第2話 収納

〈1954年6月16日〉

【根本うい】

起床して改めて外の景色を見ると、見慣れない地方の山の景色が見える。

ゴルフ場開発されたはずの山々も緑が生い茂り、ご近所さんは見えない。


そもそもこの祖父の家は、市街地から少し離れた山間の別荘地にあって、

見える範囲の家は数軒なのだが、それすら見えない。

窓を開けると、湿った生温い風が室内に入り込む。



「やっぱりタイムスリップしちゃったのかぁ…。

 けど、ライフラインが確保されてるって、

 不思議だよねぇ…。」


作家の父が静けさを求めて祖父の終の棲家である三重に移住したらしいが、

ここまでの静寂はこれまでなかっただろう。

工場やビルはおろか、道路もない。

車の走行音も聞こえない、現代では考えられない静けさに、

昼前まで寝てしまったのだ。


「のどかだねぇ~。まぁ、切り替えて能力確認っと。

 神様の言うとおりなら、人を助けないとおねぇちゃんの寿命が短くなっちゃう!」


『購入』は昨日の時点で粗方分かった。

『収納』は『???』が二つもあって、よく分からない部分が多い。


「昨日の件から、ものを買ったら一旦収納されるのね。

 んで『取り出し』できるっと。

 朝ご飯は焼きそばにしようかな?

 『取り出し』」

焼きそばが机の上に落ちる。

が、落ち方がちょっと違う。


「うっ…。

 麺がガチガチに固まってる…。

 さすがに昨日のはこうなるか…。」

ガチガチの焼きそばをほぐして食べながら、実験手順を考える。


「先ずはこのペン。

 携帯いじらずに収納できるかな?

 できないと片手埋まっちゃうし。」

ペンを持つ。


「収納!」

「取り出し!」

できた。

携帯の操作は不要みたいだ。


「んじゃ、声に出さなくてもできるかな?

 声だすの恥ずかしいよねぇ…」

『…収納』

『…取り出し』

問題なし!


「じゃぁ、次。

 離れて収納できたら便利だよね!」

ペンを机に置き、

『…収納』

収納されない。


「これは声が必要?

 じゃぁ…、収納!」

やっぱり収納されない。

ってことは、手に触れてないとダメみたいだね。


「んじゃ、ペンを手に持って、紙に乗っけてっと。

 紙は直接手に触れてないけどペンとは触れてるわけで…」

『…収納』

『…取り出し』

上手くいった!


「なら、これは…」

手を机につけて、机の大体の範囲を想像する。

引き出しの中に何が入っているかは、細かいことまで覚えていない。

認識できていないものがどうなるのか…。

『…収納』

『…取り出し』

ものが落ちることなく、収納・取り出しできた。


「おぉっ!ずぼらな私には神の救い!…って、神様の能力やん。」


すると、また携帯が鳴る。

『売却』のアイコンが出ている。

選択してみると、机の中にあったであろう本の数々が羅列されていた。


「このマンガ、ここにあったんだ!

 ダブって買っちゃったんだよねぇ…。

 ん?試しで売ってみるか。」


『80円』


「おうっ。名作なのに…。

 まぁ、古本屋に持って行けばこんなもんか…。

 他には…って、これはっ!」

一覧の中に、父に感化されて自分が執筆した小説が。

黒歴史として封印していたのを忘れてた…。


「ってか、これも売れるんだ…。

 いやいや、売って回収できないのはヤバイ!

 困窮するまで保留ねっ!」

と目を逸らして元の作業に戻る。


「収納の実験に戻るとして、

 ん~これ以上の実験は、外に出ないと…」

と庭にやってくる。

『…土、収納』

周囲の土が集まり、蟻地獄のようになる。


「す、ストップ!ストップ!」

地面から手を離す。



これ以上は家の庭じゃできなさそうだな…。

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