第47話 意気消沈

<1854年11月14日 朝>

【武市半平太】

朝早くの道場に所狭しと門下生が居並ぶ。

皆立派な顔立ちよ。


「夜に召集をかけ朝一番に来いと、わずかな時間で集まって感謝する。

 今日集まってもらったのは他でもない、龍馬に関することだ。」


門下生がざわつく。


「言い換えよう、龍馬が携わっておる大地震のことじゃ。」


「「なんと!」」

「「斯様なことがっ!?」」

「「予知できるのですかっ!?」」


「静まれっ!まずは一度ここで賛否を問う。皆、目を瞑れ。

 藩、および龍馬と共に地揺れ対策に動いてもよいというものは手を挙げよ。」

片手で足りるか足りないか程度か…。

ったく、誰に似たんだか。


「手を下ろせ。

 あい分かった。

 ここからは自由に意見を言っても構わんぞ。」

瞑目したとはいえ、挙手の動作はわかるもの。

乙女殿からの提案というか指示は、いったん自由にしゃべらせよと。


「先生!家老の吉田の進めようという藩政改革はあまりに苛烈!

 すでに何名かが被害を被っております!」

「また、攘夷の波に遅れておる始末。我らとは到底相容れぬかと!」

あぁあぁあぁ。

そろいも揃ってで聞いたことばかり、

いやどこぞで聞いたこと言いやせん。

『お前の頭は鳥頭か』とまで言いたくなるわ。

一歩引いて見るだけでこうも違うもんか…。


「吉田公は、元は攘夷の意思を示しつつ、開国せざるをえないと言うて日和っておる様子!」

「南蛮貿易で私腹を肥やして居るとも聞きますぞ!」

「それゆえ我らは吉田公と坂本家との繋がりをっ…」


「じゃと、龍馬。」

頭を抱え、道場入口にいるであろう龍馬を呼び寄せる。

すると皆がギラついた眼のまま道場入口を見つめる。


「おうっ、半平太!

 あの件は手打ちにしたはずじゃが?

 この道場の雰囲気はどがいした?」

門下生の一部が青い顔をしておる。


「すまんな。そういうことらしい。

 現実とを見せてくれや。」


「まぁ、それは覚悟しとったきの。」

ズカズカと道場に龍馬が上がりこむ。


「何度も言うがの、栄ねぇとあやつと離縁させてくれてのは良かったと思うちょる。

 そこに何の思いはなかぞ?

 が、のう。

 さっきから聞いておれば「という」、「と聞いた」と言うばかりじゃの?

 おまんらの耳は飾りか?」

「何をっ!?」

龍馬が煽り、門下生たちの耳目を集める。

が、あまり煽り過ぎるなよ。


「自分で直接聞いてこいと言うちょるだけやで?

 自分で聞いたことではないと自分で言うちょったやないか。

 何をそんなに怒っておる。」

「「…。」」


「で、おまんらの言うことじゃがの、。」

「「???」」


「まずは『南蛮貿易』についてじゃ。

 これは幕府より調査をせよと賜った品のうち、調査が終わったものを売っておられる。それは幕府より許可を賜りしものであるが、文句はあるか?」

「「…。」」


「で、売り先には確かにうちが関わっちょる。

 確かに相場より高こぉ買うておるが、それはおいの江戸行きの推薦を頂いたことに対する謝礼じゃ。それが『私腹を肥やす』と見えるのならばそうよの。」

「…、ならばその金はっ!」


「焦るなち。吉田様は利益どころか、うちからの売上すべてを藩に献上しておる。」

「そのようなことをしておれば生活ができぬであろう!」


「はぁ~っ。

 吉田様は幕府の参政もされてきたんぞ…。

 お年を理由に一度は引退したのを容堂様が迎えておる。

 今も、藩の為、国の為と必死で動いておろうが!

 そりゃぁ、おまんらみたいな奴らがいる以上、全員が賛成するわけにもいかんだろうから、それこそ命を懸けんばかりよ。

 ここで管巻いとるお前たちと違おて覚悟を持って働いておる人間が、俸禄を多くもらえて何がおかしい?

 おいっ、そこの!」

「は、はい?」


「おう、

 『お前に藩政まかすき、自由にせい。が、おまんの責任ぞ?』

 っち言われたらどうするか?」

「そ、尊王攘夷を進めるべく、藩の改革を…」

「そもそも改革に反対なのがおぬしらじゃなかったか?

