第48話 草行露宿

<1854年11月14日 昼前>

【楠瀬乙女】

だいぶ能力についてわかってきたね。

これだけのことができれば、大概のことは何とかなりそうだ。

が、体は一つ。

全ての被災地を回るには時間が足りない。

龍馬と半平太が門下生を動かしてくれるのを期待するしかない。


持たせたのは『ゴム風船とヘリウムガス』と『ステンレス包丁』。

これは退職&開設パーティーの飾り付けで残っていた風船と、

その時に若手が余興でモノマネ用に使ったヘリウムガスの残り。

包丁は、スタッフがパーティーの仕込みをする際に使った100均で買ったもの。

言われてみれば、現代では使い捨てにしているようなものでも、この時代ではオーバースペックだものねぇ。


そうそう、龍馬に渡した

元は病室にこもりきりの患者のためにもう少し本格的なやつをポケットマネーで買ったんだけど、

『先生も動かして!』という願いに応えるために自主練用に買っていた品だ。

例の病の蔓延で忙しくて触っていなかったが、

知らないうちに免許が必要になったらしく、

慌ててスタッフに勉強させたり、それ専用のスタッフを1名雇ったりした。

そこまでしたのは、やはり外を観回れるっていうのは精神的に大きいと考えているから。

終末期だからこそ患者の笑顔があふれるようにしたかったんだ。


当初の目的とは違うが、悲しむ人間が減るために使ってくれるなら本望さ。



【武市半平太】

は?」

「まぁ、じゃのう。

 ちと下がってくれや。」

おいは知っちゅうが、門下生が龍馬に問う。


『ビィィィ---ン』


「「な、なんじゃ!」」

「ま、おもちゃじゃからこのぐらいの高さまでしかよう上がらんが、本物は比喩抜きに雲の上まで行くらしい。

 おまんら、これにどう対処するつもりじゃ?」


「刀や石を投げて…」

「おうおう、剛力じゃなぁ。おまんは鉄砲いらずじゃのぉ。

 いくつも攻めてくるっちゅうのに、何人おまんを用意せねばならん。」


「ゆ、弓や鉄砲で…」

「雲の上ぞ?当たるどころか見えんじゃろ。」


「操る者を…」

「目の付け所はええが、これに武器がついておらんとでも?

 本物はこれに鉄砲やら火薬、油樽やなんやら積んでおるんぞ。

 打ち下ろしの鉄砲は届くが、おまんらの弓や鉄砲は当たらん中、敵中突破なぞゾッとせんわ。」


「「…。」」


「龍馬、そこまでにしてやってくれ。」

まぁ、俺も今の門下生一同と同じようなものだったからなぁ。

これ以上言われては何をすればよいかわからんくなる。


「スマンスマン。

 これは姉貴から借りてきたちゅうての、

 これがじゃ。

 かなり先にはなるがの。

 これを得るには開国し外国からの多くの技術の導入があってこそという。

 もちろん日ノ本も負けてはおらん。

 負けてはおらんが、生き残りに必死という。」


「斯様な先の話であれば、別であろう!」

「隣の清はわかるか?

 英吉利にアヘン戦争戦争に負けたのは知っておろう?

 あの清が戦にて欧米列強に屈し、属国のような扱いになっておる。

 あの大国の清がじゃ。

 そして割譲された領土は200年近くたって返還されたちゅうぞ?」


「そ、それは取り返せばいいではないか!」

「取り返せるならの。

 取り返せずに条約が失効した200年後にようやっと返還されたんじゃと。

 亜米利加に不利な条約を突き付けられとるが、まだ日本はそこまで行っておらん。

 が、清と同じく跳ね返す国力もないのも事実。

 清よりマシだからこそ、有利な条件で国交を結び、技術を盗むんじゃ。」


「それは陛下のご意思に反することではないか!」


「反するのぉ。

 が、御身を慮るのであれば、諫めるというのも一つの忠節だとわしは思う。

 日ノ本だけの話ではなく、外ツ国が絡むのであればなおさらじゃ。

 なんならわしは上奏できるのであれば腹を切っても構わんとおもっちょるきの。」


「それならば我らも同じ想いをもっ…!!!」


「そこまで。

 こいつが言うと腹が立つが、言うことはいちいち尤もで余計に腹が立つ。

 が、元はその龍馬とも同じ想いであるっちゅうのだけはわかったか?

