第2話 本当にガラスペンしかない

「いたた……」


 ブッコローは痛みと共に目を覚ました。小脇に抱えた本が無事であることを確認し、起き上がる。周囲を見回したが、特におかしなところはない。人々が家路を急ぐ、なんてことない普通の交差点だ。


「いや、待って。何アレ?」


 道行く人々が、やたらウエストポーチをつけている。そうでない人は、漏れなくどこかのポケットが不自然に膨らんでいた。


「あれ、まさか……インク瓶か!?」


 いや、そんなことがあるはずがない。手軽な筆記用具としてはボールペンが筆頭なはず。万年筆くらいは持ち歩く人がいるかもしれないが、百歩譲ってアレはないだろう。


 そう思って冷や汗をかいていたブッコローの目の前で、女子高生が結構派手に転んだ。彼女は荷物を取り落としたが、すぐに立ち上がって歩いて行く。


「やー、若いってすげえなあ。俺があんな風に転んだらどっか痛めるよなあ……」


 ブッコローが感心していると、道になにか落ちていた。


「ガラスペンだ──!!」


 今、最も見たくなかったブツがそこに落ちている。ってかなんで派手に落としたのに、割れも欠けもしてないのこのガラスペン。特殊な合成ガラスででもできてんの。


 ブッコローがそういぶかった時、脇からさっと学ラン姿の男子が現れた。彼は前を歩く女子高生の背中に向かって、声をかける。


「あの……つぶつぶきいろ(注3)を落としませんでしたか?」

「なんだそのナンパ」


 ブッコローは真顔でつぶやいた。



(注3)有隣堂書店で取り扱っているガラスペン。美しい造形を持ち、優れた性能であることが動画でも実証された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る