまり想像上の話ってこと」

「そうか。その点は僕たちと同じだ。タイムトラベルは今の所不可能。銀河連邦でもその技術は未だ発見されていない」

「そりゃそうよね」


 ほたるはあっさりと共感した。小学生のほたるでも、タイムトラベルが夢物語であることぐらいは分かる。

 しかし、少年の話はそれで終わりではなかった。


「でも銀河コミュニケーションサービスはある意味、それを可能にしてしまったんだ」

「え? タイムトラベルを?」

「例えば物質、広い意味で生物やそれらの形あるものはやはり不可能なんだけど、情報だけはタイムリープできる技術を開発してしまったんだ」

「なんだか難しい話ね。私に理解できるのかな」


 また難しい方に行こうとしている気がして、ほたるはやや尻込みする。


「頑張るよ。それでね、音声情報をリアルタイムで通話すると遅延が発生するから……」

「駄目、もう分からなくなった」

「つまり雷とかは先に光ってからドーンって音が後からしてくるでしょ」

「あ、それなら分かる。光の方が速いんだよね」

「そう。熊取さん。その調子だよ」

「へへへ」


 何だか褒められたので、ちょっといい気分になった。


「それでその遅延を無くすために、現在の音声を届けるのではなく、過去の通話同士を情報のタイムリープを使って繋ぐ技術を提供しているのが銀河コミュニケーションサービスなんだ」

「え? 良く分かんないけど、今話してるのは過去のあなたってこと?」

「そういうこと。僕が今話している熊取さんも過去の君なんだよ」

「過去同士が話をするって……やっぱり理解できないわ……」


 再び混乱し始めたほたるに、少年は何とか理解してもらおうと話し続ける。


「この広い宇宙では時間の流れ方すら違う銀河もある。それでも発話された言葉はその瞬間に等しく過去の情報になる。それを利用してお互いの通話情報をタイムリープさせて時間の流れの干渉を受けることなく繋ぐんだ」

「うーん。そんなんで会話が成り立つのかしら……」

「混乱しちゃったかな。ごめんね。まあそれは置いとこう。まあそういうサービスを使って会話できてるってことでいいじゃない」

「うーん。まだ何かきな臭いけど、頭が痛くなってきたしもう考えないことにする。でも後で出鱈目だって分かったらひどいんだから」

「出鱈目って?」

「まただわ……」


 そんな会話を15分ほどした後、電話を切った。

 こちらからかけると5分だが、病院から掛ける少年の電話なら15分間は許可されているらしい。


 また明日同じ時間にかけてくるって言ってたな……。


 あの電話機が凄いものだと聞かされたが、どうしてあの時間なのだろうか。

 ほたるは明日そのことを訊いてみようと決めて、そのまま眠りについたのだった。

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