第4話 傘ドロボウに怒る人・Ⅱ

   ◆漫画原作の形式で書いています◆


 瀬田 「え、あ、え!」

 うろたえる瀬田。


 塾長 「瀬田くん、

  あなたねえ……」

 太い眉の間にシワを寄せ、塾長が困った顔になる。


 耕平 「とりあえず、息子の傘を返せ」

 耕平は、瀬田の手からコウタの笠を奪い返した。


 みるみるずぶ濡れになる瀬田。


 塾長 「安城さん、

  とにかく私が理由を聞き、

  厳しく注意しますので……」

 耕平 「理由も何も、

  ただの傘泥棒でしょ」

 耕平は不思議そうに塾長を見る。


 耕平 「で、塾としてはどうするんですか?」

 塾長 「分かりました。

  瀬田くん、あなたは本日付で解雇よ」

 塾長は、キッと瀬田を睨んで言う。


 瀬田 「……はあ、解雇ですか」

 瀬田は、雨で垂れてきた髪をダルそうにかき上げる。


 瀬田 「いいですよ。

  頭の悪いガキの相手もうんざりだったし。

  バイトなんか、どこにでもありますからね」

 開き直った顔で、ふてぶてしく笑う瀬田。


 耕平 「……謝罪するならともかく

  開き直るとは、エエ根性しよるのう」

 耕平の笑顔がビキビキと引きつっていく。


 耕平 「もう我慢せんでエエやろ。な」


 コウタ 「お、お父さん」

 止めようとしたコウタの頭を、耕平が鷲づかみにして自分の背後に回した。


 そして、瀬田に対して、怖い目を向けた。

 耕平 「おのれは、

  バイト、クビになっただけで済むと思てんのか?

  そないに人生、甘ないで」


 瀬田 「な、なんだよ」

 顔つきも口調も変わった耕平に、ビクッとするが、まだ虚勢を張ろうとする瀬田。


 耕平 「塾長、

  あんたも解雇だけで済ますつもりか?」

 耕平が塾長に顔を向けた。


 塾長 「あ、あの本部からも、

  改めてコウタくんとお父さまに謝罪を……」

 耕平 「そないなもん、どうでもエエわい」


 耕平 「それより、

  このガキは大学生らしいな。

  なんの求人で応募してきよってん?

  情報サイトか? それとも、あんたとこは

  大学の学生課で、求人かけてんのか?」

 塾長 「両方です。

  たしか瀬田君は学生課の求人をみて

  応募してきたのよね」

 塾長は、強張った顔で瀬田を見る。


 瀬田 「え、あ、それは……」

 不穏なものを感じて、おどおどし始める瀬田。


 耕平 「おお、エエ感じや。

  それやったら、

  大学の学生課へ苦情を入れたらんかい。

  ええか、少なくとも支部長クラスを同伴して、

  書面を持って正式に苦情をいれるんや。

  こんなカスを紹介した大学の責任は

  どないすんねやってな」


 耕平 「こんだけの大雨や。

  子供がズブ濡れになんのを分かったうえで、

  傘を盗み、

  確かめの電話に対しても

  平然とごまかし続けたと、

  キッチリ書くんやぞ」


 耕平 「ぬるいコトしとったら、

  わしは矛先を塾に変えるからな」

 塾長 「わ、分かりました!」

 耕平に凄まれ、思わず気をつけの姿勢を取る塾長。


 耕平 「わしも個人として、

  大学に怒鳴り込むさかい」


 真っ青な顔になる瀬田。

 瀬田 「や、やめてくださいよ。

  たかだか傘ぐらいで。

  塾を辞めるって言ってるんだから、

  もういいでしょ!」


 耕平 「あとな、警察に盗難届出すから、

  塾長は証人になってくれるか」

 瀬田を無視して話を続ける耕平。

 塾長 「け、警察ですか……、

  そこは何とか」

 難色を示す塾長。


 耕平 「塾長。

  塾の評判が心配なんは分かる。

  講師が子供の持ち物を平気で盗む、

  盗ッ人やったって知れたら、

  評判が落ちると思てるんやろ」


 耕平 「そやけど、それは違うで。

  こういうことを内々で済ませたら、

  塾の信用をよけいに失うことになるんや。

  厳しく徹底的に責任を取らせてこそ

  次の信用につながるんや」


 塾長 「……分かりました」

 塾長も覚悟を決めた顔になった。


 瀬田 「そ、そんな傘ぐらいで警察が……」

 瀬田は引きつった笑いを浮かべるが、小刻みに震えている。


 耕平は、瀬田に軽蔑した視線を向けて言う。

 耕平 「われは、なんも知らんねんな。

  弁護士、連れて行ったら

  警察は絶対に被害届を受けよるから」


 耕平 「そら、軽い罪やさかい、

  検察は起訴せえへんやろ。

  そやけど不起訴処分と違うで。

  証拠不十分で不起訴にはならへん。

  故意に盗んだと、確実に分かってるんやからな。

  起訴猶予処分や。分かるか? ん?」


 耕平 「不起訴の場合は、前科はつかへんけど

  起訴猶予の場合は、前歴ちゅーのがつくんや。

  前歴がついた上に退学処分や。

  傘一本で、われの人生も終いやな」


 瀬田 「いや、その、あの……」

 ガクガクと震えだす瀬田。


 耕平 「ほな、塾長、

  このガキ追い込む、

  打ち合わせしましょか」

 塾長 「は、はい」

 耕平がコウタをつれて立ち去り、塾長が後を追う。


 瀬田 「あ、え……、あのあの

  ちょっと、ちょっと待って……

  あのあの……、ねえ」

 顔を歪ませて、呼吸ができないように、口をパクパクと喘がせる瀬田。

 雨だけではなく、歪んだ顔には涙が流れている。


 耕平 「お、雨があがりましたね」

 塾のそばまで戻った耕平は、傘をたたむ。


 耕平 「塾長さん」

 塾長 「はい」

 まだ緊張している塾長。


 耕平 「明日になったら、あの講師、

  両親と一緒に、謝罪に来るでしょうから、

  厳重注意の上で解雇ということに」

 塾長 「……え?

  じゃあ、大学や警察には?」

 耕平の表情は普通に戻っており、塾長の顔に安堵の色が浮かぶ。


 耕平 「そこは、塾に任せますよ。

  本人が反省したかどうかはともかく、

  二度としないでしょうしね」

 耕平は穏やかな笑みに戻っていう。


 塾長 「お父さま!」

 感激した顔になった塾長は、両手を広げて耕平をハグしようと迫るが、耕平はギョッとした顔で大きく飛びさがった。


 塾長 「……」

 耕平 「……」

 抱き付こうとする塾長、警戒する耕平。

 対峙する剣豪のように、一瞬、視線を合わせる二人。


 耕平 「……では」

 耕平は緊張した顔でコウタを連れ、じりじりと後退っていく。


  ◆◇◆◇◆◇◆


 帰路につく耕平とコウタ。

 耕平 「コウタ、勉強になったか?」

 コウタ 「傘一本で人生を

  狂わせることもあるってことだよね」

 コウタは、どこか疲れた顔で言う。


 耕平 「いや、あまり追い込むと

  とんでもない逆襲をしてくることもあるから、

  やるときは、まあ

  ほどほどにってことだよ」


 コウタ 「そ、そう……」

 コウタ (あれが、ほどほどなんだ……)

 顔を引きつらせるコウタ。


   次回・猫の立ち位置に怒る

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