第53話 揺さ振る
<1854年11月15日 朝五つ>
【岡田以蔵】
~~~~っ。
なんだったのだろう、あれはっ…。
先輩たちの前で声に出しては言えないけど、
『こ、怖かった~~っ!』
先輩のうちの一人は茂みに行った…。
…、吐いてるんだろうな。
【中岡慎太郎】
…、はぁはぁっ。
これなら走ったほうがよかったのではなかろうか。
せっかくいただいた朝餉はすべて森の肥やしになってしまった。
が、景色が風のごとく流れていく様は凄まじかった。
これも未来の一つなのであろう。
あろうが…。
もう一度と言われれば勘弁願いたいものだ…。
【楠瀬乙女】
「あ~あ~、元服した侍なんだろ?
しっかりしておくれ。」
そう、龍馬には言っていなかったが、高知市方面に向かって道を作っていた。
そこを門下生6人と龍馬を乗せて軽で走ってきた。
この時代で道交法は勘弁してもらいたい。
道と行っても山間部ではまっすぐ走れないのでグネグネと曲がるんだが、
後ろにすし詰めだと、前も見えない状態になってシェイクされるのを忘れていた。
酔い止めはあったんだが、権平さんの件からすっかり忘れていた。
「今回皆の体調が悪くなったのは私の落ち度だ、スマン。
今回気持ち悪くなったりしたものは次回から声をかけておくれ。
良くなる薬を用意しておくから。
とりあえず飲み物を出すから、こうやってここをひねれば…」
どこからか『また乗らねばならんのか…』という声が聞こえるが、護衛なら堪えてほしい。
酔い止めとペットボトルのお茶を配ってやるからさ。
「さて、ここからは徒歩だ。場所としては…、香美郡かね?」
「香美郡!?もうそこまで!?
…、これは胃の中をひっくり返してでも価値があるな…。」
お?慎太郎は前向きにとらえてくれたかね。
以蔵は…、酔っている様子はないんだけどねぇ…。
あれが本当に『人斬り以蔵』かい?
ま、とっとといくさ!
<昼前>
【武市半平太】
「戻ったどー!」
その気の抜けた声に、練習中にもかかわらずガクッと肩を落とす。
とはいえ早いな。
あいつのことだ、なんぞ無茶をしたのであろう。
「早かったな。」
「おう、未来からきたきの!」
後ろにいる門下生は苦笑いを浮かべておるが、良い顔になっておる。
幾分硬さが取れたか?
乙女殿の焼きはよう効いたらしい。
「いい道場じゃないのさ、半平太!
これは祝いとして取っておいてくれ。
売っても構わないからね。」
風呂敷に包まれているのは菓子か…。
もう一つはガラスの瓶に入った液体…、さわやかな香りがする。
香の一種か。
どちらも同じ重さの金より価値があるモノであろうな。
「ははっ、乙女殿の道場を見たものにとっては物足りないかもしれないですがね。」
「謙遜するんじゃないよ。
私を見る皆の顔を見ればよく鍛えてることがわかるさね。」
「っ、皆控えろ!
この方が乙女殿、俺と五分にした御仁だ。
若いからと言って侮るな。
ただ、『知』に関しては到底及ばぬ。敬意をもって接するようにせよ!」
「「「はっ、失礼いたしました!!」」」
「世辞抜きで素晴らしいよ。」
「ありがとうございます!
では、ご同行すべく準備に…」
「ちょいまち。一人追加で着いてきてもらいたいんだけど、いいかい?」
「はぁ、護衛は取り合いになったぐらいですから問題はないはずです。
どの者でしょうか?」
「大石弥太郎だけど、今日は来ているかい?」
「来ておると思いますが・・・、呼びますか?」
「いや、一緒にこいと言って準備させてくれればいいよ。」
「はぁ…。ではそのように。」
弥太郎を護衛に加えるのか?
俺と同い年で、道場を留守にする間守ってもらおうと思っておったのだが…。
まぁ、護衛が増えるのは構わぬか。
「その間、皆は昼食にしようか。
半平太、他の門下生も一緒にどうだい?」
「準備ができておればいいのですが…。」
「うちからは握り飯さ!栄さんが丹精込めて朝から握ってるからね!
汁物ぐらいは何とかなるかい?」
「え、えぇ、すぐに!」
この一晩で大きく変わった6人の門下生が他の物に質問攻めにあっておる。
言えないことも多い中、しっかりと話ができるようになっているようだ。
それも、借り物の言葉ではなく、自分の意志を込めた言葉として。
そうするとまっすぐな人間が集まる塾、それは皆に共振していく。
【楠瀬乙女】
「さて、行こうか!」
促されて音頭をとる。
これからだと昼9つと言ったところだろうか。
時間の概念は中々慣れない。
腕時計を持っているとなおさら。
待ち合わせなんてできないだろうね…。
道中みなに話しかける。
「あんたらを悪く扱うつもりは一切ない。
が、あんたらの想いをしっかり伝える場を設けることはする。
皆の想いと幕府の想い、それぞれを尊重して、
それでも相容れない部分をしっかり伝えることだ。
喧嘩じゃないんだから、言った言わないで争うようなことがないようにね。
つまらない言い争いをしたら私が仲裁して潰しに行くからね。」
ついに城門の前に着く。
「…っ、ふ~っ。気負うんじゃないよ!
どうせ面談するのはあたしだ!
あたしを護衛してくれる優秀な侍、それがあんたたちだ!
それだけでいい!
だから、それだけは期待しているよ!」
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