第35話 曝け出す

<1854年11月8日 昼前>

【楠瀬乙女】

短時間の割にしっかりと準備をして、昼前に家を出る。

が、病の八平さんが行くには困難な道のり。

最初は八平さんも歩いていたのだが、歩みが遅くなってきたことから順番に、

権平さんと龍馬が背負っていくことになった。

ただ、そんな密な状態は不味いので、お父様と二人にマスクを支給した。



昼前から移動し始めたが、やはり人を担いでの移動は遅くなる。

とりあえず山際に到着し、これから先をどうするか考える。


「はぁっ、はぁっ…。

 流石に堪えるわ!」


「はぁっ、はぁっ…!

 兄上も老いてきたのぉっ!」


権平さんも龍馬も口だけは元気だが、肩で息をしているところをみるに、かなりきついのだろう。


「あんた…、これを…、『一晩で行って戻る』って言ったのかい!?

 …、ここまでで、…半日、掛かりじゃないかっ!」


「…りょ、龍馬と同じように思われてはっ、かないませぬっ!」


「もうえぇ、おまんらの気持ちだけで十分じゃき…。」

千鶴さんも栄さんも、なかなか堪えているよう。

そりゃぁ、龍馬とは年が離れすぎてるもんねぇ…。

同世代の気持ちがわかるだけに、なんとかしてやりたいし、

八平さん!そんな三文芝居のようなセリフだと思っていても、

聞いたら余計助けたくなるでしょっ!



…。

もういいかっ!

そもそも言い出しっぺは私なんだ!


「『取出し』っ!」

軽のトールワゴンが出てくる。


「「????」」

坂本一家が口をポカンと開けている。


「もぉーいいさ!

 私の秘密をぶちまけちゃるっ!

 とりあえずこれに全員乗るんだよっ!!」


皆をけたぐるように車に押し込み、

助手席に八平さんを乗せてシートベルトをつける。

興味深そうに目を輝かせ、最後まで車の周りをグルグルまわっている龍馬の首根っこを掴んで、後部座席に放り込む。

運転席に飛び込んで、スタートスイッチを押すとエンジンが始動し、窓を全開にする。


「掴まれるところに掴まっておきなよっ!」

そう言って、GPSを頼りに道なき道を進んでいく。



<1854年11月8日 夕刻>

【栄】

あ、あれはいったい何だったの?


定かな記憶では、兄上と龍馬が言い合いをしおった後に、

乙女殿がすくっと立って何か唱えたぐらいまでは覚えています。


そのあと夢のように鉄の箱が現れるやいなや、乙女殿にそれへと押し込められた。

あとは縦に横に揺れる鉄の車の中、楽しそうに叫ぶ龍馬の姿の記憶しかありません。


着けば斯様に立派な診療所?と道場。

千鶴さんに看病され、道場で待っていますが…。

遠くに見えるあの炊事の煙の数々は、我らが街でしょうか…?

あのひと時で、どれだけ進んだの…?



【坂本龍馬】

っ、はっはっはっは~!!!

げに面白かもんは、江戸でもなかったがに!

姉貴は底が知れんのぉっ!!!!

がいな乗り物があるなぞ知らんかったで!!!


着いたのは道場。

父上を隣の診療所へ連れていく。

わぁが一緒に残ると言うたが、

「ここは私に任せなさい!!」

と、あの伊予かぁの気迫におされてしもた。

江戸行きを許してくれた父上に孝行すべく、わぁも引くわけにいかんのじゃとわぁわぁ言っておった。


が、そうしておると姉貴が、

「看病はあと!

 とりあえずあんた達も風呂に入る!」

父上を真っ白な床に横にさせた後、再び道場へ連れていかれた。




【楠瀬乙女】

「…っ、だ、だしてくだされっ…。」

真っ青な顔で涙目になり、口に手を当てて必死に訴えかけてきたのは権平さん。

まずい、出さなきゃっ!


ドアを開けた途端、藪のほうに向かって行き、嗚咽とえづく声が聞こえてくる。

父君には負担がかかっていないはずだけど、後ろまで気にかけられなかった。

皆は元気だから、権平さんは乗り物に弱いのかね?

