15話「幽霊」
ランキング壱位を目指すと決めた瞬間から、俺はある懸念が脳裏をよぎりは消えてまたよぎっていた。
「ジョシュア。そんなに見つめられると私は」
「あ、あぁ……ごめん。つい」
「照れる。嬉しい。でも照れる」
「俺はいくら払えばいいんだ?」
それはカラのことだった。
目の前でやや赤くなっている彼女のことを。
二ヶ月後に壱位になる彼女のことを考えていた。
午前一〇時、魔法理論についての講義。
ジョシュアはすでに独学でやっていたので、知識としてはまったく問題なく、むしろ退屈なものだった。
実践、応用はまだなのか?
カラも同じように授業が退屈なんだろう。さっきまでノートの端あたりにデフォルメした動物の絵を描いていた。しかもご丁寧に色まで塗っていた。
存在があざとすぎる。こういうのに俺は弱い。
でも、彼女はやっぱり天才で。
ジョシュアと俺は知っているだけ。
……違いは魔法を実践できること。
彼女の戦闘方法は、魔法で遠距離から迫撃し、しびれを切らした相手が近づいてきたら肉弾戦で応戦し離れ、また遠距離から迫撃する。この繰り返しだ。
どちらも正確かつ精妙で、入り込む余地のないほどに練られている戦略。心理を読み取る彼女にしか許されない、再現性のない戦略。
俺にはまるで太刀打ちできそうにもなかった。
ステータスの裏をかいたところでなにもできないだろうと確信していた。
単純に戦いたくない。
勝てないし、そもそも勝負したくない。
だって友達だしいい子だしかわいいし。
イヤだろなんか普通に。
どうしようかなぁ。学園長をめちゃくちゃに煽っておいて正直、なにも考えていなかった。
最悪カラと戦うのかぁ……キツいなぁ。
「悩み事?」
「うん、まぁ……そうかな」
「最近よく悩んでる。私でよければ力になる」
「嬉しいよ。ありがとうな」
でも。彼女に相談して、どうなるというのか。
というか、ひょっとしたら対峙するかもしれないのに、手のうちを晒すのは……すこし抵抗があった。
言ってしまおうか、とも思った。まだそこまでの覚悟が決まっていなかった。
申し訳ないがこれは俺の戦いだ。
心苦しいが、断らねばならない。
「気持ちは嬉しいよ。だけど……俺は俺のやり方を追求したい」
「そう。頑張って。私は応援する」
「もしなにかあったら頼っていいかな」
「うん。すぐに言ってほしい」
いい子だ……。
♢
まず状況によらずやるべきことがあった。
それは、ステータスを強化するということだ。
ルークとの決闘のなか、俺とジョシュアは一時的にだけど、互角になる場面を作れた。
そのからくりは、ステータスの本質にあった。
まずはじめ、ステータスとは『ここまでは可能』の最大値なんだと仮定していた。簡単にいえば、攻撃力が100ある人間は、いつでも攻撃力100の威力を出せる、ということだ。
だがあくまで仮定を置いただけ。
事実はそうじゃない。
俺は決闘前、カラに重いものを持ち上げられるか、速く動けるか、と聞いていた。
彼女は『できない』と返答をしていた。
その状況、ゲームの知識に基けば矛盾が生じる。
カラの攻撃力はジョシュアよりも圧倒的に上なのにも関わらず、身体能力においては確実に彼女のほうが劣っているからだ。
そこから推察するに、攻撃力とはそれ以外の要因も絡む、ということになる。ならそれはなんなのか?
