第52話 天女の衣

<1854年11月14日 夜>

【栄】

「…、ことのあらましはわかりました。」

「誠に申し訳ないっ!!」

「知らぬこととはいえ、我々も加担しておったのは事実!

 如何様なりともっ!」

哲馬さん、猪之助さんが床に頭をつけて平謝りになっていらっしゃいます。

いますが…、


「もうよいのです。もう過ぎたこと。

 あれがなければ乙女さんとの出会いもなかったでしょう。

 みなさんもそれぞれ事情があるでしょうし。」

「…ですがっそれでは申し訳がっ!」


「哲馬さん、お気持ちは嬉しいのですが、本当にもうよいのです。

 今はここで父の介護をしつつ、看護の勉強をしております。

 以前のことなど顧みる余裕もないのです。

 このような機会を与えていただいたことに感謝しているぐらいですよ?」

本当にそう思っているのですから。


「そもそも、こんな愛らしい女性を捨てる気になる旦那なんて、こっちからお断りだよ!」

「まぁ、乙女さんたらお上手ですね?」

乙女さんと微笑み合う。


「…、しかしっ!」

あがなううとおっしゃっていただけるなら、乙女さんを手伝っていただけませんか?

 暗中模索の中、一人で民を救おうとされていらっしゃるのです。

 是非、ご助力を。

 伏してお願いいたします。」

頭を下げてお願いする。


「~…っ!

 あい、分かり申したっ!

 間崎哲馬、命に代えてもっ!」

「並びに乾猪之助もっ!」

「命に代えてはいけませんよ?

 乙女さんに怒られてしまいますから。」

「だね。地獄の底まで行ってとっちめてやるからね!」

「はは、本当になりそうで怖いですな…。」

哲馬さんと猪之助さんも苦笑いが抑えられないようですね。

でも、乙女さんなら本当に追いかけていくかもしれませんよ?



「姉貴~?姉貴やぁ~!

 着替えがおいとらんぜ~!

 汗臭い着物で寝てもえぇんか~!?」

あら、龍馬たちに着替えを持って行かないと。



【坂本龍馬】

ふぃ~っ。

哲馬が脇差に手をかけたときは肝が冷えたぞ。

裸でも出ていくつもりじゃったが、踏みとどまって正解じゃったの。


まぁ、栄ねぇが出てきたのは予想外じゃったが、『災い転じて福となす』かの。


しっかし、姉貴は予想以上じゃの。

ことごとくを手なずけていきおる。

『物語でもこがいに上手くいくやろか?』っちゅうぐらいじゃ。

まっこと、『知る』っちゅうのは武器じゃと痛感するわ。


風呂場で素直に驚いておる二人に使い方を教えたら寝るかの。

…明日もあの道かぁ。



<1854年11月15日 朝>

【中岡慎太郎】

朝だ。

まだ布団から出たくないぞ…。

龍馬が『天女の羽衣のようだ』といったのは偽りではないな。

とはいえ、昼には城に行かねばならん。

そろそろ起きねば。


顔を洗いに井戸場に行ってポンプに驚いてみたり、

帰ってみれば、昨日着ておった服が用意されておる。

「…。」

昨日あれほど汗まみれになったにもかかわらず、臭いは消えるどころか花の香がする。

スンスンと服を嗅いでおったら、栄殿が声をかけてくれた。

「昨晩洗っておりますので。

 更衣室はあちらになります。

 その間に朝餉を用意しておきますので。」

昨晩?あの時間からか!?

洗ろうても日も出なければ、斯様に寒さが増しておる時節。

それも皆の分とは…。

上げ膳据え膳どころか、申し訳なさすら出てくるな。



豪勢な朝餉を終え、乙女殿が音頭をとる。

「今日の予定だけど、今日は昼にお城で面談だっけ?

 あんたの家による必要はあるかい?」

「無いのぉ。」


「じゃぁ、一直線に向かうか。」

「いや、半平太を拾っていかねばならん。」

「はぁっ!?昨日言ってなかったじゃないのさ!」

「ほうじゃったかの?まぁ、城下やき、途中で拾えばよかろう!」

言うてなかったとわしも思う。


「そうかい。ならいいよ。

 そうそう、ついでといっちゃぁなんだが、

 門下生の『大石弥太郎』っていうのも拾おうかと思っているんだが、

 そいつの家は遠いかい?」

「いんやぁ?

 むしろ城までの通り道じゃ。

 多少横にそれる部分があるがの。

 なしてじゃ?」

があるもんでさ、返しに行くんだよ。

 ついでに城にも来てもらおうと思ってね。」

…?

なぜ弥太郎殿の家に借りがあるんじゃ?

まぁ、返すっちゅうんなら構わんか。

昨日の乙女殿の話から、この方にはもう少し護衛がいてもいいと思うしな。


「なら、道場でええじゃろ。

 この時間なら半平太のところにいるでの。」

「そうかい?なら支度が出来次第行こうか。」


「乙女さん、おにぎり作りましたので、持って行ってください。」

「お、ありがとうね!しかもこんなに!!

 あんたら儲けたね!栄さんのおにぎり食べられるなんてね!」

そう話しつつ乙女殿が手をかざすと、皿ごと握り飯が消えたっ!?


「「~~~っ!?」」


「あ、見せてなかったかい?

 これが神様が民を救うためにくださっただよ。」

「…姉貴、これまで言うてもおらんで?」


「あ、えっ、そうかねっ!?」

「姉貴も人のこと言えんで…。」


「まぁ、これはあんたたちを信じて披露したんだ。

 他言無用に頼むよ。」

「「はっ!」」


「『神様から貰ろうた』っち、みな姉貴の武だとおもっちょったみたいやの。」

「あんなの趣味の延長だよ。誇れるほどのもんでもない。」

「「…。」」

「大丈夫や。おいも通った道じゃ…。おいなんか一本も取っとらんきのぉ…。」

そんな風に言われると、昨日負け越しておった我らは立つ瀬がない。

が、龍馬殿が肩を叩いて宥めてくれる。



皆がっくりとうなだれつつ、城へと向かい出発した。

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