まぁ、この時代になんてものはお籠ぐらいだしね。

対照的に、元気すぎる龍馬もどうかと思うんだがね。

権平さんを千鶴さんに後を任せて、龍馬が八平さんを背負って伊予さんと診療室に向かった。


八平さんは移動の疲れもあったのか、ゆっくり寝ている。

レントゲン撮影などの詳しい診察は明日にすることにした。


診療所について、皆にシャワーを浴びさせた。

定員4名の車に、結核患者乗っけて6人乗りしたんだ。

窓を開けていたとはいえ、リスク軽減のためさっさと体をきれいにしてもらうに限る。



【坂本権平】

やっと調子が戻ってきた。

ほんにひどい目に遭うたつもりじゃが、龍馬をはじめ千鶴までケロッとしておった。


ふと向こうを見ると、龍馬と伊予殿が乙女殿に引き連れられて帰ってきたようだ。

ここまできて、我ながら情けない。

到着したところで、我々もまた風呂に入らねばならんとのこと。

乙女殿に連れられて、道場の端にある湯船のない風呂場に連れてこられた。



「これをひねると水が出てくる。

 んで、これをこっちにひねるとだんだんお湯になる。

 赤いほうがお湯、青いほうが水って覚えて、適当なところで使って。

 で、これが石鹸。

 昨晩も洗ったろうけど、父君とあんだけ密になっていたから、

 もう一度体の隅々まで洗うこと。

 服は私が回収するから、風呂に入ったら触らないように。

 洗いタオル…、手ぬぐいもね。

 代わりの服は…、スウェットでいいか。

 これを脱衣所に置いておくから着替えて。」


よくわからんが、龍馬が嬉々として色々試して居る様子。

俺も試してみよう…。

ほう。これは便利だが…っ。



【坂本龍馬】

姉貴が見たこともない器具を実際に使かいながら説明してくれるが、

これは先に見たポンプよりすごかぞ!

まず、取手を動かし続ける必要がない。

しかも、西洋の数字のついちゅう取手を回せば湯が出る!

まっこと不思議なことよ!


世話になった際の布団の温かさと言ったらなかったが、

身体を拭くために配られた手ぬぐいは、ほんに天女の羽衣かと思うたぜ。



【千鶴】

今日は私も風呂に入らねばならぬとのこと。

途中まで歩いてきたことで汚れが気になっておりましたので

喜んでおりましたが…。


乙女さんは一体何者なのでしょうか…。


仮にも『城下公方』と呼ばれた父上の元で育ってまいったのです。

龍馬には江戸にも行かせました。

が、乙女さんの出すものは、その龍馬ですら目を輝かせて興味を引くようなものばかり。

着物とは違い、この上下に分かれた衣服は洋服の寝間着の一種ではないかと龍馬も言うのですが、江戸でも、江戸で蘭学を学んだ先生のところにもなかったとのこと。

そして、不治の病と言われる労咳をと言ったこと。


後で色々とお話をせねばなりませんね。




【楠瀬乙女】

着物は回収して洗濯機へ。

ちゃんとした洗い方があるんだろうが、着物がダメになったら代わりをくれてやればいいだろう。

道場の洗濯機に入りきらないため、入院設備の洗濯機にもぶち込んで、さっさと自分も病棟のシャワーを浴びる。


烏の行水のようだけど、洗うべきところは洗った。

そもそも湯船につからない時はさっさと上がる派だ。

いつ呼び出しがあるかわからなかったからね。

皆がシャワーにまごついている間に、着替えを出して、食事の準備をしようか。


夕食は炊飯器上限の量の白米を炊き、乾燥味噌汁を適当にブレンド、缶詰の魚を皿に出した。

付け合わせにたくあんと、冷凍食品のほうれん草の胡麻和えをつけてみれば、そこそこ見栄えがするようになった。

手抜きというか、時間も食材がなかったんだから分かってほしい。


が、坂本一家にとってはたくさんの白米は十分ごちそうだったようでほっとしたよ。


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