第12話 当日

<1854年7月9日><嘉永7年6月15日>

日が変わり、震災当日。

『震災当日』にならなきゃいいのに…。

そんな思いが強くなる。


腕時計を見つめ、決断する。

「お願いしますっ!」

「ホントにいいんだな?」

火消し組組長の声に頷く。

空振りに終われば、自分の居場所はないだろう。

それをわかっていても、起きたときの被害を考えると、

委縮してはいられない。


「カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!…!」

子の刻を過ぎ、少し経過した後、

あちこちで半鐘はんしょうがなり始める。


「どしたどした?」

「…んな夜半に…。」

「どこだどこだ?」

「四方八方から鐘がなってるぞ?どこで火が付いたんだ?」


眠い目をこすりつつ、人がぞろぞろと出てくる。

逃げてくれればいいんだけど…。


「なんだぁ?どこも火の手が見えねぇじゃねぇか。」

「こんなに月明かりが明るいから、見えないだけじゃないのかい?」

「んなはずはねぇだろ。火がついてたら赤々と空も燃えるもんだ。」

「おいおい、どうなってんだ?」

「ったく、火消し組もが回ったか?」

「おっ、うまいねぇ~。ならこいつはどうだ?

 『泰平の 眠りを覚ます 火消し組』

 ってか!」

「はっはっはっ!うめぇじゃねぇか!」

「もぉ~っ、しょうがないこと言ってないで寝るよ!

 子供がぐずっちまう。」


正確な時刻がわからない以上、早めに鳴らさざるを得なかった。

予想はしていたけど、民衆の気が緩むのが早い…。

前震で避難所に行かなかった人達だ、肝が据わりすぎてる。


『今ならまだ…。』

起きるのを望むような、起きないでほしいと願うような…。

そんな気持ちでいるときだった。


『ドンっ』

と突き上げるような揺れが起こったと思ったら、

激しい横揺れが起こり、

地鳴りがとどろく。

先ほどまで家に戻ろうとしていた人々が足を止め、地面に伏せる。

戸惑いの声は瞬く間に悲鳴に変わる。

物見やぐらの下で、まずは自分の身の安全を確保する。


『あぁ、なんとか、なんとかできればっ…』


その想いの中、目の前で圧壊する建物に巻き込まれる人の影が映る。

無意識に「!」と声を上げ、瓦礫を取り除く。

子供を抱えた女性がきょとんとした表情でたたずむ。

火消し組の方々に後は任せて、声がしたほうに駆け出す。


『そうだ!できることがあるんだ!』


瓦礫はとりあえず収納。

目に付いた場所はどんどん助ける。

駆け足で町をめぐっていく。

途中で亡くなっている人も発見した。

荼毘だびに伏すこともしないまま、次の場所、次の場所へと移動する。

助かる命を優先させなきゃ!


<翌夜>

丸一日が経とうとする。

助けられなかった人の顔が思い浮かび、

憔悴しきった顔で、煤けた頬にこぼれる涙をぬぐいながら、次の場所へと彷徨さまよう。

満月に照らされ、西の方からうごめくものが見える。


あの時の虚無僧こむそうらしき集団…。

行燈あんどんをもっているのが見える。


「おったぞっ!

 国を揺るがす異端者めっ!

 此度の地揺れもお主のせいであろうがっ!

 討ち取れっ!!!」


あぁ、お寺の梵鐘はんしょうを鳴らしてくれなかったのは、この人たちのせいか!

藤堂さん達ともはぐれちゃって、どこにいるかわからない。



『逃げなきゃ!!』

その一心で月明かりに照らされた地面をする。

その穴に、走って飛びかかってきた虚無僧が落ちる。

満月とはいえ、月明かり程度だと落とし穴の効果は抜群だ。


怯んだ集団をよそ眼に、東へと走った。

闇夜に乗じて、とことどころに落とし穴を設けて。


車もこの時代では万能じゃない。

道と言っても獣道なんてざらだ。

『収納』で整備していない道は車で走るのに適さない場所がほとんどだ。

二日かけて脇目も振らずに、ただただ逃げた。



『もっと助けられたのに…』

落ち着いたころ、悔しい思いが募る。


『甚三郎さん、お登勢さん、てるちゃん、修さん、たかさん、藤堂さん、

 ごめんね…。』

この短い期間で、良くしてくれた人たちを思い返す。


『でも、おねぇちゃんの寿命がかかってるんだ!

 ここで止まれない!』

気持ちを切り替えて、ふと自分に与えられた課題を見直す。


「もしかして、これって…。」

気を取り直して、次のへ足を運ぶ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る