第37話 確定診断
<1854年11月9日 朝>
【楠瀬乙女】
さて、朝食を片付け人心地着いてから、今日の予定を話す。
「さて、今日はまず八平さんの確定診断。
確定したら治療に移る。
…とはいっても服薬治療になるんだけどね。
咳がある中飲みにくいとは思うけど、慣れてもらうしかない。
で、その後だね。
看病に1人は残ってほしい。
あとは各々やることがあるだろうから、診断後は帰ってもらって構わないよ。」
「わぁが残るぞ!」
「龍馬っ!」
「あんたじゃ父上のことほっぽり出しちまうだろ!」
龍馬が答えたのだが、戻ってきてほしい権平さんと、龍馬の性格を知る千鶴さんが反対をする。
「私が残りますよ。」
「ダメだ!家に太郎を置いてきておるだろう!」
千鶴さんが立候補するが、子供と離れ離れは良くない。
「私が残ります。昨晩も介護しておりましたので。」
栄さんが立候補する。
どこかの倶楽部のオチじゃないが、うん、妥当。
妥当だけど、やらされじゃないよね?
「仕方なくやるわけじゃないよね?」
「はい…。
此度は父の病を聞き付けて帰省したのですが、
労咳というのを口実に夫から家に帰るなと言われておりまして、
途方に暮れていたのです。
父上に孝行したい気持ちは間違いありませんが、
そのような事情故、置いていただけると助かるのです。」
「…。
誰だ、そのスカポンタンは?
そんな奴こっちから縁切ってしまいな!」
「お、乙女殿…、」
「姉貴がキレたで!」
「龍馬!なんで斬ってこないのさ!」
「がいな奴、斬るにも値せんきの!
『攘夷』『攘夷』言うだけで、ひとっつも外国のことを知りぁせん。
挙句にゃご家老に反旗を翻しちゅうような奴らのいい駒になっちょるようでの、
ご家老につながりがある我が家との関係を断つよう言われただけじゃろて。」
権平さんがたしなめてくれる横で、龍馬がケラケラと笑うが、
その理由を聞いてさらに怒りがこみ上げる。
なんぞの活動家ではないが、あまりに理不尽な扱い!
女は政治の駒なんかじゃない!
んな愛情のない夫婦関係だったのなら、終わらせて正解だよ。
栄さんも精神的に疲れているだろう。
ここで八平さんの看護をするのは、栄さんにとってもいいはずだしね。
看護をすることに決まった栄さんと一緒に、八平さんの元へ行く。
「改めまして、こんにちは。
医師の楠瀬乙女と申します。
数奇な縁で龍馬さんと知り合い、八平さんの診察・治療をさせていただくことになりました。
女ということで不安かもしれませんが、
たくさんの症例を見てきていますので安心してください。」
「よろしくお願いいたします。」
「聞き取りは先日しましたので、まずは聴診を。
胸を出してください。
…。
いいですよ。
次は別室で写真を撮りますからね。」
「写真!?魂が抜かれるというあれですか!?」
っと、栄さんが食って掛かってきた。
そうだ、この時代の「写真」は
『魂を抜いて紙に焼き付ける』
っていう迷信があって、
それにもかかわらず写真に写った龍馬は奇特の目で見られていたんだった。
レントゲンを詳しく説明するとヤバいと思って、
とっさに出た単語もヤバかったとは、ミスったな。
「はいはい、あれは迷信。
私の時代は自分に向けてカメラを写すぐらいなんだから大丈夫。
はい、移動!」
レントゲンはぼかして答えておく。
頭に?が付いたような納得がいかない栄さん。
うやむやなうちに移動する。
あれやこれやと操作しながら、診察台に八平さんを乗っけて焦点を合わせる。
まぁ、これでなんとかなるか。
栄さんを連れてレントゲン室の外にでて、シャッターを操作し、
保険のために数枚撮影する。
で、これをこうするんだっけ?
