第7話 おとぎの国の競馬場

 合計三万程度で足りるのなら、そんなに大きな勝負をする必要はない。手堅く増やして、目標に達したらガラスペンとインクを買いに行こう。


 競馬場といえばおじさんのたまり場。ヤニくさそう。そんなイメージを持っている人もいるかもしれない。しかし、最近の競馬場というのは明るくて活気があって、公園のようなスペースもあるのだ。一概にはそうも言えないことをわかってほしい。


「……まあ、勝負の場であることに変わりはないんだけどさ」


 ブッコローは券売機の前で、難しい顔で競馬新聞を読んでいるおじさんたちの群れを見ながらつぶやいた。大きなレースの前とあって、殺伐とした雰囲気が漂っている。


 それでもみんなガラスペンで書いたり、耳にガラスペンをはさんだりしている光景は大変にシュールだった。


「おっさんとガラスペン、絵面が合わねえなあ……」


 ブッコローは小さくつぶやいた。


「それに、この前のカフェよりうるさくないか?」


 必死にペンを走らせる人間が多いとはいえ、描写音が大きすぎる。それに、時折キキッ、という引っかかるような音がしていた。


「なんだよこのペンは!!」

「全然まともに書けやしねえ」

「負けた──!! このペンのせいで負けた──!!」

「いや最後のは濡れ衣」


 ブッコローは真顔でつっこんだ。しかしそれを聞いている者はおらず、次第にヒートアップしたおっさんたちが、ペンやインク壺を投げ始める。


「ダメだ!! ギャンブルで負けた人間に凶器与えちゃダメだ──!!」


 ブッコローは必死に、投げられたペンやインク壺を拾い集める。幸いどれも割れてはおらず、駆けつけてきたスタッフもほっとしていた。


「あのー、皆さん、ペンを取りに来てください……」


 騒動が落ち着いた頃、スタッフがそう呼びかけるが、誰もこちらに来ない。


「いらねえよ。そんなもん、やるよ」


 おじさんたちは投げやりな様子だった。ブッコローはスタッフから、捨てられた一本とインクをもらう。これでなんとかなるのなら、元手ゼロで済んでラッキーだ。


 ……しかしブッコローはすぐに絶望することになった。

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