第3話 傘ドロボウに怒る人・Ⅰ

   ◆漫画原作の形式で書いています◆


 夜。

 『安城』の表札のかかる一軒家。


 中から、声が聞こえてくる。

 ヒナ 「ヒナも行くのよ~~」

 コウタ 「ダメダメ、

  兄ちゃんの塾に行くんだから」

 塔子 「あなた、コウタ、

  傘、持って行ってよ。

  天気予報で、ゲリラ豪雨になるかもって」


 門を開けて、「はいはい、了解」と答えながら耕平が出てくる。それに続くコウタ。どちらも閉じた傘を手にしている。

 「ヒナも行くのよ~~」と、玄関から、まだヒナの声がする。


 手に閉じた傘を持ち、駅へと向かって歩く耕平とコウタ。


 耕平 「塾の補講の説明か……。

  小学生だってのに、大変だな」

 コウタ 「まあね」


 耕平 「塾の先生ってどうなんだ?」

 コウタ 「瀬田先生の贔屓がけっこうひどいね。

  大学生の先生なんだけどさ」


 耕平 「贔屓をするのか?」

 ちょっと驚いた顔になる耕平。


 コウタ 「そういう社会の理不尽さも、

  ついでに勉強させてくれてるんだろうね。

  いたれりつくせりの塾でしょ」

 コウタが笑って返す。


 耕平 「……コウタは大人だなあ」

 ちょっと呆れた顔になる耕平。


 と、ポツッと雨粒が落ちてきた。

 耕平 「お、雨だ」

 二人が傘をさす。


 耕平の傘は濃緑の傘。

 コウタの傘は黒で白い碇の大きなマークが入っている。


 雨が激しくなっている。

 人通りの多い駅前にある、二階建ての雑居ビル。


 一階は携帯ショップ。

 外階段が二階へと続き、二階には、『学習塾・伸新進スクール』の看板が掛かっている。

 二階には、道路に向かって外廊下があり、廊下に面した窓には『合格率アップ』『小中高クラス』『特別レッスン』などの張り紙が張られている。


 二階、塾への出入り口のドアは、外階段をあがり、外廊下を奥まで進んだところにある。

 外階段に出された傘立てには、十数本の傘が立てられている。

 ※(通行人が、通りすがりに傘を盗める位置ではなく、塾へ出入りした人間以外、傘を盗めない位置に傘立てがあれば可)


 耕平 「こんばんはーー。

  五年の安城耕太の父です」

 入ってすぐ正面の受付で名乗る耕平。

 受け付けには、女性スタッフがいる。

 女性スタッフの背後は、塾長や講師たちの机がある。

 それぞれが講義の準備やテストの採点をしている。


 左横はパーテション無しで、応接セットが一組。

 応接セットの側面が外廊下に面した窓となり、反対側にはパーテションがある。

 生徒と講師はパーテションと受付の間を通って、奥の教室へと移動する。

 ※(これも、耕平が座った位置から、塾に出入りする人間が見えるのであれば、受付、ソファセットの位置は自由で可)