現像の手間がないのは助かるなぁ…。
「あ、一回病室に戻っていいですよ。
栄さん、ご飯も食べてもらっていいから。
終わったら呼びに行くから。」
【坂本八平】
疾風怒濤とは斯様なことを言うのか…。
挨拶を済ませたと思いきやテキパキと何やら調べられ、
得体のしれないからくりの前に寝かされてなんぞしたかと思えば、
部屋に帰ってよいとのこと。
イマイチ納得はいかんが、やっと朝飯だ。
少しゆっくりしよう。
【栄】
父上を連れて戻ってきました。
『写真を撮る』と言われた時は冷や汗が出ましたが、問題はないとのことでした。
父上にこれまでのあらましを説明しつつ、
道場から持ってきた急須と湯のみで、私も一服つきましょう。
ん。いい茶葉ですね…。
【楠瀬乙女】
さて、現像はできたが、比較写真がない。
開院前だから、サーバーにもないんだよ。
ネットから適切なレントゲン写真を持ってきてもいいんだけど、
私のつたない撮影技術と比較すると、何が何だか分からなくなりそうだった。
で、自分の胸部レントゲン写真を撮ってみた。
脱がなきゃいけないし、なかなかうまく撮れなくて時間がかかったが、
まぁ、我ながらいい感じのが撮れた。
被ばくは怖いが、その分撮影技術が上がったのはもうけもんだが、
医者のリクエストに応えて適切な写真を撮ってくれる技師っていうのは偉大なんだと改めて痛感した。
とりあえず、私も月間被ばく量は超えてないから、大丈夫なはずだ。
あとはあれを取りに行って、その後告知だね。
【坂本八平】
信じられん。
その一言に尽きる。
栄より話を聞いたが、権平をはじめ皆が納得せざるを得ないとのこと。
そして、西洋かぶれの龍馬が懐くほどとは…。
まぁ実際にその場におらんでも、この真っ白な診療所を見れば異様であることがわかる。
『ちょうしん』といって使っておったのは、うわさに聞く『聴診器』であろう。
書物で見ておったが、数年前に阿蘭陀の医師が伝えたばかりの物を持っておるとは。
医師としての腕もあるのであろう。
呼ばれて『診察室』へ向かう。
壁に手すりがついており、栄に支えられることなく移動ができる。
どちらにせよ死病とされる労咳、治るというなら素直に従おう。
【楠瀬乙女】
「分かっているとは思うけど、八平さんは労咳、私の時代で言う結核で間違いないね。」
レントゲン写真を液晶に映し出し、私のものと比較する。
見た目が映る写真とは違って、切開したような写真に栄さんが悲鳴を上げかけるが、
「実際に父上を切ったわけじゃない!詳しい説明は後っ!父上の病状が先だろっ!」
と言って無理矢理黙らせた。
私の写真は『健康な女性の例』として示す。
レントゲンとはいえ、女性らしさが映るからね。
映る影を示して、これが病巣だと説明する。
八平さんは医術書を読んだことをあるそうで、思ったよりすんなり理解してくれた。
「…、そう、ですか。」
「そんなに深刻に考えない!
私の時代では薬を開発され、ほとんど流行しない病になったんだから。」
落ち込む栄さんへ希望を示す。
そう。結核は根絶はできていないけど、ほとんど抑え込めている病気だ
「ほ、本当ですかっ!?
薬はあるのですか!?」
「はいはい、栄さん落ち着いて。
あるよ。本当にたまたまだけど。
だから、追加はない。
だから、拡散は避けねばならないんだ。
栄さんはここにくぎ付けになるってことだけど、大丈夫かい?」
「それぐらいっ!」
栄さんは涙目ながら強い意志を込めた目で見返してくれる。
「わかった。これが特効薬。
けど、ちゃんと決まった時間に飲まないとダメだよ。
治ったと思っても、病気の種を持っているようなもんだから、
私の指示に従うこと。
八平さんにとっては飲みにくいかもしれないけど、
子供たち、孫に感染させないためと思って慣れてほしい。」
「あい分かった。」
「はい…。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます