第4話 元勇者と毒親を救いたい

 今日も適職診断で「吟遊詩人タイプ」と診断された愚か者たちが、安泰な未来を夢見てやってくる。


「もしもし。こちらが吟遊詩人課ですの?」


 やってきたのは、キンキン声の人物。胸元に薔薇のコサージュをつけた中年の女性だった。

 この吟遊詩人課に流れ着くのはたいてい若い人間だ。中高齢者向けの転職窓口はまた別にあるからだ。


 しかし、どんな人物でも受け入れるのがキャリアエージェントの務め。私は笑顔を取り繕って立ち上がった。


「ようこそお越しくださいました。求職者の方ですか?」


「いいえ、違います。私じゃないの。ほらユーマ、早く来なさい」


「ママ、もういいよ帰ろう」


 柱の影から現れたのは、コサージュババアの息子らしき若い青年だった。

 そのやけに憔悴した顔にはどこか見覚えがあるような気がした。


 はて、私のご近所さんだろうか。いや、こんな親子が住んでいた覚えはない。

 よく行く店の店員か、何かの有名人か、いやもしかしたら街角に貼ってある指名手配の人相書きで見たのかもしれない。犯罪歴のある人間の就職活動はなかなかに困難だ。それとも……。


「おふたりともどうぞおかけください。お話だけでもお聞かせいただけませんか?」


 私が促すと、求職者の青年は疲れたように腰を下ろした。


 求職者に親が同行してくることは、実はあまり珍しいことではない。

 奉公先を探す15歳以下の子供が相談に来る場合は保護者がついてくるきまりになっているし、貴族の子女が来訪する場合にも父兄がついてくることが多い。そうでなくとも、過保護な教育ママがついてきてあれこれ口を出してくることもある。


 この求職者は明らかに未成年ではないし、身なりはいいものの貴族にも見えない。今回は過保護パターンだろう。


「初めまして、キャリアエージェントのヴェロニカと申します。お名前とご年齢をお願いします」


「……ユーマ・オベイア。18歳です」


 ユーマ・オベイア? どこかで聞いたことがあるような……。


「アイビー・オベイア。36歳、ユーマの母ですわ」


 コサージュババアが割り込むように言った。

 あんたには聞いていないんだが。


 ババアを無視してユーマの名前と年齢と年齢を魔法陣に書き込む。


「無詠唱魔法ですか」


 ユーマがちらりと私を見て感心したようにつぶやいた。


「たいしたことじゃないですよ」


 私は謙遜して首を振る。

 「いやすごいですよ」とユーマがたたみかけた。


「俺の知り合いは攻撃魔法を無詠唱で出すのに2年はかけてましたよ。ヴェロニカさん、もしかして魔導士か何かの経験者ですか?」


「さあ、どうでしょう」


 私ははぐらかすように苦笑いした。

 社会経験のない人間はよく私の無詠唱魔法を見て驚くが、大手ギルドの中間管理職やマネージャークラスならだいたい自分の仕事関連の魔法くらい無詠唱で出せるのが当たり前だ。いちいち自慢したりしないだけで。


 そもそも、私が使っている魔法はただの事務作業。実戦で使う攻撃魔法や防御魔法とは種類も難易度も全然違う。


 魔法陣から麻紙を取り出して、中を確認する。


【ユーマ・オベイア(18歳)

 無職

 SJT模試:ーー

 適職診断:冒険者タイプ】


 なんだろうこの違和感。


 彼がまだ若いのに無職だからか? いや違う。

 1年前の経済崩壊以来、この国では失業者が大量に増えた。このご時世、「無職」など珍しくない。


「希望職種をお伺いできますか?」


「うちの子は公務員になるの。こちらのギルドには公務員の求人もあると聞いたわ。早く紹介してちょうだい」


 コサージュババアが口を挟む。

 あんたはちょっと黙っておいてくれ。


「ユーマさんご自身のご希望もお伺いしたいのですが」


「俺も公務員でいいです」


 ユーマが投げやりな様子で言った。


 公務員と一口に言っても、王室直轄の職から村役場まで様々だ。この親子はそのことを理解して言っているのだろうか?


「公務員ですね、承知しました。職種の希望はございますか?」


「できれば兵士や護衛の仕事がいいですが、なんでもいいです」


 ふむ。一応職種の希望はあるようだ。

 じろじろ見すぎない程度にユーマを観察してみると、中肉中背の細身ではあるが、体格はそこまで悪くない。姿勢もいい。武術の経験者だろうか。


「そうですか。兵士などのご経験は?」


「うちの子、勇者だったの。魔王を倒したんだから」


「ちょっとママ、でかい声で言うなって」


 私は目を丸くした。


 記憶が蘇る。およそ1年半前。魔王を倒した勇者パーティーが王都に帰還し、大々的な凱旋式が行われた。あのときは私もパレードを見に行った。

 民衆に向かって手を振る勇者の顔を見て、魔王を倒したのはこんな少年だったのか、と驚いた記憶がある。


 いつか世界を滅ぼすと言われていた魔王が討伐され、私たちの暮らしもこれからずっとよいものになる。あのときはそう信じていた。信じていたのに……。


「なるほど、勇者様でしたか」


 努めて平静を装った私の言葉に、ユーマは気まずそうに目を逸らした。


 我らがカミーユ王国は、軍国主義を掲げ、強い軍力で周辺の小国に圧力をかけることで、ある時期までは隆盛をきわめていた。


 当時は男性人口の6割、女性人口の2割が何かしらの戦闘職に就いていると言われていたものだ。

 戦闘職は、王立騎士団員や憲兵などの公的な軍人から、冒険者や傭兵などの個人職まで多岐にわたるが、大半は魔物狩りの仕事を主としていた。


 数百年前、魔王の台頭により、大陸全土で魔物が増え、人間や家畜が襲われるようになった。


 カミーユ王国は自国の魔物を討伐するだけでなく、他国に軍や冒険者パーティーを送り込むことで、対価として穀物などを安く輸入していた。


 さらに、カミーユ王国内の人間を他国の要職に就かせることで実質政治を支配し、民衆の反乱がおきても即座に軍を派遣して鎮圧する。


 国土の狭いカミーユ王国が大陸を支配できたのは、軍事あってのことだったのだ。


 事態が一変したのは約2年前。

 魔王の力が年々拡大していることに業を煮やしたカミーユ王国は、優秀な冒険者たちを集めてパーティーを結成し、その中の代表である一人の剣士に「勇者」の称号を与え、魔王討伐を命じた。


 勇者が魔王の手下を一匹倒すたびに、街中のいたるところで瓦版が配られ、吟遊詩人たちは勇者を称える詩を声高に歌った。吟遊詩人が突然人気職になったのも、あの頃だった気がする。

 私たちは魔王の恐怖に怯えつつ、勇者の勝利を願い続けた。


 民衆の祈りが届いたのだろうか。

 たったの半年で、勇者パーティーは魔王を討伐した。


 大陸からはあらゆる魔物が消え失せ、世界は平和になった。

 勇者と国王陛下の姫君との婚約も発表され、王都は連日お祭り騒ぎだった。その数日後には歯車が狂い始めるとも知らずに。


 まず初めに、魔物討伐を生業としていた人々が仕事を失った。王都は出戻りの元兵士たちであふれ、治安が悪化した。


 続いて、食糧危機がカミーユ王国を襲った。隣国からの輸入品が適正価格に戻ったため穀物の価格が暴騰。さらに、市場から安価な魔物肉が消え、もとからいた野生生物やミノタウロスなどの古代獣を狩るくらいしか肉を手に入れる方法がなくなった。


