第45話 焼き入れ
<1854年11月12日 夜>
【坂本龍馬】
まっこと、おっとろしぃのぉ…。
あの半平太が栄ねぇが来たこともおぼつかずに布団に寝入ってしもうた。
夕餉なんぞ、口からこぼれちょったで。
姉貴は手加減っちゅうもんを知らんのか…。
傍目で見とっても半平太がかわいそうになってきたで。
言うとることがわしも思っとる正論なんじゃが、あそこまで畳みかけんでもよかろうに…。
姉貴だけには逆らったらいけんのぉ。
が、あの紙じゃない風船、どがんなちゅうのやら!
そのあとのあれもそうじゃ!
まだまだ姉貴は面白いもん隠しちょるんやろうのぉ!
【楠瀬乙女】
意外と打たれ弱いんだねぇ…。
まぁ、津波の映像なんか私だって何度も見たいものじゃない。
栄さんに肩を抱かれて布団に入る姿は、剣術師範なのかと疑いたくなるよ。
龍馬に聞けば、その栄さんの離縁のきっかけになったのが半平太の門下生というからねぇ…。
本人にもあずかり知らぬことだったというし、栄さんには黙っておこうか。
『硬すぎる鉄はもろい』ともいう。
それが転じて『焼きが回る』という語源になっている。
あの意志の強さは立派だが、史実通り動けば碌なことにならない。
ただ、今は門下生の力はどうしても欲しい。
ほかにも『焼き戻し』が必要かね…。
<1854年11月13日 朝>
【武市半平太】
「ここはっ…?」
うちの道場ではないな…。
なんぞ知らんもんがいっぱいある。
「…半平太さん、起きられましたか?」
…ん?
この声は…。
「朝餉の用意ができております。」
布団から飛び出る。
そこにあったのは栄さんの姿。
「はっはっはっ!
間違いは起こっとらんき、安心せいっ!」
~っ、こやつもおったな…。
が、なぜに栄さんが…?
…徐々に昨晩のことが思い起こされる。
「!
龍馬!
昨晩のことはっ!?」
「ん?
栄ねぇとの間違いはなかったが、それ以外は現実よ!」
…余計な一言がなければの…。
が、あれは本当だったようだな。
「起きたかい?
もう一度説明した方がいいかね?」
「いえ、不要にございます。」
「ならよかった。
改めてお願いをさせてもらうからね。
まずは朝食だ。
せっかく栄さんが作ってくれたんだ、冷める前に頂こうか?」
そうだな…。
最後は食った気がせなんだしの…。
【楠瀬乙女】
昨晩のはだいぶ効いていたようだね。
忘れられたらどうしようかと思ったよ。
栄さんがこちらの朝食を片付け、八平さんのところに向かった。
「さて、改めてのお願いだ。
少しばかりあんたとその門下生の手を借りたい。」
土佐勤皇等の筆頭になったその腕と人望は是が非でも欲しい。
「しかし、栄さんの件もございます。
一部は私の手に余る者もいるかと…」
「心配するな!姉貴が何とかするで!のぉっ!?」
龍馬が勝手に答えるが、まぁ、そこらへんは許容範囲内。
「ったく…。
まぁ、そうさね。
手を借りる以上、それぐらいはするさ。」
「が、我らは武によりて集いし者でもあります。
その、こう言うては何ですが…」
「…姉貴の腕が足らんと?」
龍馬が目を光らせる。
まぁ、手も足も出なかった相手を貶めるような発言は受け入れられないわな。
「そう目くじらを立てるな!
斯様に若くて美しい人間、己が武を持ってやり込めんと思う人間は出てくるであろうが!」
「…そんな、若くて、美しいだなんて…」
半平太、評点いっこあげるよ。
「…、姉貴?
がいな問題では無かろうに…。」
「文句あんのかいっ!?」
若くて、美しいのは間違いなかろうがっ!
「ないないっ!
だからの、半平太と一手合わせてみたらよかろう?」
「「ん?」」
「あぁ、半平太には言っておらんかったの。
姉貴はわしと数十本合わせておいて、わしが一本も取れんかった相手じゃきぃの。」
「はぁっ!?」
半平太が驚いているが、言ってなかったのかい?
【楠瀬乙女】
はぁっ…。
坂本家の血筋は闘争にまみれているのかね…。
とはいえ、相手は龍馬より格上との伝承がある半平太。
申し訳ないが、双方防具をつけて試合をすることになった。
…っ!
性格通り実直な剣筋!
が、その力強さゆえにかわすのも一苦労!
龍馬、こんな相手を用意してくるなんてっ、恨むよっ!
【武市半平太】
っ!
当たらん!
当てたと思うたらいなされるっ!
見た目は若いが、なんと老獪な太刀裁きかっ!
龍馬が言うほどのことはあるぞっ!
【坂本龍馬】
いやぁ~、ほんに凄かな。
半平太も腕を上げちゅう。
が、姉貴もすごか!
とったのは半々か?
頃合いを見計らって互いに礼をする。
互いに息があがっちゅうが、晴れ晴れとした様子。
懸念はなかごたんな。
【武市半平太】
「これで満足かいっ!?
こっちはこれ以上は勘弁してほしいんだがね!」
「こちらもです!
お手合わせありがとうございますっ!」
乙女殿が言うが…、勘弁してほしいのはこっちの方だ。
終盤は老獪な太刀筋に翻弄され、いいように転がされておった。
幼いころに千鶴殿に転がされておった記憶が蘇ってきたわ。
「で、門下生を躾けるのに十分かね?」
「えぇ、問題なく。」
うちの門下生じゃ歯が立たんだろうな…。
「一度道場に戻り、話をしてまいります。
そこで聞かぬのなら、ここへ送らせていただこうかと。」
「あぁ、それぐらいならお安い御用さ。
そりが合わないだろうが、龍馬の手助けをしてやってくれ。」
「まぁ、そこはこいつ次第です。」
「おいは聞き分けよかぞっ!」
聞き分けがよい!?
例えよくとも面倒な性格をしておろうがっ!
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