 龍馬、これでええんじゃろ?」


「おうよっ!」


「で、ここからが本題であろう?」


「おぅ…、熱くなりすぎて忘れかけちょった。」

「お前は…っ!」


「これまでは前座、ここからが真打よ。

 が、これまでの話がなくば語れん話じゃ。」

龍馬が身なりを整え、地面に膝をつき、額を地面につけて告げてきた。


「…っ、頼むっ!

 助けて欲しいっ!

 おんしらの力が必要じゃ!」

門下生一同はこれまでの態度と一変した龍馬の姿からの豹変と、

『助けて欲しい』という言葉の意味が分からずにポカンとしている。


「龍馬、それだけではわからん。

 説明をしてやってくれ。」



【坂本龍馬】

耳目を集めるためとはいえ、かなり煽りが過ぎてしまったのぉ…。

さて、おいの頭一つで収まっちくれればええが。

半平太に促されてどうにもならん地揺れが来ることを説明をする。


「そ、そがいな!」

「…、う、嘘だと言ってくれんか!?」

「先生は道場を建てたばかりではっ!?」

思い思いの言葉を発してくる。


「スマンの…。

 先のを見せたのは、お主らに信じてもらうためでの…。

 地揺れ自体はどうにもならんらしい。

 だから手伝うて欲しいっ!」

今一度深く頭を下げる。


「…先生。」

「「先生!」」


「皆、えぇな?」

「はいっ!」

半平太が皆を見つめ、総意として纏めてくれた。


「感謝するっ!」


「で、龍馬、具体的にどうする?」

「まずはおんしらと吉田様が話す場を設ける。」

「「それはっ!」」


「皆、待ってくれ。それは藩と一体となって動くためだな?」

「ほうじゃ。

 いくらおんしらが優秀とはいえ、数に限りがある。

 また、混乱したときに意思の疎通ができんとえらい目に合うで。

 そのために先の説明で、攘夷について認識を改める必要があったきの。

 今のおまんらなら話が通じるはずじゃ。」

半平太、いい援護じゃ。

だいぶ頭が柔ぉなったようじゃの。


「「だがっ…」」

「そういう奴もおらいの。

 そういう奴は姉貴の側で護衛をしてもらう。

 側で話をしておれば考え方が変わるじゃろうて。」

「姉貴?

 千鶴殿か?栄殿か?」

門下生の一人が問うてくる。


「乙女ねぇじゃ。

 若いからって油断するなよ?

 数十本試合って、おいは一本も取れず、半平太でやっと五分じゃ。」


「本当ですか、先生!?」

「間違ってはおらん。

 言っておくが、手を抜いたりはしておらんからの?」


「しかし、なぜにそれほどの御仁に護衛が必要なのか…」

「まぁ、代わりの居ない人だからの!」

「お主の恋煩いかっ!」


「違う違う!

 その知識、教養はこの時代ではなく先の

 しかも先の時代の医術もできると来たら…、

 良からぬ奴らが出てこんとは限らぬであろう?」


「まことか!」

「が、あんまり期待するなよ?

 しかもこの時代にないものが必要だったりするからの、

 できる範囲は限られちゅう。

 それでもその知識が欲しい人間は多かろうて。

 人選は任せるき、興味がある奴が護衛に着くのは構わんが、

 ある程度腕の立つ奴もついちくれよ?」

「「わかり申した。」」


「で、半平太、お主が代表で出てもらう。

 主な話は姉貴との話じゃが、その後お主が必要になるからの。

 で、吉田様との会談は明日じゃ」

「龍馬!また無茶苦茶を!」

おぉ、半平太も頭が柔ぉなったとはいえそこはさすがにキレるか。


「まぁのぉ…。昨日聞いたばかりじゃからの。

 お主の気持ちはわかるが、今から家に戻ってそこから姉貴の家に行き、明日の昼頃までに城まで戻ってくるおいの身にもなっちくれや…。」

「…っ、す、スマンかった。」

「お互い大変じゃなぁ…。」

半平太が哀れみの目で見てくる。

まっこと気が重いわ。


「っちゅうわけで、今から姉貴のところへ行くで、護衛するやつはついてこいや!」


半平太が同情するほどの道のりと聞いて、門下生一同、顔を見合わせる。

まぁ、元気な奴のほうが姉貴にあうじゃろう!

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