 そこを置いておいても、その間に諸外国が攻めてきて、日ノ本が火の海になるかもしれんちゅうにか?」

「…っ。」

「急いで改革しようとして反対する『開国派』に妻子や家族を狙われてもか?」

「…っ、できませぬ。」


「…。

 厳しい言い方をしてすまんかったの。

 『もしも』の話ではあるが、

 『尊王攘夷』と『開国』、

 『おまんら』と『吉田様』、

 入れ替えればわかりやすかろ?」

「「…。」」

ここまで論立てて話されると、ぐうの音も出んわな。



「おうおぅ、がいに暗い顔すんなや!

 別においは『尊王』も『攘夷』も否定しておりゃあせんぞ?」

「「???」」


「その顔は、まことにわかっとらん様子じゃの…。

 半平太、きさん、どげな教育しとっつや。」


「思想教育なぞしておらん!

 わぁにできるのは剣術しかないっちいうのはお主が一番わかっておろう!」


「…、そやったの。

 『尊王』はみんなわかっちゅうで省くが、なぜ攘夷が必要なんじゃ?

 誰ぞ答えられるか?」


「日ノ本、および天皇おおきみ陛下が異教徒に穢されんためじゃ!」

「「ほうじゃほうじゃ!」」


「そうじゃのぉ。

 が、どがいして守る?」

「我らが刃となりて…」

「あぁ~あぁ~。がいな精神論はいらんぞ。

 黒船の大砲・鉄砲にどがいして立ち向かうとや?」

「黒船の大砲はわが方より射程が短いと聞きます!

 砲台から打てば撃滅できるかと!」


「さすがは半平太の弟子じゃのぉ…。」

「茶化すな、龍馬。

 聞いていて頭が痛いのはわしもじゃ。」


「おまんがわかっとけばええ。

 で、その大砲はどこに置くかの?」

「此度指定された開港予定地を中心に、沿岸部へ…」

「おまん、その金出せるのか?」

「は?」

「いくらかかるか分かって言うちょるんやろうな?」

「…。」

「足らん部分を狙って黒船は来るで。

 で、大砲揃えとるうちに黒船は新しい砲を持ってくる。

 せっかく据え付けた大砲も全部とっかえじゃ。」

「…。」



「えぇか?

 もう一度言うが、わしはどちらかと言えば『攘夷』方じゃ。

 江戸にて見かけたペルリの態度はわしですら気に食わん!

 がいなやつ日ノ本に入れちゅうなかっ!

 それは皆も聞いておろう。

 が、『攘夷』を為すにはあまりに地力が違うことも確かじゃ。

 そのための『開国』よ。

 兵法にもあろうが。

 『敵を知り己を知れば百戦してあやうからず』

 奴らは日本を徹底的に研究してきておる。

 で、おまんらはどうじゃ?

 学ぶどころか、『と聞いた』『という』ばかりじゃ。

 口惜しかろうが、奴らから学ばねばいかん。

 学び、追い抜かねばならんのじゃ。」

「「…。」」


「されど!日ノ本の民であればすぐに追いつける!」

「追いついたころには相手も先に行っとるで?」

「その時は我々が討ち死に覚悟で攻め入れば…っ!」


「半平太、あれはどうした?」

「おう、桶を持ってこい!」

「スマンが説明しちくれるか?」

「ここにあるのはある人間から預かった包丁と、

 うちから出した包丁を等しくに一晩つけたものだ!

 皆に番をさせ、わしですら触っておらんよの?」

「「はっ、間違いなく!」」

布巾ふきんをとってみぃや。」

「「錆びてないっ!?」」

「おう、錆びとらんぞ。これで刀を作ってみ?

 相手はいくら切ってもさびない刀ができるで。

 だれぞ、こがいなもん作れる奴を知っとるか?」

「「…。」」


「次じゃ。

 これを膨らます。で、口を縛り、手を放す。」

風船が飛んでいき道場の天井に付く。

「これに火薬つけたらどがいになるかのぉ?」

「「…。」」

「う、うちわであおげば…」



をみてそれを言えるか?」


龍馬が乙女殿から借り受けたを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る