おそらく効果……なのだろうと考えた。
それを確認するためだけにルークとの闘いに臨んだ……まあ、私怨も入ったがともかく。だから俺はずっと観察を続けていた。化学薬品に漬けたカエルの解剖を眺める雰囲気で。
結論からいえば、その推測は間違ってはいない。
防御力も攻撃力も大きく劣るジョシュアが、あのときすぐに倒されなかったのは、身体能力だけなら、絶望的ともいえる差がなかったからだ。
もちろん、ルークの膂力はすさまじく、劣勢に追い込んでもすぐに覆されてしまった。そして俺が劣勢になれば返すことなどまったく不可能なものだった。
……だがそれ以前に、不意打ちを通すことができたのはステータス数値からみれば完全に矛盾していたことだった。もしそうなら、いともたやすく防がれていたはず。
またその直後、鍔迫り合いで彼の全身全霊まで引き出せたのも、力を込めにくい姿勢を継続させていたからだろう。
つまり、だ。
ステータスとは単純な話。
『身体能力』と『技術』の閾値のはず。
しかもその方向性は富んでいる。
カラの場合は、心を読み命中させる能力。
ルークの場合は、高い身体能力と技術。
特に気をてらう必要もないほど単純な話だった。
単純すぎる。
それがなにを意味するのか?
ルークは不意打ちに対応できなかった。
対応できなければ死ぬ可能性もあった。
ゆえにすぐさま剣を抜き防いだ。
……数値の差異など関係なしに、攻撃が通ったことの証明にほかならない。
ステータスとは、そこまで絶対的な存在ではない。
という結論に至った。
そもそも世界観的に、魔物と人間では身体能力に覆せない差がある時点で気づくべきだったかもしれない。人間は技術を研鑽することで攻撃力を高めていたのだ。
ジョシュアには経験がない。
技術もなく、才能もない。
誰にも師事しなかったから。
それでも身体能力は決して低くはなかった。
技術がなかったからステータスが低かった。
それだけのことだった。
「頑張ってたからな……」
そこまで組み上げた理屈を、現実に照らし合わせると、やはり技術の研鑽が必須なのだ。
だけど、どう技術を高めようか。
カラに練習相手になってもらおうかな。
断らないだろうけど、最近はずっと頼りっぱなしだし、あんまりよくないよなぁ。
それとも、誰か教師に土下座して頼んでみるか?
学園長に喧嘩売っちゃったからなぁ。キツそう。
俺はなんてバカなことを……。
「……どうしたのです、か」
「なっはっ! えっなに!?」
唐突に、耳元から声がした。
というか吐息すら感じられるくらいに近い。
なぜか、ささやかれていた。
心臓が爆発するほどに驚いて飛び跳ねてしまった。
あれ、ここどこだ?
ひと気のない廊下……。
ガラスから斜光が入り込んでいる。
カラと話してから記憶がない。歩きながらずっと考えていたのか?
というか誰だ。
たぶん女の声だった。
どこか聞き覚えがあるような女の声だ。
「ちょ、なんなんすかあなた……え?」
振り向きながら、もっと驚くことになった。
彼女は、おかしいな。そんなはずが。
胸で揃えられた長い黒髪が揺れる。
「ご、ごめん……なさい。でも、こ、困っていたようですから……」
彼女がなぜ俺に会いにくる?
なぜ俺は彼女に会っている?
前髪の奥で伏し目がちな蒼色が光る。
「す、すみません。ワタシ。もう」
「お、お、お、落ち着いて」
身長は高く170cmほど。
手脚は細長く、しかし一部は曲線的に豊満な……現代でならモデルとして食っていけると感じるような体型は、両性ともに挑発的で。
だがその巨躯と裏腹に、自信なさげに縮こまり、前髪で目を覆う彼女。知っている。でも。
「は、はい。お、落ち着きました。ありがとう、ございます……」
「それは、よかっ、た」
落ち着きたいのはこっちのほうだ。
会いに行くのは、ルークのほうだとばかり。
決闘を見て、注目されるのは彼のほうだとばかり。
「それで、そのぅ。どうされたのです、か?」
メインヒロインだろうが。なぜ俺に構う?
ささやくような声が震えている。
間違えているのだろうか。
俺はジョシュアで悪役で、あなたとの親和はない。
そもそも俺のことを知らない可能性だって。
「ジョシュア、さん」
「し、知ってるんですかぃ」
……どうしよう。
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