 対する隣国は、魔王に奪われた広大な土地を取り戻して開墾し、農業生産を拡大して豊かになった。


 もともとカミーユ王国は土地が少ない。農業や畜産をしようにも場所が足りない。食料は他国からの輸入に頼らざるを得なくなり、周辺国との力関係が逆転した。


 カミーユ王国内で過去最大の不景気が始まるのにそう時間はかからなかった。戦闘職以外の人々も次々と失業し、街には職を求めるプラカードであふれた。この就職支援ギルドでも半分近いメンバーがリストラされ、私も出世コースから外された。


 しかし、私たちにはまだ希望があった。

 カミーユ王国はあの勇者を輩出した国だ。勇者が姫様と結婚し、国王となれば、きっとこの国を救ってくれるはずだ。勇者の力で再びカミーユ王国は覇権を握ることができる。そう信じてどんな苦しみにも耐えてきた。


 ところが、勇者と姫様の婚約の儀式当日。

 勇者が元パーティーメンバーのプリーストの女と肉体関係を持っているとのリークが流れ、大騒ぎになった。


 勇者は当初それを否定したが、王室の調査によって噂は事実と断定。当然姫様との婚約は破談。


 カミーユ王国は、最強国家から一転、最弱国家に転落したのである。


 結果、全国民から嫌われることとなり、家族もろとも姿をくらませたというあの勇者。その人物が求職者として目の前にいる。

 私が「吟遊詩人タイプ課」などという愚か者の求職者ばかりが訪れるひどい職場に左遷されたのも、元はと言えばこの勇者が魔王を倒し、プリーストと浮気したせいある。


 文句の一言でも言ってやりたいところだが、私はプロだ。ここはぐっとこらえる。


「どうりで適職診断でも『冒険者タイプ』と出ているわけですね。弊ギルドには『冒険者タイプ課』もございますが、そちらの窓口へは行かれましたか?」


「行ったんですよ。でも、うちの子には紹介できる仕事はないと言われて別の課へ案内されましたの。その課でも仕事を紹介してもらえなくて、最終的にここへ来るよう言われたんです。失礼しちゃうわ」


 コサージュババアが言った。

 つまりは、たらいまわしにされて吟遊詩人タイプ課ここへ行きついたということだ。


 それもそうだ。わざわざ鼻つまみ者を雇いたいギルドなんてないだろうし、元勇者なんて雇ったことが知られればそのギルドの信用が落ちる可能性だってある。


 そう考えれば、ある意味犯罪者の方がましだ。

 前科者であっても、履歴書に賞罰欄(犯罪歴の有無などを書く場所)がないギルドであれば自己申告しない限り犯罪歴はバレないし、社会貢献として前科者を積極的に受け入れているギルドもある。まあたいていはブルーカラーだが。


 しかし、このユーマという勇者は顔と悪名が知れ渡っている。

 ユーマ本人の名前を知らなくとも、ちょっと調べればすぐわかることだろう。


 そういう意味では犯罪者よりも面倒な求職者が来てしまった。


「ユーマさんは公務員をご希望とのことでしたが、他にも希望職種を広げることで就職可能性が高まると思いますよ。兵職に興味がおありとおっしゃっていましたが、たとえば金融ギルドの護衛などのお仕事もございますし、体力に自信があるのなら荷運びのお仕事なども――」


