第3話 再眠

私と琥太朗は、とりあえず入学式を終えたら、食事をする約束をして、一旦別れた。私は、入学式の間中ドキドキが止まらなかった。普通を装った。久しぶりの再会を、まるで昨日会ったばかりだったかのような態度で、振舞うのが本当に大変だった。琥太朗はどうだろう?こんな風に緊張して、まだ心臓が張り裂けそうに痛い。


『恋』が、琥太朗で止まっていた。私は、琥太朗のことがどうしても忘れられず、この7年間恋をすることは、無かった。私は、中学に入ってから、途端にモテだした。顔が、急に大人びた。母親に似たのだと思う。母は、とても美人で、父と結婚するまで、何人もの人にプロポーズされたという。そんな母に、私はこう質問したことがある。


「なんで、お父さんと結婚したの?」


「お父さんと初めて出逢った時、ビビッときたの。あぁ、私、この人と結婚するんだなぁ…って」


「え?本当に?」


「そう。この人しかいない、ってそう思ったのよ」


「お父さん、そんなに格好よくないよね?」


「そうね。でも、彩羽には、わかるんじゃない?」


そう言って、母は、悪戯娘いたずらっこみたいに笑った。母は、知っているのだ。琥太朗のことを。私が、ずっと琥太朗に恋をし続けていることを。私も、それには観念している。母の勘は、鋭い。小学校の入学式で、私が琥太朗を見つめていた、と母は琥太朗が送ってきた手紙を見て、私に言ってきたのだ。


「琥太朗くんも、あなたのことがすきなのね」


母は、そうも言った。私だって、小学校の時はそう思っていた。誰にも秘密だった。もちろん、母にも。しかし、手紙が来るまで…いや、来たあとも、そして、再会したあとも、私は、もう自信がなくなった。琥太朗は本当に大人びていて、『男の子』ではなく、『男性』だった。


友達の延長線上だった小学生の初恋は転校とともに眠りにつき、再会して、始まるのではなく、再び、眠りについた。








「おい、聞いてるか?」


「へ?」


「へ?じゃねぇよ。彩羽、お前そんなおとなしかったっけ?もっとぐいぐい来てたよな。あの頃は」


入学式を終え、私と琥太朗は少しコジャレたカフェでランチをしていた。


「それは、おとなしい、じゃなくて、大人になったんだよ。せ・い・ちょ・う!」


「ふっ。らしくねぇな」


(笑顔まで格好よくなったな…)


私は、ドキドキして、言葉があまり出てこない。おとなしいのではなく、恥ずかしいのだ。


「お前、彼氏は?」


(お前!?)


私は、その単語に言い知れぬ違和感を覚えた。そうか。琥太朗はそんな風に私を呼ぶのか…。と、琥太朗がまるで他人のような感覚に囚われた。


「い…いないけど…。琥太朗は?いるんでしょ?」


いないはずない。そんな確信があった。それは、琥太朗の雰囲気が、余裕で溢れていたからだ。再会してから、ずーっと感じている。琥太朗は、もう私の知らない琥太朗だ。と…。


「なんで?いねぇよ」


「え…そうなの?」


意外だった。そして、胸がときめくのを抑えきれなかった。期待、してしまう。どうしよう。期待、してしまう。


「でも…いたは、いたでしょ?」


遠回しに、私は私がいなかった間の琥太朗を探った。


「ん?いや?」


モグモグとペスカトーレを口に頬張りながら、琥太朗は首を横に振った。


「そう…なんだ」


「そんな意外か?」


『格好良いから、モテたでしょ?』


と言いかけた。でも、なんとなく悔しいから言わなかった。私だってモテたのだ。嫉妬してほしかった。だから、ある質問を、何となく待った。それがやってくることは無いかも知れない…とは思いつつも。


「お前こそ、なんでいないんだよ。モテたろ」


「!」


(きた!?)


私は、その言葉をどうしても聞きたかったのだ。だって、私ばかり、琥太朗の変化に驚いて、ドキドキして、緊張して、『異性』を意識して、期待、して…。


「まぁ…それなりに、ね」


少し、余裕があるふりをして、私もミートソースパスタを口に運ぶ。本当は、今にもを口走りそうになりながら。


その次に琥太朗が口にした言葉で、私は、もうこの気持ちを止められなくなるのだった―――…。

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