第3話 腐った世界


 タクシーから降りると、目の前には2階建ての家がある。25歳になった時のお祝いに、タケさんに勧められて家を買った。勿論ローンを組んだ。タケさんが『次は結婚だな!』って言ってたな。相手もまだ見つかって無いのに。

 家の中に入ると、2年以上放置していたにも関わらず綺麗な状態だった。

 靴を脱ぎ、玄関から見て左側の扉を開けるとリビングに繋がっており、ダイニングキッチンには一人の男が立っていた。


 「おい、何でお前が俺の家に居るんだ?てか、どうやって入りやがった!!」


 持っていた荷物をソファに放り投げながら、キッチンに立つ男に詰め寄る。

 目の前に居る俺と同い年の男の名は、『世羅せら 佳樹よしき』。身長約180㎝、一見ひょろっとした体格だが、程よく筋肉が引き締まっている身体だ。そして何より、誰が見ても整っていると感じるその顔には、いつ見ても嫉妬する。

 俺が最後に会った時は確か、目元が軽く隠れる程度の長さだった髪の毛だった筈だが、今では床に付きそうな程伸ばした髪の毛を、後ろで纏めているようだ。


 「はぁぁ・・・。お前、忘れたのか?あっちに行く前に、『もしも家に何かあったら困るから』って理由で家の鍵を押し付けてきたのはお前だろうが。」

 「あーー、そんなことあったか?」

 「あった。だからこの家は今でも綺麗な状態だし、お前がこの国で批判されているにも関わらず、お前の家が無事な理由だ。」

 「?綺麗なまま保っていたことには感謝するが、家が無事?なんのことだ?」

 「はぁぁ、取り敢えず、ご飯でも食べながら話そう。お前だって、こっちに帰って来てから落ち着けてないだろう?」

 「おっ!それ食っていいのか?お前の飯、それなりに美味いからな!!・・それにしても、溜息癖はまだ治らないみたいだな!」

 「別に治らなくても良いし、治すつもりも無いだけだ!」


ーーーーーーーーーーー



 「それで佳樹、自衛隊の方はどうなんだ?その髪型を見た感じ、現場には出ていないようだが、他の仕事でも回されたか?」


 佳樹が所属していたのは海自(海上自衛隊)で、そこで腕を認められ、そこからは俺と同じ特殊作戦群として仕事をしていた仲だが、俺が特殊部隊から抜けた後は、ほとんどプライベートの事しか話さなくなっていた。


 「・・・辞めたよ。勝が向こうに配属されてのが決まってからすぐ、除隊させて貰った。上からはめちゃくちゃ渋られたけどな。」


 そう言いながら、缶ビールを一気飲みする佳樹。お前、酒弱いんじゃなかったか?


 「そりゃあ、お前ほど腕が立つ狙撃手スナイパーが特殊から居なくなるのは、結構痛いだろ!」

 「そんなんじゃねぇよ。勝、今の自衛隊内部は腐っている。いや、『腐り始めている』と言うのが正しいな。」

 「・・・・いつからだ?」

 「それは分からない。ただ、何かが起こる前兆だと俺は思う!ZARA《ザラ》の奴も既に動き始めているようだ。」


 俺達が口に出す言葉は少ない、それでもお互いに言いたいことを理解出来ている。 

 ZARAと呼んでいる奴も俺と同じ部隊に居たが、途中で空自(航空自衛隊)に移動したが、個人的な付き合いは佳樹と同じぐらいだ。


 「ZARAも自衛隊から除隊してたのか・・。これは俺も、除隊して正しかったかもしれないな。」

 「勝も除隊したのか?まぁ、今の日本でお前を守ってくれる物は何も無いからな。」

 「ああ、日本に来る前、自衛隊の方に念の為申請しておいたんだ!一方的に送っただけだけどな。俺、日本での評判が最悪だからよ。そう言えば、この家を守ってたとか言ってたが、何だったんだ?」

 「はぁぁ、まだ分かってなかったのか。お前が非難されている理由の主な原因は、『もしかしたら、助けられたかもしれない人間を撃ち殺した』ことが原因だ。こんな美味しい話にメディアが乗っからない訳も無く、詳しい情報が開示される前に好き勝手、記事にしたんだ!その結果、戦争反対や元戦争経験者、捕虜となった経験がある人達によるデモが多発、さらには、勝の個人情報を探る奴まで出てくるせいで、この家の場所が流出し、馬鹿な若者やデモ団体が家に悪さをする可能性が浮上した。だから・・・。」

 「佳樹がこの家に住むことで、下手に手出しが出来ないようにした訳か。なるほどな、・・・感謝する。」


 姿勢を正し、頭を下げる。


 「おい!お前に頭を下げられるなんて冗談じゃないぞ!ってお前、楽しんでんだろ。」

 「・・・バレたか!はっ、そう簡単に頭を下げて溜まるかっての!と言うか、もし日本から出た方が良いのなら、この家も手放す必要があるからな。」


 佳樹と二人でリビングを見渡す。

 この家を購入してすぐ、休みの日には俺の家で、特殊部隊に居た頃の同期や海上航空で知り合った奴等と共に、飲み交わしていた時を思い出す。勿論その中には、タケさんも居て、酔いつぶれたタケさんを家に送ったことも何度かある。

 飲み仲間には、俺と一緒に今回の任務を任され、戦い散っていった奴も居る。


 「勝、戦地での詳しい話が聞きたい。」


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