第36話 申し開き


<1854年11月8日 夕刻>

【坂本権平】

風呂も入ってやっと人心地着いたころ、夕餉になった。

上下ともにたった一枚の服ではあるが、非常に暖かく、湯冷めしない。


道場に長い机を出され、そこに次々と食事が運ばれる。

珍しい膳だと思いながらも、出された座布団に座った。

我が家にあるものとは違い、非常にやわらかく肌触りが良い。

踏んで滑りそうになったわ。


そもそも胃の中をひっくり返した後ではあまり食欲がわかなかったが、

出された白米を見て驚いた。

粒は立ち、輝かんばかりの艶。

乙女殿は料理もできるのか。


そして出された茶。

麦茶ではあろうが、よく冷えておる。

湯呑に水滴がつくほどであるが、それを入れておる容器よ。

曇りなき透明なガラス。



乙女殿から父上の様子を聞き、移動による疲労があることから、

診察は明日に延期になった。


さて、次は我々が聞きたいことだな…。



【栄】

「いろいろと良くしていただき、ありがとうございます。

 父についても明日見ていただけるとのことで、感謝のしようもございません。」


「いいんだよ。

 自己満足な部分が大いにあったせいで、道中は苦労を掛けちまったし。

 な、権平さん?」

乙女さんが兄上のほうをみて、ニヤリと笑う。


「は、はい。情けない姿を見せてしまいましたな…。

 しかし、あれは一体?」

「そうじゃ!姉貴!

 あがいなもんがあるなら、最初から使こぉてくれてよかったがに。」

龍馬が目を輝かせておりますが、たしかにあれは何だったのでしょうか?


「…。

 あれはっていうんだ。

 今風に言うなら、馬車や人足がいらない乗り物ってところさ。

 で、なんで最初から出さなかったかって言ったら、やつがいるからさ。」

「そりゃそうじゃ!がいなもん出されたら黙っちゃおられんぜ!!」

乙女さんが言い出しづらそうに説明した後、龍馬の方に視線をやると

龍馬が興奮したまま答える。


なんだよ。

 あれはもっと先の未来の乗り物さ。」


「「未来の乗り物?」」


「そう。私が来たのは200年ほど先の未来だと言ったら…、

 信じてくれるかね?」

一瞬、静寂が拡がるが、それを打ち破ったのはうちの元気印だ。


「わぁは信じるぜ!

 昨日、姉貴が出してくれた数々の品!

 そしてこの分からんもんが詰まっちゅう道場と診療所!

 象山先生のところでも見聞きすらしたことないものばかりじゃきぃの!」


「…そう、そうよね。

 にわかに信じることはできない話だけど、

 これまでのモノを見せられると信じざるを得ないわね…。」

「確かにあの品々は見たことがありませんな…。

 緻密な細工の数々、言われてみればこの時代の誰もが作れぬものか…。」

姉上も兄上も信じざるを得ない様子だ。



「ですが、なぜ、なぜ斯様な時代に、斯様な場所に来られたのですか?」

そこがわからない。

意を決して聞いてみる。


「…。そこなんだよね…。

 実は、この時代に来た時に神様らしきものに会ったんだ。

 『これから何日か後に地震が起きるから、助けてくれ』って。

 一人でどれだけのことができるかわからなくて悩んでた時に、

 が来たわけさ。」


乙女さんがとした目をする龍馬を見つめていた。




【千鶴】

「『取出し』!」

乙女さんが唱えると、手のひらから物が出てきた。

私達の着物だ。


「『収納』!」

乙女さんが触れていた私の髪飾りが消える。


「これが神様からもらった力。

 …信じてもらえるかね?」


「なんともまぁ…」

「これは…」

「凄かのぉっ!」

一人おかしなのを除いて、皆飲み込めない状況を無理矢理飲み込む。

神様の存在を信じるしかない。


「あい分かり申した。

 父上の件もある故、少しお時間を頂戴いたしたい。」

「そうだよね。その反応が正しいと思うよ。

 喜ぶのは間違ってるわな。」

言葉にならない中、兄上が申し出てくれたが、それは私も同じだ。


「とりあえず、まずは八平さんの看病についてだ。

 誰が担当する?できればコロコロ変えたくないんだが…。」


「私がします!」

栄が手を挙げた。

が、気の弱いこの子が声を張るなんて…。


「こっちにきてすぐに龍馬と出会ったせいで、私も能力のことが分かっていないんだ。

 そっちを検証する時間が欲しいし、地震対策も含めて、わたしは付きっきりにはなれない。

 ある程度対策ができるとはいえ、怖くないの?」


「はい。行くところがなくて帰省しておりました。

 せめて親孝行だけでもさせてください。」


「…、なんか事情があるようだけど、まぁいいか。

 栄さんは病室隣の部屋を使ってもらおうか。

 他は道場で雑魚寝で申し訳ないけど、あそこにある布団を使って。

 龍馬、先日使っただろ?説明してあげて。」

「はいっ!」


「申し訳ないけど、私は自室で休ませてもらうよ。

 移動と龍馬の相手で疲れちまったようでね。」

「ならば、私が朝食の用意をいたしましょうか?」


「…ん~。お願いしようか。

 ここまで来たなら隠したって無駄だしね。」


「これが冷蔵庫。中にあるものは勝手に使ってもらって構わない。

 酒はあるにはあるんだが、ちょっと自重してくれ。

 八平さんのこともあるからね。

 火は…ないから、これが調理器具。

 鍋をここの上において、これを押すと熱くなる。

 鍋を置いてから操作するんだよ?