 塾長 「まあ、コウタくん。

  まあまあ、お父さま。

  忙しいところ、ありがとうございます。

  塾長の米田です」

 塾長がニコニコと笑いながら、受付カウンターの向こうに現れた。

 五十代。眉と髭跡が濃く、いかつそうな見かけだが、物腰が非常に柔らかい塾長。


 耕平 「息子が、

  お世話になっています」


 塾長 「ささ、どうぞ、こちらへ」

 うながされて、耕平とコウタは応接セットの奥に座った。


 塾長 「実はお父さま、

  本日おいでいただいたのは、

  夏の特別補講のことなんですね」

 対面には塾長が、膝を揃えて座る。

 出入り口は塾長の背面になる。


 女性スタッフ 「失礼します」

 お茶を運んでくる女性スタッフ。


 塾長の営業トークが続く。

 「中学受験も視野にいれて……」「この時期こそが勝負の……」

 「伸びる子は伸びます」「特にコウタくんは……」「将来に……」


 力説する塾長の後では、

 「こんばんはーー」「こんばんはーー」と出入り口のドアを開け、塾生の小学生や中学生が入って来る。


 塾長 「……と言う訳で、

  六年生になってから慌てても

  大変なことになっちゃいます。

  お父さま、ぜひ前向きに御検討くださいね」

 塾長はグーーッと身を乗り出し、逆に耕平は、ソファの背もたれに背中を貼り付けるように身を反らし、顔を強張らせている。


 塾長 「では、パンフをもってまいります」

 塾長が立ち上がる。


 安堵の息をついた耕平が、「ちょっと怖かったぞ」とコウタに囁く。


 瀬田 「お先で~~す」

 チャラそうな大学生が奥から現れ、受付に声をかけて出ていった。

 奥に残っている講師から、「お疲れ様~~」の声が返ってくる。


 コウタ 「あれが瀬田先生だよ」

 コウタが耕平に囁く。

 耕平 (チャラそうだなあ)


 と、塾長が戻ってきた。

 塾長 「これ、パンフです」

 耕平 「じゃあ、家内と相談して

  あらためて返事をします」


 塾長 「よろしくお願いしますね、お父さま」

 パンフを手に、コウタと共に立ち上がった耕平に、ニッコリと笑う塾長。


 「失礼します」と、耕平とコウタが外に出た。


 外廊下から見える外は、雨が激しく音を立てて降っている。

 耕平 「うわ、本降りだな」

 耕平が、傘立てから自分の傘を引き抜く。

 その横で、コウタがキョロキョロと自分の笠を探している。


 コウタ 「……あれ? 無い。

  うわあ、傘が無いよ」

 耕平 「本当か?」

 耕平が傘立てを見た。


 ドアが開き、耕平とコウタが再び中に戻ってきた。

 塾長 「あら、お父さま?」

 塾長が怪訝な顔で現れる。


 耕平 「すみません。

  息子の傘が無くなっているんですけど」

 塾長 「あらあら、誰かが間違って持って帰ったのかしら。

  みんなに聞いておきますね」

 塾長が申し訳なさそうに言う。


 耕平 「いや、誰かじゃなくて、

  私たちがここに入ってから出て行ったのは、

  講師の先生だけなんですけど。

  ちょっと確認の電話入れてみてくれますか?」

 塾長 「え、ええ……」

 塾長はちょっとオドオドした顔になって、近くにいた女性スタッフを見る。


 女性スタッフ 「……安城さんが来てから退室されたのは、

  瀬田先生だけです」

 女性スタッフの顔も、少し強張る。


 コウタ 「お父さん……」

 不安そうな顔になり、耕平を見上げるコウタ。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 塾長が「はい。分かりました。気を付けてね」と、スマホの通話をオフにした。


 耕平に顔を向けて、首を傾げる。

 塾長 「おかしいですね。

  今、瀬田先生に電話をしたら、

  傘は間違っていないと……」


 耕平 「その先生は塾までは、徒歩ですか? 

  それとも電車とか?」

 塾長 「えっと、徒歩ですけど」

 戸惑うように答える塾長。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 ゴーーッと音のするほどの豪雨。


 碇のマークの入った、コウタの傘を差して帰宅している瀬田。

 トゥルルルルルとスマホが鳴った。


 瀬田 「んだよ、しつけーな。

  また塾からかよ」

 スマホを手に取る瀬田。


 瀬田 「はいはーーい」

 塾長 『瀬田君。悪いんだけど、

  もう一回、傘を確認してくれないかな。

  碇のマークがあって、

  持ち手に名前が書いてあるんだけど』

 スマホから塾長の声が聞こえる。


 瀬田 「いやあ、

  ボクの傘は無地ですよ」

 瀬田は視線を上にあげ、碇マークを見ながら言う。


 瀬田 「手元に名前も書いてないし」

 瀬田は手元を見る。

 『五年三組 安城コウタ』のシールが貼られている。


 瀬田 (安城のガキかよ。

  しっつけーな。

  傘ぐらいでガタガタ言いやがって、

  今度、引っ掛け問題を出して、

  ギチギチにしめてやろう)


 塾長 『あのね、言いにくいんだけどね、

  傘でも窃盗だし、

  本当に間違えていないかしら?』

 瀬田 「間違えてません!」

 苛立つように答える瀬田。


 耕平 「間違いじゃないってことは、

  故意に盗んだってことだな」

 瀬田の後ろから声がした。

 

 瀬田が驚いて振り返ると、そこに傘を差した耕平とコウタ、そして塾長がいた。

 耕平は笑顔だが、怖い空気が漂っている。

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