第51話 借金取り

<1854年11月14日 夜>

【楠瀬乙女】

『乾猪之助』のちの『板垣退助』。

が付くほどの大物が釣れたもんだ…。


『板垣死すとも自由は死せず』と後世では『自由民権運動の父』、

なんて呼ばれちゃいるが、半平太の一門にいることからわかるように、実はこの頃はゴリゴリの『尊王攘夷派』。


『戦争の結果によって形成された社会秩序は、戦争によってで無ければこれを到底覆すことは出来ない』

なんておだやかじゃない発言もいけしゃぁしゃぁと言う。

未遂や疑わしいものも含めれば、現代で言うところのクーデターや密約にいくつ参加していたことやら…。


自分が政府の中枢にいて、選挙制度も整っていないのは分かっていたくせに、

政府から追い出されたとたん声高に自由民権運動を叫びだす。

自由民権運動自体はいいことだろうが、

成立し立ての基盤が安定していない政府としては厄介なもの。

腹いせに自由民権運動を思いついたんじゃないかとまで思われてる。


そう、建前・思想はご立派だが、意外と腹黒い一面がある。

とはいえ、土佐勤皇党も結成されておらず、本人が若いため、退助はまだ何とかなる。

『なんとか』って、某国のではないかって?

『事実を突きつけ』、『個人(私)の思想を表現』して戦わせる、言論の自由は現代だってあるんだ。

しかも成人しといて『戦争の結果を戦争で覆すしかない』なんて言う奴にはキツイお灸が必要だ。

自己陶酔はご自由だが、巻き込まれるなんて勘弁だ。



で、問題はこいつだ。

「二人とも、ちょっと座ってくれるかい?」

乾猪之助とが座る。


「で、何用で?」

哲馬が飄々ひょうひょうと答えてくる。

あぁ、やっぱりこいつか。


「猪之助はおいといて、あんたならわかるだろう?」

「…なにがですかな?」

猪之助はポカンとしているが、哲馬は顎をさすりさすりのらりくらりと答える。


「思ったより心当たりが多いようだね?」

「はてなんのことやら…。」

こいつは関っている?


「…大石。」

「!?」

反応したね?

こちとら何十人、何百人も診察してきたんだ。

ごまかせやしない。


「そうかい。借金で謹慎食らったんだろ?

 で、大石に借金返してもらったのかい?」

「な、なぜそれをっ!」


「で、大石としては吉田様の改革の内容に納得がいかない。

 これまで裕福だった分、所領が減らされるかもしれないからね。

 そんな吉田様と藩政にべったりな坂本家は目の上のたんこぶ

 少しでも藩政から遠ざけるために栄さんを離婚させたかった。

 一方あんたは借金のかたと、栄さんに恋慕を抱いていることに付け込まれ、

 栄さんの離縁話を焚きつけるように指示された。」

「…。」


「で、今回それがバレかけて再度脅され、私の面談内容を把握するよう命令されたってとこかい?」

「…。間違いござらん…。」

「哲馬先生!」


「さらに言うなら、人望がある半平太を神輿に据えて尊王攘夷の組織を作っておいて、

 若くて経験が浅い半平太を裏から自分らでいいように使おうって魂胆だろ?」

「…そこまで分かっておられるとは…。」

「…、本当なんですね…。」


まぁ、こっちも初球からヒットするとは思ってもなかったんだ。

土佐勤皇党を起案したのは『大石弥太郎』、

吉田東洋を討ったのは『大石団蔵』で従兄弟にあたるわけで、

最初にあやしいと思ったんだよ。

どちらかわからないから『大石』とぼかしてをかけてみたんだが、

以降も含めれば結果は『満塁ホームラン』ってとこか。


土佐勤皇党が最後の方は半平太のコントロールが効かなくなっていた部分があるのは、だれかもう一人指導者クラスがいて、分裂したと思ってた。

どこぞに腹黒い奴がいると。

しかも自分が操ると想像したら、そいつはすねに傷持つ人間が望ましい。

ピッタリ過ぎたんだよ。


猪之助を同席させたのは、たぶん哲馬によるが大きいと思ったから。

若い時分からあそこまでの尊王攘夷になるなんて違和感がある。

以降の『腹黒さ』は、一朝一夕じゃない感を受けるけど、

『自由民権運動』という思想を思いつく人間が生まれ持ってそこまで腹黒いとも思えなかった。

それが史実では土佐勤皇党結成以前から誼がある二人ってんだから、

『洗脳』に近かったんだろう。


歴史を逆から紐解けば想像できる話だが、これがチートってやつかね…。



「今の話は…」

しまった!迂闊だった!

食事を下げ、着替えを準備しに来た栄さん!

聞かせたくない話だ!



「もうしわけござらん!

 ここは腹をかっさばいて…っ!?

 抜、抜けぬっ!?」

哲馬が脇差を抜こうとするがもたついている?

抜けないっ!?


その間にすかさずお盆をもって全力で頭をはたく!


「ざけんな!

 人の新品の道場を汚すんじゃない!

 そうやって責任から逃げるなっ!」

「「…っ、に、逃げる?」」

哲馬と猪之助が二人してハモる。


「そうだ!

 血で汚れた道場を片付けるのは誰だい!?

 栄さんに血を見せて片づけてもらうって!?

 誰がやったかの責任はうやむや!

 真犯人を取り逃がしてまた犠牲者が出るかもしれない!

 自分は死んで何もしないで済むがね!

 本当に詫びるなら、行いを改め、を返してつぐなうことだろうっ!」


「「…。」」

皆が静まり返るなか、一人、声を挙げる。



「…、私にも、お話をお聞かせいただけいただけませんか?」



栄さん、強くなったねぇ…。

それにしても、なんで哲馬の脇差は抜けなかったんだろう?

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