 火を使っちゃいないが、揚げ物ができるぐらいには熱くなるからね。」

「おぉ~便利じゃ!」

説明を受けてはいるが、見たことないものばかりに圧倒されていると

横から龍馬がひょこっと顔を出してきた。


「龍馬っ!勝手にいじらないのよ!?」

「ちづねぇ、分かっとるきぃ!」

「ま、扱えるなら龍馬が操作してもいいよ。乱暴に扱わないように。」

そういって乙女さんは噛み殺せないあくびに手を当てた。


「それじゃ、栄さんを案内するかね。

 そのまま私はゆっくりさせてもらうよ。」

乙女さんはそう言って栄を連れて行った。




【楠瀬乙女】

「…疲れたっ。」

昨晩は簡易診察をしたせいであまり眠れていなかった中、

半日行軍して色々説明したことでどっと疲れた。


明日はお父さん、八平さんの診察がある。

レントゲンは本来技師が扱わなきゃいけないだろうけど、

まぁ何とかなると思う。


とはいえ、地震の対策が全く進んでいないのはいただけない。

商家としても成功している坂本一家に協力してもらえると助かるんだが…。



【坂本権平】

「…千鶴、起きておるか?」

「はい…。」

明かりを消した道場の布団の中から、千鶴に声をかける。

龍馬は気持ちよさそうにいびきまでかいておる。


「…どう思う?」

「…とは…?」


「乙女殿のことだ。信用してよいものか…。」

「兄上も見たでしょう?信じざるを得ないかと…。」


「奇術やまやかしかもしれん。」

「なら質としてあれだけの品を我が家に置いてきたりしますまい。

 『帰って品を見れば、葉っぱだった』などよりよっぽど信じれます。」


「そうだが…。」

「もう少しお話を伺ってからでもいいのでは?

 父上の件もございます、それからでも遅くはないかと。」


「…、そう、だな。

 色々ありすぎて疲れてしまったの。

 まずは寝るか。」

「おやすみなさいませ。」




<1854年11月9日 朝>

【楠瀬乙女】

良く寝た。

程よい疲れは快眠の元だが、昨日みたいに色々あったら泥眠してしまう。


病室の隣の部屋の栄さんを見るが、まだ寝ている様子。

女性にはきつい道のりだったからね。


んで、道場に行けば誰もいない。

裏から龍馬のはしゃぐ声が聞こえる。

あぁ、水浴びかな?

身体を清潔にしろとか風呂に入れとはいったが、この気候で水浴びをしろとは言っていない。

本当に『○○は風邪をひかない』のかね?


まぁ、ちょうどいい。

精神統一に少し型でもするかね?

道着に着替えるのは面倒だし、洋服で失礼。



【千鶴】

きれいな型だ。


炊事場で朝食を作っていると物音が聞こえてきた。

ちらっと覗くだけだったが、ついつい目を奪われてしまった。


「きれいですね…」

つい口に出てしまった。


「そうかい?

 途中であきらめちまったが、昔取った杵柄ってところさね。」

乙女さんがこちらに気付いて手ぬぐいを取り、汗を拭きつつ答えてくれた。

お若いのに諦めてしまったのか…。


「あとで私もご一緒しても?」

「診察の後でならいつでも。

 あぁ、龍馬ほどしつこくなければね?」

そう言って、「栄さんを起こしてくる」と診療所の方へ戻っていった。



【楠瀬乙女】

千鶴さんに冗談交じりであぁ言ったものの、龍馬の姿がちらつく。

あそこまで絡まれやしないかと背筋に悪寒を感じつつ栄さんを連れて道場に戻る。



「おぉっ!ちゃんとした朝食!」

龍馬が長机を出してくれたようで、食事が並んでいる。

自分としては買ってなかったつもりでも、調理してもらえばちゃんとした朝食になる。

決して惣菜に逃げていたわけじゃないよ?

作った千鶴さんは謙遜も自慢もできない微妙な笑顔をこちらに向けている。


「いただきます!」

白米は新たに炊いた。

炊飯器の存在に千鶴さんが目を丸くしていた。


ほうれん草が入っただし巻き卵とはやりおる…。

意外と手が込むが、炊飯器といい、だしの素といい、未来の調理器具があったおかげで、

「私は何もしてませんよ。」

と千鶴さんが謙遜していた。


「「ごちそうさまでした!」」

「お粗末様でした。

 ごはんの残りはおにぎりにしていいですか?」

「構わないよ。よろしくね。

 栄さんはあとで八平さんに食事を持って行ってくれる?

 あぁ、申し訳ないけど食事は診察の後にするから、

 栄さんの部屋に置いておいて。

 まぁ、ほっとかれて心配だろうからその旨、伝えておいて。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る