「いいえ。ユーマは安定した公務員になるんです。なんのためにこの子の教育に力を入れたと思っているんですか。公務員以外認めないですから」


 再びコサージュババアが口を挟んだ。

 このババア、ずいぶんと公務員信者らしい。安定志向のようだが、最近は公務員もかなりの給与カットをされていて厳しいことを知らないのだろうか。


 ユーマが疲れ切ったようにため息をついた。


「もういいよママ。俺、どぶさらいでもなんでもするからさ。もう俺たちすっからかんじゃないか。公務員なんて贅沢言ってられないよ」


 いや、どぶさらいなどのフリーランスの仕事は私的にちょっと困る。

 弊ギルドで紹介している仕事で就活してもらわなければ、またギルドマスターにぐちぐち言われてしまう。


「ユーマさん、まだあきらめるには早いですよ」


「無理ですよ、ヴェロニカさん。あなたも知ってるでしょう、俺の評判。なんであんなことをしてしまったんだろう」


「いえ、まだです。私にいい案があります」


 ユーマとコサージュババアは私の顔を見た。親子だけあって、二人とも顔つきが似ているな、と思った。


「来週の同じ時間にまたこの窓口へいらしてください。ユーマさんに合ったお仕事を紹介できるかもしれません」


「本当に俺でも就職できるんですか?」


 ユーマはまだ疑っているようだ。

 私は彼を安心させるように、強くうなずいてみせた。


「もちろんです。どんな方でも就職成功に導く、それが私たちキャリアエージェントの仕事ですから」



        ◇        ◇        ◇



 深夜、カミーユ王国北部のフランソワ伯爵領を私は訪れていた。


「止まれ」


 城塞の2人の門兵が槍で進路をふさぐ。


「何者だ?」


「ヴェロニカが来たと上の人に伝えてちょうだい」


 2人の門兵は眉をひそめたが、片方が門の中へ消えて行った。


 私は土塀にもたれかかって息をついた。

 もう二度とここへ戻ってくることはないと思っていたのだが。


 しばらく経ってから、家臣の身なりをした男が門から現れると、私に向かって深々と頭を下げた。


「お待たせして申し訳ありません。フランソワ卿がお待ちです。中へどうぞ」


 国境付近のこの城は、軍事要塞の役目も担っている。

 きらびやかな王城に比べて質素さが目立ち、城内での戦闘を想定しているためか構造が複雑だ。

 

 入り組んだ廊下を進み、最奥の書斎の扉を家臣が開いた。


 扉をくぐると、書斎の奥のテーブルに座っていた金髪の男が立ちあがった。フランソワ伯爵。王族の分家であり、この城塞の主でもある。

 衣装がやや乱れているのは、いそいで寝間着から正装に着替えたためだろう。


「夜分遅くに失礼します」


 私が腰を折って挨拶すると、フランソワ伯爵は慌てたように手を振った。


「いやいや、まさか賢女様がお戻りになるとは」


「賢女の地位は捨てました。その呼び方はおやめください」


「で、ではヴェロニカ様」


 フランソワ伯爵は上目遣いで探るように私を見つめた。


「なぜいきなりこんな辺境までお越しに?」


「今日はあのとき・・・・の貸しを返してもらいに来ました、フランソワ殿」


「ええ、もちろんです。私にできることならなんなりといたしましょう。どのようなことをご所望で?」


「簡単なことよ。一人雇ってもらいたい人がいるんです」


 フランソワ伯爵が顔をしかめた。


「雇用ですか……。この不景気ですし、うちも人員を削減している状態で、そう簡単に家臣を増やすわけにはいかないのですが……」


「そこをなんとかしてくださらない? 家臣でなくても、公的な職務ならなんでもいいんです」


「はあ。まあ、城付き吟遊詩人くらいならなんとかなりますが……」


「ええ、それでいいわ。今週中に王都の就職支援ギルドに城付き吟遊詩人の求人を1枠出してください。人気職なので応募が殺到すると思いますが、必ず『ユーマ・オベイア』という人を採用してくださいね」


 伯爵の眉が上がる。


「ユーマ・オベイア⁉ まさか……」


 私は人差し指を立てて口に当てた。

 フランソワ伯爵が押し黙る。


「じゃあ頼みますね、フランソワ殿」


「お、お待ちくださいヴェロニカ様。もうお帰りになられるのですか? 宿泊用の部屋はご用意できますが……」


「帰ります。明日も仕事がありますから」


「では夜は危険ですし、せめて護衛を……」


 私は笑った。


「足手まといは不要です。私を誰だと思っているの?」

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