第50話 戦争と命

<1854年11月14日 夕刻前>

【平井収二郎】

「ほう、これはうまい。」

栄殿が出してくれた茶を頂くが、なかなかのモノ。

思わず声が漏れてしまった。

出してもらった茶器も、磁器であろうか?

取手がついておることから西洋のと思うが、高価な品だろう。


真新しい道場に着いてみれば、龍馬殿と変わらないであろう年齢の女子と栄殿。

道場は煌煌と明かりがついていた。

まだ日が傾きかけた時間にも関らず、だ。

道場に併設された食材を運び込む蔵に備え付けらえていたのは、扉を開ければ真冬かと思う棚。

龍馬殿が言うことももしや…。



「いや、うまかった!人心地着きました!」

「お粗末様です。」

答えてくれた栄殿に我らは負い目があり、哲馬先生が声をあげてくれた。


「…さて、我々は乙女殿の護衛を言いつかって参ったのですが、

 乙女殿もなかなかの腕前とのこと。

 我らとしてはその実力を見ておきたいのですが?」



【楠瀬乙女】

ったく、皆血の気が多いよ…。

しかし、リーダーっぽいのは間崎哲馬まさきてつまだっけ?

ほがらかに応対してはいるけど、なんかドロッとしたものを感じる…。

あんまり気を許しちゃいけないタイプか?

まぁ、道場主の半平太が太鼓判を押してくれたんだから、手合わせしてみるかね。



【吉村虎太郎とらたろう

し、信じられん。

いくら山道を荷車を押してきた我らとは言え、何本も相手にして誰一人勝ち越せんとは…。



【岡田以蔵】

…負けた。

完敗だ。

3本目は確かにとった。

取ったが、あれは明らかに誘われていた。

あれはわざと負けたんだ…。



【間崎哲馬】

これほどとは…。

もしかして我らはいらんのではないか?



【楠瀬乙女】

「「ありがとうございました!」」

互いに礼をする。


全員と数本なんて勘弁してほしい。

だから2本とったら1本負けてやったんだが…。

バレたのはあの二人だけか。


「実力はこんなもんで大丈夫かい?

 よろしく頼むよ。」

「「はっ。」」


「で、皆に助力をお願いするに至った経緯だが…、

 栄さんが食事の用意ができたみたいだ。

 食事をしながら、自己紹介もしてもらいつつ説明しようか。

 龍馬!机を出しな!」


「ほんに人使いの荒い…。」

「なんか言った!?」

「なんも!」


<夕刻>

食事をとりつつ、自己紹介をしてもらう。

そして、肝心の地震について話す。

「…というわけだ。

 正直に言ってしまえば私だって起きてほしくない、起きると信じたくないんだ。

 が、伊賀上野で地震があったんじゃないかい?

 嘉永7年6月15日だよ。」

「あり申したが、過去のことはいくらでも言えまする。」

発言したのは中岡慎太郎か。


「じゃぁ、どれぐらい前か後のことがいいかい?

 嘉永7年10月14日にロシアのプチャーチンが下田に来航?」

「露西亜がっ!?

 こうしてはおられん!!」

歴史のカンペ、スマホでの歴史検索をしながら近しい未来の話をしていたら、

馬鹿なことを言うのは間崎哲馬か。


「阿呆っ!

 目の前の民を見捨てて攘夷を唱えるなんざ、なにが侍だ!

 そんな奴がいるからあんたらは支持されないんだ!!」

哲馬がギラりと睨み返してくる。

『大義の為には』とか言い返してくるタイプだね、こりゃ。


「特別対応だ。

 皆これをみな。」

用意しておいた液晶テレビを引き出す。

スマホの画面を映し出す。

『キャスト』っていうのかね?

こんなに活躍するなんて習っておいてよかったよ。


まずは津波の映像。ノーカットで40分、他の地区のも併せてまるまる見せた。

続いて日本の近代史の要約版。某有名動画サイトのものを使わせてもらう。

まとめだけあって細かい部分をうまく割愛してくれているので、

個人名や団体がある程度わからないようになっている。

あまり未来を見せて確定させたくない側としては助かる。

どれだけの人が死ぬのか、もう少し理解してほしい。


その裏で、事務室にこもりパソコンで龍馬が連れてきた6人について検索をする。

いや、一人は有名人だから改名する前の名前も知っていたけど、

みんな、癖がすごい。

ただ、こいつには釘を刺さないといけないね。



映像が終わる。

「わかった?

 伝え聞くところでの地震の死者は数千人。

 西南戦争では両軍合わせて3万以上。

 つまり、あんたらの行動であの恐ろしい津波よりも多くの人間が死ぬ。

 引き金の一因となったのは間違いなくあんたら、

 そして土佐の死者は他と比べれば軽微。」

「ならばっ…!」

哲馬が声を挙げかけるが、それを制して続ける。


「『腹を切ればいい』って?

 ふざけんな。

 あんたらは良かろうが、戦争で巻き添えになる身も考えろ!

 あんたの両親が、妻が、子供が死ぬんだ!

 『仕方ない』なんて言って自分から戦争に突き進んでるのは誰だ!?

 未来から来た私からすれば、日本中を巻き込み『しやがった団体』があんたらだ!!」

「「…。」」


私の怒声に皆が静まり返る。


私は医者だ。

人を救う立場にいる人間だ。

最期が近い人間を、もっと生きていたいと願った人間を看取ってきた。

戦争なんて大嫌いだ。

兵士として死に、食べる物がなくて死に、病気で死ぬ。

死者は数として数えられるだけ。

その背景にどんな人生があったのかなんて誰も気にしない。

そんなものない方がいいに決まっている。



「…姉貴。」

龍馬の声にハッとする。


「…すまない。

 熱くなっちまった…。

 あくまで私個人の意見だが、少しでも心に留め置いてくれたらうれしい。」

そう、これぐらいで戦争が避けられるなら。


「さぁ、龍馬!

 皆を風呂場に案内しな!!

 使い方もあんたが教えるんだよ!

 汗臭いままで新しい布団に入らないでおくれ!」


「承知っ!

 あぁ、姉貴!言い忘れちょった!

 明日の昼過ぎに老中の吉田様と面会じゃからの!

 伝えたでっ!」

「龍馬っ!?」

あいつは肝心なことを…。

今に始まったことじゃないか。


「あぁ、一気に全員は入れないからあんたら二人は後でいいかい?」

ポカンとした顔でこちらを見つめるのは、『間崎哲馬』と『乾猪之助』。


「「は、はぁ…。」」

戸惑ってるね。

この二人にはもう少しお灸が必要だ。

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