第40話 人事天命

<1854年11月11日 昼前>

【坂本権平】

皆が商いに行った。

『今回は多少安くても売り、多少高くても買う』

様にさせた。

参加券を配布して、できるだけ人を集めるためだ。

また、食料を買い集めることで、地揺れ後の炊き出しに回すこともできる。


「さて、龍馬。お前には別途頼みたいことがある。」

「領主様への手紙じゃろ?」

皆の手伝いをしていた龍馬を呼び出し、向き直った。

さすが龍馬、平時には剛毅にしておるが、頭の周りは早い。


「そうだ。手紙にしたためてはいるものの、できれば直接お会いしたい。

伝手はあるか?」


「まぁ、あるにはあるがのぉ。

 御家老とは面識がある故、話はできようが、

 江戸に行く際に後押しをしてもらった借りがあるき…、

 借りを増やすのものぉ…。

 しかも、今の藩政にこがいな火種をぶち込まねばいかんとは…。」


「お前でも頭が痛くなるほどか?」

「まぁのぉ…。腹くくって行ってくるか!」

あの龍馬が珍しい。

とはいえ、話が通じてくれんことには、これ以上のことはできぬからの。



<1854年11月11日 昼下り>

【吉田東洋】

この書状…。

信じるしかないか…。


手元は藩主 山内容堂様より預りしもの。

『お主も一読せよ』と賜ったのだが…。

手紙は津藩 藩主 藤堂高猷様からのもの。


内容は、

『先の伊賀地震、予知をする者あり。

 若い女子であったが、派遣した藤堂平助をはじめ、

 地元の庄屋と協力して被害の低減に努めた。

 地震後に彼女を異端者として迫害するものがおったために、

 津藩より逃げてしまった。

 彼女の話を聞いたものの中には、

 駿府・紀伊・土佐を襲う地揺れがあると聞いたものがいる。

 備えをするとともに、もしそちらに現れることがあれば、

 虚無僧共は捕まえた故に、戻ってきてほしいと伝えてもらいたい。』

とあった。


津藩主 藤堂高猷様からの書状とはいえ、これだけでは信じることはできなかったのだが…、

数日前に個人的に誼のある斎藤拙堂殿からも同じ手紙が届いておったことを考えると、捨ておけん。


とはいえ、地揺れについては日付も記載されておらぬゆえ、どう対処すべきか…。



「ちちうえっ!ちちうえっ!」

正春か。

何用であろうか?誰ぞ来たのか?


「ちちうえ!

 りょうまどのがしょじょうをもっておいでです!

 かきゅうのけんともうしておられました!」


3歳とはいえ、よく応対してくれるものよ。

が、火急の件とは穏やかではない。

しかも龍馬がだ。


「よく伝えてくれた。

 奥へ通しておくれ。」


「はいっ!」



【坂本龍馬】

…うぅむ…。

兄上の書状を持ってまいったが…。

会うてくれるかの?


あれは…、ご子息の正春殿か。

一つ正春殿に頼んでみるか。

吉田様がいらっしゃれば、正春殿の頼みであれば合うてくれるだろう。



【古田東洋】

「お主と顔を合わせるのは江戸遊学の願いを聞いた時以来であるか?」


「はっ。

 あの時は推薦を頂き誠に感謝しております。

 江戸にて学んできたこと、藩に還元する所存。」


普段の剛毅な口調から一転してこの口調とは…。

不慣れを通り越して気持ちが悪い。


「…。

 堅苦しい言葉遣いは止めい。

 お主も柄じゃなかろうに。

 おぞけがするわ。」


「…っ、はっはっはつ!

 さっすが吉田様!話が分かる!」


「…っ~。

 して、此度はいかがした?」


ちょいと許してやればこの始末。

相変わらず懐に入るのが上手い。



「なんとまぁ。

 吉田様のことですき、

 よほど腹にすえかねたことだったんでしょうな!

 まぁ、そちらはまた聞くとして、

 本題は地揺れにございます。」


…!

こやつ、わしの動静を見ておったのではなかろうな?

あまりにも時宜を得すぎておる。


「…。もう少し詳しく話せ。」


「はっ。

 事の起こりは数日前、山に異変ありと行ってみたら、

 立派な道場と診療所が出来ちょったんですわ。

 主は女子で、自分と数手手合わせをしたんじゃが、一本も取れんかった。」


「江戸で修行をしてきた小栗流中伝のお主がか?女子ということで遠慮していたのではないか?」


「無かったとは言えんがの、

 1本目途中からそのようなことを考える余裕もなくなってしもた。

 で、数十本して、一勝も得られんかったっちゅう有様じゃ。」


「なんと…。」


「で、本題はここからじゃ。

 姉貴がいうに近いうちに地震が起こると言う。

 地揺れのことらしいが、これまでにないくらいっちゅうことじゃ。

 一人では手に余るっちゅうことで、吉田様にも手伝ってほしい。

 一度藩主様と話がしたいんじゃ。」


「その女子は以前津にいたことがあったりせぬか?」


武道を嗜んでおったかは分からんが、

あまりに殿や、斎藤拙堂殿の手紙の状況と酷似しておる。


「?

 いんや?

 がいなこと聞いちょらんですが?」


「そう、…か。

 あいわかった。

 本人には会えるか?

 話がしたい。」


「治療があるで、いつになるかわからんが?」


「構わん。できるだけ急いでくれればいい。

 場所は後から家に伝えよう。」


「はっ。分かり申した。」


本来はわしが吟味してから殿へ上奏するべき案件だが、

拙堂殿の文にあった津でのことのように、地揺れまで猶予がなければまずい。

直接殿との面会も考えねばな。



【坂本龍馬】

正春殿の言伝は上手くいったようじゃ。

吉田様には、この数日の姉貴との日々をありのまま伝えたつもりじゃが、

あまりに飲み込みが早ようないか?


まぁ、助かったからえぇか!


あとは…、ここまで来たんやき、にも声をかけるか。



【吉田東洋】

噂をすればなんとやら…。

藤堂様のおっしゃる女子かは分からんが、似たような話が舞い込んできた。

それを除いても、地揺れとはおだやかじゃない。


藩主様と相談だな。

ここは甥の象二郎に行ってもらうか。


「象二郎はいるか!?」

「はっ、ここに。」


「これを藩主様に届けてもらいたい。

 火急の件であると添えてな。

 『例のおなごに関するかもしれない』とも付け加えてくれ。

 少ししたらわしも参る。」

「はっ。」


さて、拙堂殿の文はどこにやったか?

あの時は与太話と思ってどこぞにやってしもうたからの。


藩主様がどう動くか…。

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