第8話 慈愛

〈1954年7月3日〉

【梅本修】

くだんの女子、取り逃がしてございます!!」

「何をしておるっ!兵を増やして探せぃっ!」

「はっ!」

農民より、怪しい術を使う者がおるときいて捕らえに向かわせればっ!

わしより先にの雷が落ちるぞ!!


「捕らえるとは何事ですっ!

 私は連れてこいと言っただけですよ!!」

そら見たことかっ!

若さを取り戻した肌に、鮮やかな紅を引いた妻が出てくる。


「しかし…、」

「しかしも何もありません!丁重にお連れするのですっ!」

まぁ…、のぉっ…。おなごにとって化粧とは武士にとっての刀のようなもの。

紅と白粉だけであれほど美しくなれば、目の色が変わってしまうのも頷ける。

それを贈ってくれた者ともなれば、捕らえてでも囲いたいと思ったのだが…。

思惑が違ごうてしまったようじゃ。

そして、わしが諫言もできんほどとは…。

せっかく装うたのに、目が血走っておるぞ…。


「聞いたか!客人としてもてなすよう皆に伝えよ!しかと伝えるのだぞっ!」

一度脅しておいて、なびいてくれればよいのだが…。



【根本うい】

やばいやばい!

やりすぎたっ!?

やっぱ誰かから漏れたかなっ!?

挑発しすぎっ!?


ショムニーが森の淵にたどり着く。

取り合えず適当に落とし穴として地面をしておく。

走っては落とし穴、走っては落とし穴を繰り返しながら大体の方角に進む。


「こちとら最新の携帯!

 GPSだってついてるんだからね!」


GPSを頼りに家のあるほうへ進む。

取り合えず家に着くころには追手の声は聞こえなくなり、日が暮れていた。


「まぁ、最新の防犯設備の我が家なら何とかなるでしょ。」

と、鍵をかけた玄関でうたた寝するのであった。




〈1954年7月5日〉

【根本うい】

一昨日・昨日と、防犯設備に反応はなかった。

けど、カーテンの隙間から遠目に人が動いているような気がする…。



【梅本修】

娘が逃げ込んだと思しき建物を囲んだ。

寺のように見えるが、こんなところに寺があっただろうか…?


それよりも頭が痛いのは妻だ。

「たか…、何もこんな山奥にお主が出てこんでも…。」

「いいえ!聞けば無理矢理捕らえようとした私たちの失敗。

 同じ女なら私が出る方が聞いてくれるはず!」

あぁ、こりゃ聞いてくれんのぉ…。

まぁ、相手もおなご、そう無体にはなるまい…。


「ういさん!?ういさんでいいのよね!?

 私は庄屋の梅本修が妻、たかです!

 先日は兵が先走り失礼をしてしまいました!

 あなたを捕らえるつもりはありません!お話がしたいのです!」



【根本うい】

ん~…。

相手はそう言ってるけど、周りに兵士がいるのは事実だしなぁ…。

この家、動物は入れなくても弓矢が入れるとなると、まずいし。

ここから答えるか。


「わかりました!ですが兵を下げてくれませんか!?

 先ほどからガサゴソしてましてっ!」


「わかりました!引かせます!」

「ならん!」

「…、相手の信を得るには必要なことですっ!お願いいたします!」

「…っく、あいわかった。

 しばし待たれよ!兵を引かせぃ!」

「「は、はっ!」」

「急げ!」



【梅本たか】

兵を引かせたとはいえ、見えぬ伏兵がいると思えば相手も出てこないでしょう。

ここはこちらも覚悟を示さねば。

「私は白装束で向かいます。支度を。」

「何を馬鹿な!」

「かような森です。弓や鉄砲を恐れることでしょう。

 せめてもの私の誠意です!」

「うぅ~むっ…。数名の名手だけは置いておくからな!」

「ご自由に。ただ、私が撃たれるまで打たないでくださいね?」

「たかっ!

 …、っ。」

旦那にいいたいことを言わせぬうちに、側女を連れて陣屋へ行く。



【根本うい】

30分ぐらいたっただろうか。

人が動く気配がしたかと思えば、静かになった。


「これでお話ができますか!?」

先ほどの着物姿から白装束に着替えた女性がたたずむ。

あれって死に装束なんじゃぁ…。

それほどの覚悟には応えないと…。


「わかりました!門の前でお会いします!」


吉と出るか凶と出るか…。

とりあえず会ってみよう。



「根本ういと申します。」

急に現れたように見えたのか、女性が驚く。


「梅本たかです。先日は夫とその配下が失礼いたしました。」

深々と頭を下げる女性は凛々しく、美しく見えた。


「あら、送ってくださった紅と白粉のおかげですのよ?

 とてもいいものをありがとう。」

にこりと微笑むその表情に、敵意はなさそうだと感じる。


「いえ、喜んでくれたらよかったです。

 女性にとって『美』は最大の武器ですからね。」

先輩の言葉を思い出す。


「少しお話をしませんか?」

たかさんからのご提案。

庭にあったベンチを出して、話をするのだった。



【梅本たか】

聞く話はとても信じられないものでした。

200年ほど先から来たこと。

数日先にここが地揺れに襲われること。

これから先の日ノ本のこと。

そして、その力について。


目の当りにして初めて信じることができた。

そして、若くしてそのために一所懸命に働こうとする真摯なその姿も、

偽りなき真実なのだと。


苦労するその姿を見て、ここで突き放しては女が廃ります。

なんとかしてあげねば!



【根本うい】

いっぱいしゃべった。

正直この2週間、一人で抱え込んで辛かった。

誰かにぶちまけたかったけど、誰もいなかった。


どれだけ信じてくれたかはわからない。

でも、最後までちゃんと話を聞いてくれた。

そして、

「ういちゃん!私が力になるからね!」

と力強く言ってくれた瞬間、涙がこみ上げるのを抑えられなかった。


この一日、囲まれてた緊張もあったから、泣き疲れて眠ってしまった。

起きたとき、ベンチに石ころで押さえた書置きがあった。


『旦那を説得してくるから、ちょっと待ってて』


能力を見せるときに出したペンと紙。

慣れないペンで草書体で書いたであろうその字は、

ちょっといびつだけど、力強かった。

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